第10話 魔物の影


「また出ただなっ!」

 シンの声を合図に、マハサは黄色い耳をピンと立てて構え、ヨウサもその両手を光らせる。

 現れたのは二つの首をもつ蛇型の魔物だ。目は頭に一つずつしかなく、ギラリと光る眼光は細長く光っていた。敵もシン達に気がつくと、威嚇いかくするように口を開いて舌を伸ばす。

 先の攻撃を仕掛けたのはシンだ。

鎌鼬かまいたちっ!』

 呪文とともに風の刃が敵に襲いかかる。すばやくその細長い首を動かして風の刃を避けようとするが、さすがは風の攻撃だ。その速さには体は反応し切れなかったようで、二つの首のうち一つが切り落とされる。しかし――

「復活しちゃったよ!?」

 背後でミランが叫ぶと同時に、切り落とされた首がにょきにょきと生えてきた。見る間にその形を元通りにすると、またしてもギロリと一つの目を見開いてこちらをにらんできた。

「げげっ! どーすんだよ、シン!?」

 マハサがあわてて問いかけた次の瞬間だった。二つ首の蛇はその大口を開けてヨウサに襲いかかってきた。それに気がついてマハサは息を飲む。

「ヨウサ、危ないっ!!」

と、ヨウサの前に飛び出そうとしたのも束の間。

雷申ライシン!!』

 迷いないヨウサの攻撃は、マハサのその目の前を一閃し、その蛇の口の中に電撃を食らわせた。バチバチと電撃に苦しむ蛇をにらみつけるヨウサのすぐ横で、マハサはへなへなと座り込んでいた。

「ナイスだべ! ヨウサ!!」

 言うが早いが、シンはそのまま電撃にしびれている蛇に向かって、横一線に短剣をなぎ払った。両方の首を切り落とされて、またしても蛇は煙のように消えた。

「なるほどね。両方の首を同時に落とさないとダメなのね」

 敵の弱点に気がついたヨウサがその両手を腰に置いてつぶやく。見れば視界の下の方に、座り込んでいるマハサがいて、ヨウサは首をかしげながらマハサを見る。

「マハサ? どうしたの? なんでそんなところに座ってんの?」

「え、いや、別に……」

 決まり悪そうにそう言って立ち上がるマハサの様子に、ヨウサは顔色をうかがうようにのぞき込む。

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

「ん、んなワケないだろっ!」

 ヨウサのその至近距離にあわててマハサが首を振ると、大きなエメラルド色の瞳はじっとその顔を見つめていた。思わずマハサのほほが火照るが、ヨウサはそれには気がつかず、急にはっとした表情で息を飲む。

「あれ、私の攻撃……もしかして当たってた!?」

「いやっ! それも違うんだけど……」

「あ、なら良かった。ちょっとぼーっとしてたから心配したわ」

 安心した表情でヨウサは微笑むと、そのままマハサから少し離れる。

「そ、そりゃ心配いらないさ……こ、これでもオレ、男だからな!」

「あはは、それもそっか。頼りにしてるよ、マハサ!」

 何気ないヨウサの一言に、ネコ少年のやる気に火が付いたのは言うまでもない。

 そんな二人のやり取りの横で、ミランがシンの隣に歩みよっていた。

「それにしてもすごいね、シンくん。ホント強いよね! あたし、強い人すごくかっこいいと思うけど、ホントにシンくん、かっこよかったよ!」

 魔物をいとも簡単に倒してしまうシンの姿に、ミランは胸をときめかせて言葉を続ける。両手を胸の前に組んで、熱っぽく少女は言葉を続ける。

「も、もし、また……あんなふうに魔物が襲ってきたら、シンくん、助けてくれるよね……? ――って、あれ、シンくん?」

 話しかけても一点を見つめたまま微動びどうだにしない少年に、ミランは首をかしげた。

「……どうしたの?」

「……いや、この魔物……ちょっと普通じゃねぇだべ……」

 珍しく真剣な面持おももちで、シンは短剣をしまいながらつぶやいた。その言葉に意味が分からず、ミランはまた首をかしげる。

「どういうことなの?」

「……オラにもよくわからねぇだべが……煙みたいに消えるってことは……。これは本体ではないのかもしれねぇだべな……」

 あくまで分身の魔物ではないかと、シンは気がついたのだ。もし、この煙のように消える魔物が分身ならば、母体となる大元の魔物は他にいるということだ。

 しばらく沈黙をはさんで、シンは一息ついて顔を上げた。その大きな目をパチクリさせて隣のミランを見つめると、ミランは思わずドキリとしてほほを赤らめる。しかしそんなミランの様子を微塵も気にせず、シンは思い出したように口を開く。

