11.付与魔法の弊害

 ちぐはぐだな、と呆れたようにチェスターがそう呟く。


「そもそも、所詮は人間より多少身体能力が高い程度の人造人間が、私をどうこう出来るとでも? 昼ならば脅威になり得るイアンだが、残念な事にこの館は夜。魔道士殿は肉弾戦が不得手であるが、どうするつもりかな?」

「何か俺以上に現状を分析してるな……」


 曰く付きと名高いダガーを構える。ダメージが通らない――と言うより、ダメージを擦り抜ける状態にある吸血鬼に対し出て来たイアンはどの程度まで有用なのだろうか。チェスターの言葉を信じるならば、彼女にタガーを手渡した所で使えないだろう。


 ちら、と今回においては活躍してくれないであろう魔道士に視線を移す。ふ、と彼女はいつも通りの余裕を滲ませて笑みを浮かべた。


「私に有効な手段が無いのであれば。使える味方を強化するのみですね」


 言うが早いか、花が咲くようにイアンの周囲に術式が展開される。見えている限りで3つ。イアンの遠い言い回しを正しく理解したのは自分ではなく吸血鬼だったようで、眉根を寄せるとジャックを全く無視してイアンへと突進して行った。

 虚を突かれたのと、優雅からは程遠いが素早い動きにうっかりチェスターその人を見送ってしまう。


 ――が、そこは元顧問魔道士。

 チェスターの行動は織り込み済みだったようだ。展開されていた一際大きな術式が彼の前に立ち塞がり、そして起動する。

 薄い膜のような結界は吸血鬼が叩き付けるように振るった刃物をあっさりと弾いた。ガラスにヒビが入るように結界に亀裂が走る。まだ持ち堪えてくれそうだ。


 残り2つ、展開していた術式がジャックの足下に転移し起動される。これは見覚えがあった。イアンがドミニクと対峙した際に使っていた、付与術式だ。


「脚力を強化しました。存分にこの狭い館の中を駆けて下さいね」

「お、おう……。了解」


 それは、いつも以上に脚の力が強くなっているというストレートな意味合いで受け取っていいのだろうか。頭の片隅で小さな嫌な予感を覚えつつも、どちらを先に処理すべきか迷っているチェスターへ向かって床を蹴る。

 ――視界がブレた。


「……っ!? 床を壊すな、加減を知れ!」


 タガーを警戒してか、直線の軌道上からはらりと身を翻したチェスターの怒号。マジギレである。

 軽く蹴ったはずの床に穴が空いているのが見えた。

 ほんの少し、いつもそうしている以上に軽く蹴っただけで景色が飛び、攻撃対象を行き過ぎたのだ。


「……えっ」

「すいません。二重掛けしましたが、いえ、流石にホムンクルスですね。普通の人間では無い事を勘定し忘れていました」

「おい! これ使いこなすまでに相当な時間が掛かるぞ!? 大丈夫か!?」

「さあ……。私は前衛職ではありませんので、そう言われましても」


 しかし魔法を解け、とも言えない。そのままの速度ではチェスターに軽くいなされてしまう事は先程実証した。この速度、脚力を使いこなしつつこのタガーで吸血鬼の討伐をしなければならないのか。

 というか、他の面子はどうしているのだろう。流石にこれだけ騒ぎを起こしていて、寝ていましただなんてあり得るはずがない。まさか、館にいないのか。


 と、チェスターと睨み合っている間に再び何かの術式を紡いだイアンが、それを吸血鬼その人へと放る。ボールのように投げつけられた術式は届く間に解凍され、チェスターが立っていたその辺りを悉く氷付けにした。

 避けもしなかった吸血鬼は何事も無く凍った床に両足を付けている。黒い粒子がじじじっ、と不快な音を立てていた。


「何のつもりだ」

「いえ。夜に吸血鬼と戦闘だなんて、なかなかに新鮮な体験ですからね。どうなっているのか、検証してみようかと」

「ほう。それで? 何か分かったのか?」

「いいえ、何も。ただ、他を試しても同じように『擦り抜け』られるのだろうなとは考えています。さあ、では次です。お付き合いお願い致しますよ、大佐殿」


 目を眇めて何を企んでいるのか、と考察しているらしい吸血鬼はしかし、イアンに背を向けた。薄氷の双眸がジャックを射貫く。


「まあいい。異常魔力という看板を提げてはいても所詮は人間。恐るるに足らず。先にお前を無力化する必要があるな」

「ふん、やってみろよ。あんた、これで一刺しでもされたら即お陀仏だからな」

「逆も然り。我々がやっている事は人間の争いと変わらんという事だ」


 攻撃の一切を擦り抜ける、というアドバンテージを半分失っていようとチェスターの態度は最初に出会った時から変わらなかった。帝国で大佐なんてやっているだけあって、戦闘もした事が無いボンボンとはやはり違うようだ。


 チェスターが手に持った剣で斬り掛かってくる。片手剣を携えているが、逆の手では小さな術式が形成されつつあった。

 当然、術式など放たれれば堪ったものではないのでそれを阻止するべく、なるべく距離を取られないように肉薄する。普通の人間の攻撃よりずっと重く、気を抜けばタガーを弾き飛ばされてしまいそうだ。

 しかしその一方で、イアンに背を向けるという挑発めいた行動を取りながらも、やはり彼女の動向が気に掛かるらしい。斬り掛かって気ながらも、チラチラと背後を気にしている。


「余所見すんな!」


 振り下ろされた刃を、右足を軸に半回転して躱し、斬り付ける。タガーはチェスターの着ていた高そうなコートの肩口を斬り裂き僅かな裂傷を刻んだ。

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