第33話 番外編 カイルとエミリア②戦場の鬼神

本文

「くそっ! どうしてこんなことに!」

 魔術が飛び交う中で身を隠しながら一人の兵士が大声で叫んでいる

 昨日までは膠着状態だったはずなのに、焦れたのか帝国が仕掛けてきたのだった。

 帝国軍も後がない局面である。


「おい! さっさと引け! 狙い撃ちにされるぞ!」

「アルス! でも!」

「でもじゃない! 隊長が言っていただろう! 皆を連れて帰るって!」

 アルスと呼ばれた男が仲間が肩を貸し、前線から下がろうと必死になっている。

 辺りを見回すと同じような光景がそこら中に広がっていた。


「帝国め! こっちの攻撃で仲間が倒れても見向きもしねぇ!」

「それだけヤツらも必死なんだろ! 無駄口叩いてないでさっさと歩け!」

「すまん……でも森が見えてきた」


 もう少しで抜けられる! そう思った瞬間、ぐっ……というくぐもった声と生暖かい液体が頬を伝う。

「おい! 大丈夫か?」

「……あぁ……もう少しだったってのに……運がないぜ」

「しっかりしろよ! 助けに来てくれたお前が死んだら……俺は隊長に……お前の家族に何て言えばいい!」

「バカ……お前を助けたのは……逆の立場だったらお前が俺にそうすると思ったからだ……」

「もういい喋るな! もうすぐ森だ! 治癒術師ヒーラーを捜す!」

「置いていけ……少しでも足止めするさ」

「そんなこと出来るわ「行け!!」……くそっ」

 傷付いた戦友から離れ助けを求めに走って行く。

「ハァハァ……帝国軍め……一人でも多く道連れにしてやる」

 それは戦場においてよく見られる光景であった。



 追撃の兵を何人切ったことだろう。

 切られ、突かれ、抉られ、穿たれ……アルスはボロボロであった。

 ――アイツは逃げ切れたかな……お人好しなヤツだから戻ってくるんじゃないかヒヤヒヤしてたが……

 血を流し過ぎたのか手足の感覚はもうなく、剣を握っているかどうかも解らない。

 フラつきながらも目は力を失わず迫りくる軍勢を睨んでいる

 ――今度こそ終わりだな

 死を覚悟したアルスに向かって遠くから大量の矢が豪雨のように降り注いだ。



 ――情けない。死を悟って目を閉じてしまった。……?

 ゆっくりと目を開けてみると、見慣れた背中が視界に広がっている

「た、隊長?!」

「アルス! このバカ! 誰が死んでいいなんて言った? とりあえずここは任せろ」

 辺りを見てみると自分達の周りだけ矢が切り落とされている。

「いえ……ですが」

「口答えすんな! おーい! 誰かこいつを運んでくれ! 殿は俺が引き受ける!」

 その一言と共にカイルは疾風のように敵軍へと突っ込んで行った。




「遅いっ!」

 カイルは迫る矢や魔法を避け、次々に帝国兵を切り捨てていく

「な、何者だ……あいつは!」「ば、バケモノだ……」

 帝国軍に動揺が走る中、これを好機と二本の剣を煌めかせさらに多くの兵を切っていく

「二刀流の剣士……」「あいつ……まさか」「き、鬼神だ! あいつがアルデバランの鬼神だ!」

 それに気付いた兵が散り散りに逃げて行く

「じょ、冗談じゃねぇ。あんなの相手にしてられるか!」「後退だ! あぐぁ」「おぎゅ」

 今まさに逃げようとしていた後続の兵が後ろ……自陣から頭を割られ地面に倒れ伏した。

「誰が逃げていいなんて言ったんだぁ? あぁん?」

「ひ……」「よ……四騎士の……」「て、鉄球のぶ、ブルドフ様……」

 ブルドフと呼ばれた兵は巨体を黒光りする鎧で包み、手には今しがた仲間の脳天を砕いた血に染まった鎖付き鉄球を持って仁王立ちしている。


「弱腰な兵は帝国には必要ねぇ。逃げようとするやつぁ俺が殺す。嫌なら突っ込め」

「で、ですが……相手はあの鬼し……ぶひゃ」

「誰が俺に口答えする許可を出した? おい! こいつみたいになりたくなきゃ早く鬼神とやらに一太刀でも浴びせやがれ!」

 変わり果てた仲間を見て帝国兵達は一心不乱にカイルへと走って行く

「ガハハ。そうだ。それでいい。」

 大量の兵に四方から囲まれカイルの姿は見えなくなってしまった。




 ――なんだこいつら。さっきまでと動きが違う。

 泣きながら剣を振るう兵を袈裟切り、叫びながら槍を突きだす兵を組み伏せ首を折る。

 それでもなお帝国兵の突撃はゆるむことがない。

 ――まるで無理やり戦わされて怯えてるようじゃないか。

 横から無茶苦茶な動きで剣を振るってきた兵にわざと鍔迫り合いに持ち込むと

「おい! お前らなんで嫌々戦う!」

「ぐぅ……お、俺達には後がないんだっ」

「何? どういうことだ?」

 その間にも他の兵が仲間もろともカイルを殺そうと襲い掛かってくる

 それらをやりすごしながら問いただすと、どうやら相手の大将格に脅されてるようだ

 そこまで聞くと当身で兵を昏倒させ、大きく跳躍すると一旦兵達から距離を取る


 我先にとカイルを追おうとしている兵たちに

「聞け!! 俺は無理やり戦わせられてるヤツを切る趣味はない!!」

 その叫びに一瞬動きが止まる

「どこのどいつだ? 部下に無理やり戦わせて自分は高みの見物を決め込んでる臆病者は?」

 そう言い放った瞬間、兵たちの間から何人もの頭を砕きつつ鉄球が迫ってきた

 鉄球を剣で弾くと、眼前の兵たちを突き飛ばしながら巨漢の男が姿を現す。


「……お前か。卑怯者の親玉は。」

「チッ! 役立たず共が! 手傷一つ負わせてないではないか!」

 そう言って倒れ伏した帝国兵に唾を吐きかける

 それを見たカイルの眉が跳ね上がり纏う空気も変わっていくことにブルドフは気付いてもいない。

「貴様……自分の仲間に、国の為に戦った男に何をする」

「あぁん? てめぇバカか? こいつらはただの駒だ。何人死のうが……げびゃ」

 言葉の途中でブドルフが顔を抑えながら血走っためでカイルを睨みつける

「もういい。喋るな。貴様は戦士の……人の風上にも置けない屑だ」

「ひゃ……ひゃんだひょうなんだとう!!」

 鞘で鼻を折られたブルドフはプライドまでも折られ今にもカイルを殺さんばかりに睨んでいる


「かかってこい。貴様を殺してこの戦いを終わらせる」

 多くの帝国兵が見守る中、『鬼神カイル』と『鉄球のブルドフ』の一騎打ちの幕が開けようとしていた。

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