終章★邪悪なる者と悪しき者編

第百六十一話◆隠れる闇

ハルティート大陸で好矢が目を覚ました数ヶ月後……



「ぶつぶつぶつ……」本を読みながらブツブツ呟いているソフィナ。


「……そろそろ止めた方がいいんじゃないか…?」ソフィナを見てガブリエルが心配したように言う。


「どうしちゃったのかしら?」そう言ったのはエリシア。


好矢にフラれてから一年経った頃、たまたま立ち寄った街の本屋で分厚い魔導書(広辞苑のようなサイズ)を三冊購入し、それぞれずっと読み続けている。

彼女の話によると、その魔導書のうち二冊は丸暗記し、今現在は三冊目の中間部くらいまでを読んでいた。

その魔導書を読んでいる彼女の姿は、熱心に読んでいる…というより、狂ったように読み漁っている感じだ。

それこそ、目の色まで変えるほど……


本のタイトルは高次元魔導士の在り方 上下巻、詠唱魔法陣の扱い方の三冊だった。



「あと、どのくらい?」

パタンと最後の詠唱魔法陣の扱い方という本を閉じたソフィナはアデラに聞く。



「…へっ?」自分の杖を磨いていたアデラは急に声を掛けられた為、何の話か全く解らなかった。


「……港町まで」


「あぁ、そのことね。…う~ん…もうすぐ見えてくるはずだけど……」そう言って馬車の進行方向を見ると、ちょうど薄っすらと港町が見えてきた。

「あ、見えてきたよ!」港町を指差すアデラ。


それを見て他の仲間たちもその方向を見る。


「バハムートが現れて船が破壊されたって話は大ニュースだったからかな……遠目でも街が騒がしいのが分かるよ」


「ガルイラから聞いてアグスティナ魔帝国に向かったって話だったけど……恐らく好矢くんはバハムートに襲撃された船に乗っていた可能性が高いってことよね?」ソフィナが言った。


「“様”を付けろよ……。でもまぁ、そうだよな。もしそうなら生きてるか死んでるかも分からないし……」ガブリエルが答える。


「いや、巻き込まれてたら間違いなく死んでるだろ。相手はあのバハムートだぞ?いくらヨシュアでも戦おうとすら思わないはずだ」レオは腕を組んで遠くの港町を眺めながら言う。



だんだんと皆の視界に映る港町は鮮明になってきた。


「……あの黒い橋…何?」ふと、ファティマが港町のそばの海に伸びる黒い桟橋のようなものを指差した。


「何だ?あれ」ガブリエルも不思議そうに見つめる。

港町に向けて伸びている桟橋のようだが、その桟橋は海の遥か彼方から伸びている。あの方角には何があるのだろうか……?


更に近付いていき、その黒い桟橋の正体が掴めてきた……。


「あれってまさか……」


「黒いバハムート……?」


皆が思い思いに口を出す。黒いバハムートなど聞いたことが無い…………いや、違う。


「黒いんじゃない……焦げているぞ!」


「本当だ……!何があったんだろう?頭も真っ二つに割れて……えぇっ!?」アデラが驚いているが、皆も眼を丸くして絶句していた。


眼前に映る港町の傍にいるバハムート……間違いなく息絶えているのだ。

しかも、頭を真っ二つに割られて……どれほど壮絶な戦いがあったのか?もしかするとバハムートは二頭以上いて、別のバハムートに殺されたのだろうか…?

そんな事すら考えてしまうほど、バハムートの存在は絶対的なものだったのだ。


「とにかく、港町へ急ごう!」



――港町。


「――ってことは、この街はもう大丈夫ってことか!?」


「えぇ、断言できるのは、バハムートを退治したという事実だけですが」


ワアァァァァァァッ!!

人混みの中から男の声が聞こえた直後、民衆からの歓声が聞こえる。…なんだなんだ?