「そういえば、さっきオラに何か言ってなかっただべか? 話、聞いてなかっただ」

「…………」

 まさか話を全く無視されていたとは予想していなかったミランは、口をぽかんと開けて言葉が出ない。こういうデリカシーゼロな態度はいかにも彼らしいのだが。

「シンくん、どう? 先に進めそう?」

 マハサの様子は気になるものの、怪我がないとわかって安心したヨウサは、シンのところに歩み寄る。ミランががっくりと肩を落としている様子に気がついて、ヨウサはそこでまた首をかしげる。

「え、ミラン? 何かあった?」

「いや何もないだべよ。さ! さっさと先に進だべよ!」

 デリカシーゼロの少年は勢いよくこぶしを上に突き出して、前進を始めた。

 そんなシンの後に続いてマハサも元気に声を上げて駆け寄る。

「おう! オレだって強いんだってところ、見せてやるぜ!」

と、誰に言うでもなく叫ぶと、急に背後に振り返ってヨウサにニヤリと笑ってみせる。

「だからヨウサ、オレの心配はないから安心しろよな!」

「え、ああ、うん……」

 どういう流れで急に話を振られたのかわからない彼女は、とりあえず返事をしておく。

ヨウサは隣のミランの腕を引くように歩き始めると、シンは思い出したようにヨウサに向き直った。

「――あ、でもひとつだけ気になることがあるだ……」

「気になること? なぁに?」

 シンの珍しい声色に、ヨウサはその大きな瞳を瞬きして問う。

「ここに出てくる魔物、ちょっとおかしいだべ」

 先頭を意気揚々と歩くマハサ、ヨウサの背後で落ち込んでトボトボと歩くミランには聞こえないよう、シンの声は珍しく低い。

 内心、シンくんもその気になればこそこそ話できるじゃない、いつもはバカみたいに声が大きいのに、なんてことが一瞬頭をよぎるが、今はからかう気分ではない。ヨウサは笑いを一瞬抑えて、質問を投げかけた。

「おかしいって、どうおかしいの? 確かに黒い魔物ばっかりだけど」

 同じく声色を落としてヒソヒソとヨウサが問いかけると、シンは目線を一瞬ヨウサに向けて、すぐに前方を見つめる。

「あの魔物、普通の魔物ではねぇだべさ。まるで何かの影とか……倒しても手応えが全くないんだべ。だから多分なんだべが――」

 とシンはそこで一瞬息を飲む。

「もしかしたら、どこかに本体がいて、あの魔物はその影なのかもしれねぇだべ」

「影? そんなことってありえるの?」

 意味がよくわからないヨウサはまゆを寄せてかしげる。

「オラもよくわからねぇだべが……。少なくとも、早いところ本体をみつけねぇと、この魔物、キリなく出てくる気がするだ……」

 その言葉にヨウサが表情険しくうつむいた時だった。前方からマハサの声がした。

「出たぞ、シン! また魔物だ!!」

 その言葉にシンとヨウサは視線を交わすと、即座そくざにうなずき合い、戦闘態勢に入った。






*****

 授業開始の鐘が鳴り、一時間目が始まっても、クラスメイトはそろわなかった。風邪で休むのなら仕方もないし、たまに一人二人いないのは、学校ならばよくあること。しかし、レイロウ先生が不審ふしんに思ったのは、休んでいる全員が友達同士という点だ。たまに遅刻をしてくる生徒も中にはいたので、今日も遅刻かと思ったが、そうではない。授業開始の鐘が鳴っても、彼らは誰ひとり、姿を現さなかったのだ。

「……困ったな……。よりによって寮の子達ばかりじゃないか……」

 空白の席を見つめ、先生はため息をついた。もしかしたらこれは――ただ事ではないかもしれない。

「みんな、少し自習していてくれ。職員室に行ってくる」

 そういってレイロウは教室を駆け足で出て行った。さすがに授業を中断するわけにはいかないが、出席してこない子どもたちが一クラスで七人もいるのは明らかにおかしい。職員室に行って、誰か空いている先生にでも寮を見てきてもらったほうがいいだろう――。

