イアホンと少年

りょう(kagema)

イアホンと少年

ミンミンゼミの騒がしい声から逃れようと、僕はイアホンで耳を塞いだ。ウォークマンのスタートボタンを押すと、僕の耳に直接雄叫びを上げるマリリン・マンソンはファックを連呼していた。

ジリジリと僕の肌を焼き尽くそうとする太陽は空の1番高くに上り、逃げ込める陰など少しも作ってはくれない。

汗がたらりと落ちて首筋を伝った。不快だった。

夏は嫌いだ。それでも僕は外に出た。目的なんて何もない。

今日からクソったれた夏休みだ。これまで夏休みというものに幻想を抱いて、結局何もできずに憂鬱な気持ちにさせられたことが何度あったか。

僕にやることなんて1つもない。なのに何かがしたくてたまらない。その何かが分からなくなって、身体中モゾモゾし始めると決まって僕は街に出た。目的なんて何もない。

夏休みの平日、午前8時前。京阪電車では、どこかに遊びに行くのだろうか、親に連れられた幼稚園から小学校低学年ぐらいの子供をちらほら見かけた。彼らは何か楽しげな表情をして兄弟や親達と話していたが、イアホンから流れるロックが僕にそれを聞かせなかった。

電光掲示板が「まもなく電車が到着します」とホームで待つ乗客に伝えた。古臭い緑色の鈍行電車がゆっくりと止まった。車内は満席だった。

しばらくすると、電車は地下に潜り、外が真っ暗になった。ガラス窓には陰気な顔をした少年がいた。殴ってやりたかった。僕は僕が嫌いだ。この電車ごと吹っ飛んでしまえばいい。そうすれば呑気な子供達も、醜い面を晒したオヤジ達も皆死ぬ。

「まもなく祇園四条」電光掲示板にその文字が現れた。

四条河原町は京都で1番の繁華街だ。もちろん京都だけに、それなりの歴史もあるはずだがあまり詳しくない。

この辺りはいつでも人でごった返しているが、今日はいつも以上に人が多い気がした。

四条河原町に来ると僕が行くところはいつも決まっていた。

四条大橋を渡り河原町まで出ると、オーパの裏路地を通り、裏寺町に入った。いつもならそのまま新京極まで行くのだが、この日はいつもとは違うものを見た。

少し進んだところに裏寺町公園と呼ばれる公園があり、普段そこでは昼夜を問わずガラの悪そうなあんちゃん達がたむろしている。しかし、今日そこにいたのは白馬に乗った和装の男の子だった。その周りには、取り巻きのようにして同じく和装の男性達がいる。そう言えば、今は祇園祭りの季節だった。なるほど、人が多いわけだ。

いつも観光客でごった返しているこの街も、祇園祭りの時はさらに人が増える。芋の子洗いとはこのことだ。

祭りを楽しみにしている観光客、京都の伝統に高いプライドを持った地元民。僕はそのいずれからも外れていた。去年引っ越してきただけの新参者。伝統に誇りもなければ、祭りを楽しもうという気もない。僕にはこの街が彼らとは全く違うように見えていた。

祭りのざわめきや都会の喧騒。そんなものは僕の耳には届かなかった。イアホンから聞こえて来るセックスピストルズのアナーキーを叫ぶ声、代わりに聞こえていたのはそれだけだった。

僕は新京極を超えて、隣の寺町通りまで出た。土産物屋などがたくさん並ぶ新京極とは違って寺町は少し静かだ。

そう言えば以前この辺りで、"Is this Nishiki Ichiba?"とかなんとか聞いてきた外国人に訳もわからず"Yes "と答えてしまったことがある。その外国人には悪いことをしたと思う。ここは錦市場ではない。

だが、私には人を助けるだけの余裕なんてない。"Yes "と答えるだけでやっとだ。多分これは僕の英語力とかそんな問題ではなくて、日本語だったとしても、「うん」とか「はい」とか、答えるだけだろう。不自然な笑顔を作って。

ミンミンゼミはまだ鳴いているだろうか。セックスしたさに不快で暑苦しい音を胸から出し続け、そのまま死んで行く哀れな虫。あの声を聞いていると僕まで焦ってしまう。ただでさえ時間が流れることを儚んでいるというのに。

寺町には古書店がいくつかあったが、どれも昔ながらの老舗みたいな入りにくい雰囲気があり、僕は未だに入ったことがない。今日もしかりだ。何をやっているのだろうか、僕は。

昔、僕は「僕は人の役に立たない人間になりたい」と父に向かって言ったことがある。僕は人の為に生きるなんてゴメンだった。それを聞いた父は顔を真っ赤にして怒った。そして僕に対して、「役に立たない奴は生きてる価値はない、死ね」と言った。僕が生きてる価値なんて他人が決めることじゃないだろうに。

それで僕はモラトリアムが終わるまでに何か自分の才能を見つけて、好きなことをして生きていこうと決めた。

しかし、僕に何ができるというんだ。僕はただ何もせずに街を歩いているだけだ。自分が情けなかった。こうして僕が何もしないでいる間にも時が流れているという事実が恐ろしかった。

四条河原町界隈に出てきていつも行くところは決まっていた。しかし、することは何もなかった。ただ、街に出れば何かがある気がしていた。例えば可愛い女の子とボーイミーツガールするとか。セックスなんてしなくていいから誰かに愛されたかった。ミンミン大きな声で鳴けば誰か来てくれるだろうか。高校でも人と話すことすら億劫な僕にそんなことができるはずなかった。

だが、そもそも今の僕に人を愛することはできないだろう。自分のことだけであっぷあっぷなのだ。

こうやって、何かあるかもしれないと幻想を抱きながら出て来た街に失望しながら、今日も何もせずに帰るのだった。

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