第九十六話◆魔導紙に映る覇杖

サミュエルがサウナを出たのと同時刻……手元に届いたMMを読んでいるレディア。


「ふぅん……まさかとは思うけど、あそこに棲む魔物が倒せない訳ないし……あそこにあると言われてる伝説の宝を持って帰ることが出来なかったわけね。」

一人で納得するレディア。


当たり前といえば当たり前である。サラ・キャリヤーが持つ聖剣コールブランドと並ぶ伝説の杖だ。そう易々と人間族の男の子が手に取ることの出来る品ではなかった。

自分で持つことが出来なかった為、もしかしたらサミュエルなら……と思ったが、やはり彼でも持つことは難しかった。


この世界には五つの伝説の武器が存在する。

一つが先ほど例に出た聖剣コールブランド……。そして二つ目がサミュエルに取りに行かせた杖……名は覇杖はじょう明鏡止水という。

因みに、滅多に使うことはないけれど、我々の魔女帝である鮮血のエルミリア様……あの御方は鮮血の肩書きを手に入れるに至ることとなった武器を持っている。

それが三つ目の伝説の武器、魔槍ゲイボルグ……残りの二つはまだ見つかっていないらしい。


「あれを手に入れられるように、日々鍛錬しなさい。」そう言った内容を書いてサミュエルにMMを飛ばすレディア。

あえて伝説の武器であることは隠しておく。……おそらく本人も気付いているだろうが、もし気付いていなかった場合、後で伝説の武器だと知った時の彼の反応を見てみたいからだ。

きっと、かなり面食らった表情をして笑わせてくれることだろう。かわいいイタズラ程度の悪巧みだが、それを想像してクスクスと笑うレディア。


一方、サミュエルは風呂屋を出てサッパリした所で帰路に着く……。MMが手元に届く。

「ええと……あれを手に入れられるように、日々鍛錬しなさい……か。…とりあえず、分かりました…と。」営業時間が過ぎて閉店したオープンカフェの外に置いてある机を勝手に使ってMMの返事を書くサミュエル。


次の日…というか日付が変わっている為、今日なのだが、9月1日は前日である8月31日に行われた模擬戦の予備日であった為、学校は休みだった。

ちょうどいいので、明日はもう一度フェリッシ洞窟へ行ってみることにした。無属性魔法で紙に映像を映した物が作れるのだ。

好矢の世界で言う写真なのだが、そんな呼び方はしておらず、魔導士と魔法の印刷紙を文字って魔導紙まどうしと呼ばれている。

魔導士と呼び方は同じだが、言葉のニュアンスで使い分けられている。


サミュエルはそれを映して、MMでレディアさんに送ってあげようと思っていたのだ。


彼女は伝説の宝とは言っていたものの、おそらくあれが伝説の武器だということは知らないだろう。魔導紙に映して驚かせてやろう……

きっと目をまん丸にして開いた口が塞がらないという状態になるだろう……レディアと全く同じようなことを考えながら、ニヤニヤと笑いながら帰るサミュエル。


家に着くと、すぐにフェリッシ洞窟へ行く準備だけ済ませて眠ることにした。



――六時間後。時刻は朝の八時だ。


サミュエルは起きてすぐリビングで家族全員と朝ごはんを摂る。

「ありがとうね、サミュエル。トーミヨで落ちこぼれの学生だったお前が、模擬戦で優勝して賞金もらうし、依頼で大金手にしてくるし……あんたはすごいよ。本当に。」母親から言われる。


「僕は父さんと母さんが飢えないことも大事だけど、妹や弟が腹一杯にご飯食べられれば良いから。」


「ところでサミュエル……最近父兄の間で、本当はトーミヨの四学年の学生で一番強いのはサミュエルなんじゃないかって噂が流れてるんだが……本当なのか?」今度は父親に言われる。

さすが我が子を名門校に入れるだけの力量を持った親たちだ。

サミュエルの両親以外は、ほとんどの保護者が魔導士、もしくは魔法関係の仕事に就いているので、そういうものを見通す力もある。

サミュエルが偶然にも大魔導師になりうる才能を持っていることも、他の学生の親は気付いていたのだ。

「それは分からないよ。でも僕はヨシュア先輩を目指して強くなろうって思ったんだ。あの人はすごいよ。」


「トール・ヨシュアさんって、確かあのトーミヨを辞めた歴代最強の学生よね?」


「うん……ソフィナ先輩に聞いたことあるんだけど……最後に会った時が四学年の時で、魔力3700を越えてたらしい。」


「「えっ!?」」父親と母親は同時に声を出す。この数値の異常性は、魔法関係の仕事に就いていない人でも分かるほどのものだった。


「僕も魔力は高いけど、やっぱり話す度に雲の上の存在だって感じるよ……。」ふぅと溜息をつくサミュエル。

「おっと、そろそろ行かないと。行ってきます!」


そのままカバンを持って家を出るサミュエル。



最初に依頼を受けてから、フェリッシ洞窟の場所は把握したので、少しも迷わず入口に着くことが出来た。

そして松明に火をともして進んでいく。前回と違うのは、中にいる魔物は全て原始魔法で殲滅していたという点だ。

原始魔法も使う度に魔力が増えるのだが、一般魔法よりも伸び率が非常に高いので、洞窟一つの往復だけでも強くなりたいと思うからこその行動であった。


そして例の別れ道だ…………右へ進む。

そのまま再びの罠と周囲を警戒しながら進むと、古い扉が見えてきた。

前回と同じく、木漏れ日のように光が部屋から差している……。


サミュエルは扉を開けて、祭壇の部屋へ向かう。


そして、部屋へ入るとサミュエルは早くあの杖を魔導紙に映したいという気持ちが高まって、祭壇の方へ走って近付く。

……そしてやってしまうのだった。


祭壇の段差に足を引っ掛けて盛大に転んでしまった!転んでしまった時、何かを掴むのは当然だろう。

サミュエルは左手で祭壇の角を、右手で杖を握っていた。


前回、バチンと弾かれたあの杖を“手に持っていた”のだ。




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