目の奥

柊花

第1話 奴を追い出せ


 もう何年前から続いているのかわからないが、彼はずっと私の中、私の目の奥に住み着いている。それは私にとって迷惑極まりない話であって、私の方から宿を提供したわけではない。彼は勝手にやってきたのだ。


「は〜あ。」

 私は何度もため息をつく。時計を気にするのは今日何度目だろうか。自分の中に彼がいるとわかるとき、それは誰にでも経験があると思うが、口をついて出てくる言葉は思っているよりも冷たく、いつも誰かに、特に身近な誰かに、小さな棘を刺してしまう。ぶつかる肩に、小さく打つ舌打。

「何やってんだ…。」

 瞬間的な後悔に見舞われる。結局その針は同時に自分にも刺さるのだ。


 とりわけ雨の匂いの強い日、彼は歌を歌う。電車の中から外を見るとき、無機質な手のひらの中を見つめているとき、考えなくてはならない明日に意識を向けるとき。彼はいつだって私の邪魔をしようとするのだ。私が彼以外のものに意識を集中させ、一瞬でも彼を忘れられたとして、それはただの子供騙し、自己暗示のようなもので、過ぎ去る時間に比例するように、あまりにも無情に、後からツケが回ってくるのだ。


 彼は私に何をするわけでもない。だだ私の中に居座るのだ。私の中に居座るという行為を止めようとはしないのだ。肥大し縮小しを繰り返すものの、彼の存在を私は野放しにしている。いっそのこと許してしまえたらどれどけ楽なのだろうか。

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