第41話 野外訓練⑥ 追跡



「くそっ! どこに行ったんだ?」


 リヒトが駆けつけた時に感じた魔力の残滓は確かにロゼのものだった。

 入浴中に何かあったことは間違いないが、付近に争った跡も見られない。


「この様子だと獣や魔物の仕業だとは考えにくい……もし人の手によるものなら、かなりの腕の持ち主だな」


 セシリアとロゼを戦わずして無力化するのは学生には無理な芸当だ。

 不意打ちをしたとしても鮮やかすぎる。現に悲鳴を聞いてから駆けつけるまでそんなに時間は経っていないからだ。


「だが不自然すぎる。そんなやつが魔力の痕跡に気付かないか? ……考えられるのは……」

 ――あの二人じゃなく俺を狙ってるのか。俺が追ってくるのを見越して。


「俺が魔法で探知することも見越してるはずだ……逆探知されて後ろからやられる可能性もある……それなら」


 リヒトが出した結論は単純だ。探知されない方法で探知すればいい。そのためには


「……アイレ。どうか力を貸して欲しい」

 その声に反応するようにエメラルドの指輪がキラリと輝くと優しい風が頬を撫でた。



「久しぶりね。リヒト。私を呼んだかしら?」

「アイレ! 攫われた仲間を助けるのに力を貸して欲しいんだ!」

「……クスッ」

「アイレ?」

「クスクス……ごめんなさい。前に会った時は堅苦しかったのに、今は荒々しい風みたい。」

「あ、申し訳ありません」

「いいのよ。その方があなたらしいみたい。それに……普通の人間は自分のために精霊の力を求めるのに、あなたはやっぱり違うようね」

 

 必死になるリヒトを見てつい笑いをこぼしてしまったアイレはクスクス笑いながらリヒトに驚くべきことを告げた


「それにあなたは私にお願いなんてしなくても命令して使役すればいいのに」

「……え?」

「だって私の真名を知ってるでしょう? 精霊は契約した相手にしか真名を明かさないのよ」

「……は?」

「精霊は真名で呼ばれると逆らえないのよ。まぁあなたとは本当は契約してないのだけれどね」


 ――時々無我夢中で魔法を放つ時に指輪が光っていたのは力を分けて貰っていたのか……


「……それでも……俺は君を縛らないよ。命令して使うなんて……精霊は道具じゃないんだ」

「リヒト……本当に変わった子。……わかったわ。でも一つだけ代わりに聞いて欲しいお願いがあるの」

「あの二人を助けるためなら何だって聞くさ!」

「……じゃあ眼を瞑って」


 リヒトが眼を瞑ると、優しく吹いていた風が速度を上げ、リヒトとアイレを包み込んでいく。

「アイレ?」

「悠久の風よ 儚き風よ 強き風よ 我は四精霊シルフの末裔 数多の恵みよ 我が力 我が全て かのものに捧げん 我が名は……」


 アイレがそっとリヒトの頬を手で包み謡うように涼やかな声がリヒトの耳を打った瞬間、ドクンと身体に力が響き渡るのを感じた。

 それと同時にチュッと額に柔らかな感触が広がる


「あ、アイレ?!」

「ふふ。これで契約成立よ。ちゃんと真名も呼んでくれたしね」

「でも契約なんて君を縛ることに……」

「いいのよ。エミリアと成し得なかった事だもの。それに……」

「?」

「親友の息子をずっと見守りたいじゃない」

「アイレ……わかったよ。でも主従じゃなくて対等な関係だよ」

「……やっぱりあなたと契約して良かったわ」

 

 リヒトの言葉に驚いたように眼を瞬かると嬉しそうにニッコリ笑ったかと思うとリヒトの額をチョンとつつきながらそう零した。


「さぁ今度は私の番ね。 風よ声を聞かせて」

 少しの間耳をすませたかと思うと

「……ありがとう。リヒト。わかったわよ案内するわ」

「アイレ!助かったよ」

「お安い御用よ。 それじゃあ依り代の指輪に戻るわね」

「依り代?」

「精霊は依り代を通して契約主と魔力を分かち合うのよ。具現化するゲートにもなるわ。普通の魔石だと私とあなたの力じゃ割れてしまうから、高純度の風石を加工して渡したのよ」

「……と言うことは最初に会った時から契約するつもりだった?」

「うふふ。あなたが力に振り回されない子に育って本当に良かったわ。見込み通りよ」

 

 そう言うと光の粒子になって指輪に吸い込まれていく


 ――母さんの友達はやっぱり似た者なのか……

 ――あら。そんなに似ているかしら?

「うぇ?!」

 ――クスクス。契約して直接あなたと魔力回路ラインが繋がったからいつでも考えが解るし喋れるわ

「……まじか」

 ――心配しなくても必要な時にしか覗かないわよ

「……是非そうしてください」

 ――あら?

「どうかした?」

 ――あなたの中に他の力を感じるわ……精霊? じゃないみたいだけど。

「? あぁ。マニュアルのことかな」

 ――マニュアル?

「いや。なんでもない……そろそろ心を読むのやめてくれない?」

 ――あら。ごめんなさい。じゃあ案内するわね。あっちよ


 ――転生のこともマニュアルのことも俺が独断でこの世界の人にバラすのはまずいよな……帰ったらノアに聞いてみるか



 そう考えながら気持ちを切り替えアイレの導き通り森の奥へと向かって行くのであった

 

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