第三十四話◆進級休暇

進級休暇とは、12月26日から始まる大型休暇で、この世界でも新学期は4月から始まるらしく、

その4月の最初の月曜にミス・トーミヨを開催したパーティー会場に集まり、新一年生の入学式が始まる。


その後、学年ごとに別れた一棟から五棟へ向かうことになる。


「ねぇ、ヨシュアくん。貴方これからどうするの?」


「どうするって?」


「この世界の人間じゃないんでしょ?トーミヨ卒業したらどうするの?」


「どうするったって……特に何かしようと思ってることもないしな……あ、お店やるのもアリか。」


「お店?」


「ほら、俺は雑草からポーション作れるだろ?上手いことそれが売れれば、儲かると思うんだよなぁ。」


エレンの街を二人で歩いている。会話しているのは好矢とアンナ。晩飯の食材の買い出しを手伝え!と言われて、二人で出掛けている。

ちなみに、ソフィナは学長に呼ばれて、トーミヨへ行った。おそらく、三学年の学生長についての話だろう。


「確かに儲かるだろうけど、初期費用はどうするの?元の世界に帰る方法を探すとしても、どこかに就職した方が懸命だと思うけど。」


「そうだよな……とりあえず、金はあった方が元の世界へ帰る為の情報も手に入る可能性はあるよな。」


「貴方もソフィナも三学年になるんだし、すぐ外出許可取りなさいよ。ギルドに案内してあげる。」


ギルド……ゲームでは聞いたことがある。

灯明医科大学では、仲間内でTRPGというものをやったことがあるのだが、そのゲームにギルドというものが出てきた。


「冒険者ギルドと魔導士ギルドがあって、情報提携しながら適切な情報を分配しているの。」


「……ギルド同士仲が悪いとか、そういうことはないのか?」


「はぁ?あるわけないでしょ?困っている人を助けるのが、冒険者…いわゆるハンターや、魔導士なんだから。」


「一応仲は良いんだな。」


「そうよ。仲が良い理由の一つは、冒険者と魔導士のギルドの代表が夫婦ってこともあるのかもね。」


「なるほどな。」


そうこう話しているうちに、魚屋に到着した。

今晩は魚にしようとしているらしい。俺は荷物運びなので、買い物に付いて行くだけだ。


魚はどれも見たことがないものだった。朱色っぽい魚がいたが、タイのようではなく、シシャモを大きくしたような形の魚だったり、

生の状態なのに香ばしい匂いがする角が生えた魚など、色んな種類の魚がいた。


奥からねじり鉢巻をして、ゴム製のエプロンを付けた爽やかなおじさんが出てきた。


「おっ!ヨエルさんのとこのお嬢さんじゃないか!彼氏とのデートでウチに来たのかい?」ワハハと笑いながら声を掛けてきた。


「いえいえ。この人は妹の彼氏ですよ。」サラッと答えるアンナ。


いや、ちげぇから……。


「で、どれにするよ?ちなみに、今日の捕れたては、こっからあそこの棚の手前までだな!」


そう言って、真隣りにある木箱から、遠くにスパイスなどが入った小瓶が置いてある棚の手前にある木箱を指差した。

木箱の中には大きくてまん丸な氷が沢山入っていて、そこに魚が埋もれていた。


氷を球状にする理由は、角ばっていると魚を傷付けてしまうからだそうだ。


ちなみに、店の奥にはボール型製氷機とキューブ型製氷機があるらしく、キューブ型は滅多に使う機会がないそうだ。


「そうねぇ……じゃあ、これ5匹くださいな。」そう言って指差したのは、香ばしい匂いがする角が生えた魚だった。

……これ、美味いのか?と思った。見た目がとてもじゃないが美味しそうには見えないからだ。



今度は肉屋に連れて行かれた。


「メンチカツとか、好き?」アンナが聞いてきた。


「まぁ……普通に好きかな。」


「分かった。じゃあ油でベチャベチャのメンチカツ作ってあげる。」


「それはやめろよ!」


「冗談よ。うふふ。」


傍から見ると完全に恋人に見えていたことだろう。ここ数日間でアンナとは調合の話や植物学の話で盛り上がっており、

どうしてもソフィナといる機会の方が多いものの、アンナが居る時は、基本的にアンナと過ごすようにしている。

