正義の味方

狗島 いつき

頑張れとは言わない。

 私は、空に向かって手をかかげる。


 「今日は、いいことあるさ」


 自分で自分をなぐさめる。

 他人に言われると少し辛い言葉。


 大きく息を吸い、吐き出す。


 あと1分、そうして居たかった。


 でも、時間は不平等。

 朝の時間は早く、職場では緩やか、退社前は遅くなる。

 こんな毎日を送っていると、朝の1分がどれほど貴重か実感する。

 無駄に出来ないはずの朝を、こうしてベランダで無意味に過ごす。

 ちょっとばかりの贅沢。


 でも、


 歯磨き、洗顔、食事、服選び、やることは山積。


 もうその1分を使い果たそうとしている。

 だからと言って延長するほどの浪費家ではない。


 甘い誘惑を払いのけ、支度をする自分は嫌いじゃない。


 決まった通りに、決まったことする。

 寄り道はなし。

 トイレに行く時間も決まっている。


 考えて行動するより、体に任せて動く。

 その方が効率的で、素直でいい。


 そうだと分かっていても、時々その1分では満足できなくなる。

 今日という時間を、すべて使い切りたくなる。


 理由をあれこれ考える必要はない。

 日頃から頭痛が酷く、ことある毎に頭痛薬を飲む私。

 そんな姿を知っている社員さん達が、決まっていう一言。


 「大丈夫? ひどいようなら休んでいいよ」、と。


 すばらしく甘いその一言を、逆に利用すればいい。

 それはまるでピンチであろうとなかろうと何でも一発で切り抜けちゃうアレに似ている。


 しかし、私が知っているほとんどのアレは、物語の終盤になるにつれ通用しなくなる。

 しまいには相手にまで真似されて、逆にピンチになる時だってある。


 これはもしかして、「毎週同じ事をしている」と、こうなるよ。

 という教えだろうか。


 私はそれを、毎週どころか使った事すらない。

 お守り的存在である。


 と、色々御託を並べてみたが、ようは自分がすでに物語の終盤だったら、と考える。

 はい、怖くて使えません。

 これが、私の本音。


 後ろ手でそっとベランダの扉を閉めて、部屋の明かりに手を伸ばす。


 「ふう、支度しますか!」


 毎朝色んな誘惑に打ち勝ち、同じ道、同じ電車、同じ職場に辿り着く。


 日常生活とは、そんな状態の上に成り立っている。


 今日も、明日も、来年も。


 でも、私は知っている。


 無理を言われようと、失敗しようと、裏切られようと。


 正義の味方は必ず勝つ! 


 素敵な勇者をこころに秘めて、今日も闘う。


 「さあ、いくぞ! ワタシ!」

 

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正義の味方 狗島 いつき @940-hirok

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