「皆さん、驚かせて申し訳ありませんでした!……ですが、我々皺月の輝きは、こうして帰ってきました!」


聞き覚えのある懐かしい声が聞こえる。


「アイツで間違いなさそうだな……!」ガブリエルが言った。


「おい、ソフィナ。ヨシュアのヤツ、無事みたいだぞ!!」レオが嬉しそうにソフィナに話し掛ける。



(チッ……)



「ん?何か言ったか?」レオがソフィナの顔を覗き込む。


「え?いや……何も言ってないけど……?」ソフィナは否定する。




「ハンターチーム皺月の輝きは俺たち漁師の英雄だ!皆さん、お疲れでしょうから、どうぞこの街一番の宿屋へ泊まってください!宿代は俺たちが出しますから!」

熱烈な歓迎を受けている好矢たち。


ソフィナたち怪光一閃から見れば当然だ。

無名のハンターチームが古代神魚バハムートを討伐してきたというのだ。もしも証拠が無ければ誰もが鼻で笑っていたことだろう。

そのバハムートは海の魚を大量に食べて生態系のバランスを崩したり、漁に出た船を丸呑みしたりと、やりたい放題だった。


恐らく好矢たちは、そんなバハムートを倒して海に浮かべ、橋のようにして港に渡ってきたのだろう……。

ところで、どこで戦っていたのだろうか……?


「ではお言葉に甘えさせてもらうわね!」沙羅の声が聞こえた。



(アイツ……まだ好矢くんと一緒にいるのか……)



「さっきから変だぞ?ぶつぶつ何か言ってるし」レオにまた言われるソフィナ。


「だから何も言ってないってば!」ソフィナのこの言動は本気で言っていた。

先程の舌打ちから妬みの言葉まで、ソフィナ自身言った記憶が無いのだ。




皺月の輝きの一行を宿屋へ案内するため、人混みの道が開けられると、皺月の輝きと怪光一閃の二つのハンターチームが対峙する。



「ソフィナ……?」目の前の好矢はボロボロの姿だ。容易な戦いではなかったことを彼らの姿から感じ取られる。


「好矢くん……久しぶり……!」作り笑いを見せるソフィナ。久しぶりの再開で嬉しいが、それ以上にフラれた時の記憶が一気に蘇ってくる。


「トール!無事で何よりだ!……バハムートを倒したって本当か?」ガブリエルが嬉しそうに話し掛けてくる。


「あぁ、あそこにいるのがバハムートだ。かなり強いヤツだった」


「お前バカか!何でバハムートと戦おうと思ったんだよ!」レオがつっこむ。


「そりゃ、ハルティート大陸でゾンビたちと戦った後、アイツに襲撃されたんだよ」

好矢から聞いたことのない大陸の名前が出てくる。


「ハルティート大陸……?」


「ヨシュアよ……忘れていたかもしれんが、ハルティート大陸の存在を彼らは知らないはずじゃ」エヴィルチャーが声を掛けてくる。


「トール、そちらの爺さんは……?」


「ワシはエヴィルチャー・グロリアス!……天才死霊術師じゃ!」両手を大空にバッと広げて言う。


「……らしい」好矢は横目でエヴィルチャーを見ると、それだけ言った。


「皆仲間なのか?」


「エヴィルチャーは敵であり味方というか……なんというか……」言い淀む好矢。そこへ――


「味方ですよ」


「えっ?」


「エヴィルチャーはボクたちの味方です」メルヴィンが言う。


「メルヴィン……ワシを味方に入れてくれるというのか……?あんなことまでしたというのに……」


「ヨシュアさん、ここには大勢の人がいますし詳しい話は後で……」


「あぁ……」それから好矢はソフィナたちに向き直って続けた。

「もし俺たちに何か用があれば宿屋へ来てくれ。そこで話をしよう」


それだけ言うと皺月の輝きは街の男性に連れられ宿屋の方へと向かった。


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