 先生が教室を出て行くと、教室の生徒はざわざわとおしゃべりを始めた。

「どうしたんだろう……」

「シンくんたちじゃない? 今日、みんな来てないし」

「そういえば、あのトラブルメーカーのケトたちもいないよ」

「マハサとトモもかぁ……」

 ざわつき始める教室で、一人、銀髪の少年が立ち上がった。

「級長? どうしたの?」

 それに気がついた隣の席のネコ科の少女が声をかける。

「みんな、静かにね。僕、ちょっと職員室を見てくるよ。もしかしたら、先生が戻るの、遅いのかもしれないし」

 その言葉に、少女はその大きな耳をピンと立てて微笑んだ。

「さすが級長、気がきくなぁ。いってらっしゃーい」

 級長のフタバは教室の扉を開け、廊下に出た。ざわついていた教室と違い、廊下はずいぶんと静まり返って聞こえた。タンタンと廊下を歩く靴の足音だけが異様に響いて聞こえた。




 呼びかけは突然だった。

「ペルソナ様……」

 ふわりと風のように声が響いて、呼びかけられた男は立ち止まる。銀色の長い髪がゆれて背後に注意を向けたことがうかがえた。銀髪の背後で、空間がゆがみ、水面のように空気がひときわゆれると、忽然こつぜんとそこに水色の女性が現れた。

「この時間にどうした、エプシロン……。神殿の結界は解除できたのか?」

 低い男の声に、名を呼ばれた女性が静かに頭を垂れる。それに合わせて結い上げた水色の髪がゆれる。

「結界の解除作業は今のところ順調のようですわ。ただ、また問題が一つ……」

 エプシロンがそこで一旦いったん言葉を止め、静かに息を吸い男の様子をうかがうような目線を送ると、静かに言葉を続けた。

「あの神殿にまた……あの子どもたちが現れましたわ……」

 その言葉に男は無言だったが、その沈黙の裏に何か重く厳しい雰囲気があった。身動き一つせず銀髪の男は沈黙していたが、唐突とうとつに深い溜息がれた。

「……あの本か? それとも――」

「本ではないと思いますわ。あんな子どもたちにあの本が読めるとは到底……」

「……そうか……」

 速いエプシロンの返事に、やや予想していたふうな男は再び息を吐いた。

「と、なると……やはりあいつらの手の内という可能性も高いな……」

 低い声はどこか怒りが込められていた。男はその声のまま、背後の女性に問いかけた。

「結界が解けるまであとどのくらいかかる?」

「おそらく本日のうちには……あと二、三時間といったところかと――」

「今回邪魔しているのは、例の双子たちだけか?」

「いいえ、今回は炎の使い手のほうですが、他にもいるようですわ。地下の神殿に入ってきたのは、いつもの雷系の少女と、それと今回はネコ科の少年と植物精霊族の少女……。正確には、あの子達に巻き込まれた風でしたけど」

 男の質問に、エプシロンはあきれたような空気と共に言葉を続ける。その言葉に男がほう、とつぶやいたように聞こえた。

「あの双子の寮にいる少年達だな……ふむ……」

 何か思案しているようではあったが、男は唐突とうとつに背後の女性に命令を下した。

「まずは今回の石を手に入れることが最優先だ。時間があるのなら、奴らを探れ。どこかであいつら――影とやらとのつながりが見えてくるかもしれん」

「かしこまりました、ペルソナ様……」

 男の命令に、水色の女性は深々と頭を下げると、一歩下がり、そのまま水面のようにゆらめく空間に消えていった。

 残された男は、一つ大きく息を吸うと静かにため息をついた。



「――お、級長~! 級長じゃないか!」

 前方から大柄な少年が自分の方に向かってかけてくるのを確認し、少年は顔を上げた。それに合わせて銀髪がさらりと動き、その下で青白く光っていた瞳が静かに閉じられた。

「――ケトじゃないか、どうしたの?」

 そう言って微笑む銀髪の少年の瞳は、いつものように優しい色をしていた。


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