理由は、アンナと話していると、駆け引きがありつつもお互いの利益を引き出す会話が始まるが、ソフィナはそんな素振りをみせず、

今日はどこへ行った、とか、食べたいものはあるか?など、大切な話とは到底思えないような話が多いからだ。

勉強関連の話をするのは、トーミヨでの仲間内や、学生長定例会の時だけだそうだ。

やはり、ヨエル家の父親と話した通り、自分自身が、世界を危険にさらす要因の一つである可能性がある以上、何か行動を起こして、

それを未然に防ぐことこそ、今のこの世界に転移した理由、使命だと思っていた。

だからこそ、勉強関係の話を多くしたいということも考えていた。



会話をしながら、アンナはひき肉を買った。

もちろん元々の役割は忘れておらず、荷物は全て俺が持っている。



家に帰って来て玄関を開けると、ソフィナが腕を組んで仁王立ちしていた。


「ただい――どうした?」


「好矢くん……私の姉と何しに出掛けていた?」


「見て分かるだろ?買い出しだよ。俺は荷物持ち。」


そう言って、アンナから渡された革のバッグを持ち上げて見せる。


「デートじゃないのか?」


デートなのかと詰め寄ってくるソフィナ。


「安心しなさい。デートではないから。別に貴方の男に手を出そうなんて思ってもないし。」


アンナがまた変なことを言った。


「べ、別に私の男では……ッ!!」


何故か顔を赤くして、ムスッとしたままリビングへ歩いて行くソフィナ。


アンナと顔を見合わせ、何がなんだか…?という表情と共に肩をすくめる好矢。

その表情を見て、アンナは何かを察したようだった――。



―翌日―12月31日。

あと1時間半で、界暦1620年になる。


この日、好矢はソフィナと一緒にガブリエルの家へ行っていた。

ガブリエルの家には、既にファティマとアデラがいて、二人して笑顔でお酒を飲んでいた。

ただ、傍から見ても、二人の雰囲気から仲が良くないということがよく分かる。


初めての異世界での年越し。この世界には6月の上旬に転移したので、半年以上の期間この世界にいたことになる。

時が経つのは早いな…と思いつつ、文化が日本と明らかに違うこの世界では、どのような年越しをするのか気になるところではある。


すると、家の奥から、ガブリエルの母親が特大サイズのケーキを大きな台車に乗せて来た。

きたぁぁぁぁ~~!!という声を出すファティマ。


「なぁ、ガブリエル。あのケーキは何だ?」


「えっ!?……あぁ、そっか。お前は知らないんだもんな。」ガブリエルは一人で納得して続けた。

「あれは、年越しケーキ。仲間内であのケーキを、食べるんだ。」そう笑顔で言ったが、明らかにサイズがおかしい。


特大サイズ…というより、ウェディングケーキクラスのサイズがある。

これを、好矢、ソフィナ、ガブリエル、ファティマ、アデラ、ガブリエルの両親の計7人で食べるのだ。


日本の誕生日でケーキを食べたことがある好矢だが、特大の年越しケーキを見ると、誕生日で食べたケーキを丸々ワンホールくらいの量が一人当たりの目安だと目算出来る。

あまりにも多すぎる……。


これを一人ひとりに取り分けてくれるガブリエルの母親。

……おぉぅ……多いよ……


綺麗に取り分けられると、ガブリエルの父親が号令を出した。

「界暦1619年の締めくくりをお祝いし、年越しケーキを食べるぞ!!」

「「「オォーッ!!」」」


ものすごい勢いで食べ始める皆。好矢も出遅れつつも食べ始めるが、量が凄まじく多い。

そして、食べても食べても減っていく感覚が無い。ケーキが恐ろしく感じ始めてきた。


この世界では、12月31日の23時から、に年越しケーキを食べ始め、新年の1月1日0時までに……つまりは一時間以内に、年越しケーキを全員が食べ切ると、

新年の一年間は幸せに過ごせるというものだった。

これは、この国の王様が決めた、不思議な風習の一つだった。


「うっぷ………ごちそうさまでした………」一番最後に好矢が何とか全部食べ切った。



そして、界歴1620年が幕を開ける――





第一章★学生編 終

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