第17話 先生の直感


 レイロウ先生は寮中を走り回っていた。職員室で彼らを見た先生がいないか聞いてみたが、誰も見ていないという。だとしたら寮にいるのではないかと、同僚のハセワ先生と共に来てみたのだ。どこかにあの問題児たちがいないかと探し回ってみたのだが、誰ひとりとしてその姿が見えない。

「レイロウ先生、本当なんですか? あいつらが全員いないっていうのは――」

 いかつい体をゆらしながらハセワ先生が頭をかく。

「こんな言い方をするのもなんですが――あいつらは言うなれば問題児ですよ。もしかしたら、みんなでサボったということもありえますよ」

 同じ寮住まいの同僚の言葉に、レイロウ先生も深くため息をつく。

「その可能性もなくはないですが――サボる理由も思い浮かばないですし――」

「問題児にサボる理由なんてありませんよ。サボりたいからサボる。街にでも遊びに行ってるんじゃないですか?」

 そんなハセワ先生の言葉にレイロウ先生は困ったように頭をかく。

「そんな子たちじゃないんだがなぁ……」

「まったく、見つけたら説教だな」

 怒りをあらわにハセワ先生がため息をついた時だ。緑の髪をゆらす少女が廊下の角を曲がって現れた。緑というよりはエメラルド色の長い髪に大きな瞳のスラリとした美少女、寮のアルバイトをしているリサだ。

「あれ、先生方、珍しいですね」

 ちょうど朝の片付けが終わったのだろう。エプロンを片手に少女は近づいてきた。

「おお、リサじゃないか、今朝も真面目で感心するぞ」

 少女の姿を確認してハセワ先生がにこやかに話しかける。そんな先生に少女が一礼すると、レイロウ先生は思い出したように尋ねる。

「そういえば――リサくんはシンたちとも仲が良かったよな? あいつらがどこに行ったか知らないか?」

 その問いにリサが首をかしげる。

「え? シンくんたちですか? あれ、今日は普通に学校の日ですよね……。教室にいないんですか?」

「それがどうやらサボりのようでな。来ていないから今レイロウ先生を手伝って私も探しているところなのだよ」

 ハセワ先生が偉そうにそう言うと、レイロウ先生はちらと目線を向けて困った顔をする。そんな二人とは裏腹に、リサは怪訝けげんな表情をする。

「――そういえば――何だか今日は騒がしかったかも――」

「騒がしかった?」

 その発言にレイロウ先生が引っかかって尋ねると、リサは長いまつげを伏せるようにして考え込んでいた。

「はい……。騒がしいっていうか――なんだか寮の中を走り回っていました。何か探しているみたいな――」

 そこまで言ってリサはハッとしたように顔を上げた。

「そうだ、トモ――トモくんを探してました。ずっと彼の名前を呼んで――」

「トモを――? シンたちが――?」

 いつもなら遊び相手はガイのはずなのだが――と、双子がトモを探すことに違和感を感じる。しかしクラスではシンたちとトモ、マハサ、ケトの三人は仲が良かったはずだ。

 レイロウ先生の中で嫌な予感がフツフツと湧き上がってきていた。

「なんだ、朝からかくれんぼか。全く、本当にあいつらには困ったものだな。リサにも迷惑をかけてすまないな!」

 ハセワ先生はそう言って豪快ごうかいに笑い飛ばすが、レイロウ先生の表情は重い。

「――リサくん、トモはいつからいなかったんだい?」

 レイロウ先生の問いにリサはあごを押さえる。

「うーんと……確かに朝は私も見ていなくて――あ、そういえば――」

 と、リサの脳裏に昨夜のことが思い出される。

「そういえば、昨日の夕方にシンくんたち雨の中遊びに行ってて――確かその時トモくんと一緒に遊んでいたんだって言ってました」

「昨日?」

 その言葉にレイロウ先生の中で不安が大きくなる。

「ええ、昨日シンくんとシンジくん雨の中びしょ濡れで帰ってきて……。その時話を聞いたら、トモくんに置いてかれたって言ってました――――あっ」

 そこまで言って、リサが急に何かを思い出したように口を押さえる。

「そういえば……トモくん、昨日の夜――部屋にいなくて管理人さんが怒ってました……。また誰かの部屋に泊まってるのかって――」

 その言葉にレイロウ先生だけでなく、リサの顔にも緊張が走る。

「待てよ――もしかしたらトモは――」

「――昨日の夜から……いなかったってことなんじゃ――」

 先生の言葉をリサが恐る恐る続けると、レイロウ先生は顔色を変えてリサの肩をつかむ。

「リサくん、頼む、思い出してくれ! 昨日、シンたちはどこで遊んだと言っていた!?」

「ええっ――えっと……確か――」

 必死にリサが思い出そうと瞳を閉じてうなる。レイロウ先生はその様子に焦りもあらわに声をかける。

「頼む、思い出してくれ!」

「あ」

 と、リサが瞳を開けて息を飲む。

「そうです、確か……森って言ってました。町のはずれにある深い森って――」

 その言葉にレイロウが即座そくざに目を大きく開いた。

「森――アンリョクの森か――!」

 その言葉にハセワ先生もああ、とうなる。

「アンリョクの森か……確かにあそこはウチの生徒もよく遊び場にしていると聞くが――あ」

と、そこで急に彼の顔色が変わる。その様子にレイロウ先生は再び嫌な予感を覚える。

「ど、どうしたんですか……?」

「そういえば随分ずいぶん前の話だったが……あのケトとかいうクマ耳の生徒に言われましたよ。アンリョクの森にオバケが出るとか出ないとか――」

「――なんだって!? ハ、ハセワ先生、それは本当ですか!?」

 思いがけない言葉にレイロウ先生の声が大きくなる。その声に少々面食らったようにハセワ先生が体を引きながら説明する。

「いや、あいつらのただの遊びだと思いましてね、大して相手にしてなかったんですよ。旅人から聞いた話だと、森にはオバケが出ると、行方不明者も出ているから、一緒にオバケ探ししましょう――とか言ってましたね……。さてはそこで迷子にでもなったんじゃないですかね」

「そうだとしても、それは危険ですよ。まさかあいつら――」

 言いながらレイロウ先生は確信していた。あの正義感の強いシンたちのことだ。友達が行方不明となってみんなで助けに行ったに違いない――。

「もしかしたら――森に魔物がいた可能性もある――だとしたら――」

 そういえば少し前に闇族の鬼を見たかもしれないと、双子は言っていた。そんな発言を思い出すとますます嫌な胸騒ぎがして、先生はリサへのお礼もそこそこに急にきびすを返した。それを見て同僚があわてる。

「レイロウ先生!?」

「私はアンリョクの森に行ってみます! ハセワ先生、校長先生にそう伝えてください!」

 あわてて呼び止めるハセワの声を背に受けながら、レイロウは大声で説明し駆けていった。それを見て思いがけずリサも声を上げた。

「あ、レイロウ先生、私も行きます!」

「え、ちょっと、リサ!?」

 二人が駆けていったその後には、ハセワがひとり困惑こんわくした表情で立ち尽くしていた。



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