第15話 仮面の盗賊を守護する者

「あの壁に書いてあったのはな」

 階段を駆け上がるシンの頭にしがみつきながら、キショウは説明を始めた。地響きに負けないよう、出来る限り声を大きくして。

「闇の石と光の石の説明だった。この神殿に闇の石を封印す、と書いてあった」

「やっぱり、闇の石のために作られたお城だったんだ!」

 キショウの説明にシンジがうなずく。

「そしてこの神殿は、大地に石を沈める場所として作られた神殿だと書いてあった」

「大地に石を沈める……? 何のためにだべ?」

 シンが意味が分からず問いかけるとキショウもさあな、と続ける。

「詳しくは書いてなかったな……。大地に石を沈める理由か……。ただ書いてあったのは……」

「あったのは?」

 双子の声がかぶる。

「『大地に石を沈めるべからず……。石の力を解放するとき、大地の安定は崩れ、世界の滅亡が繰り返される……』とさ」

 キショウの言葉に、シンもシンジも一瞬世界が止まった。

 ――世界の滅亡――?

「えええ~!? ど、どういうことだべ!?」

「闇の石を大地に沈めると、世界の滅亡が起こるの!?」

 双子は弾かれたように声を上げ、立ち止まりキショウに詰め寄る。キショウはそんなシンの髪をまた引っ張り、シンジに向かって道を指差して、指示を続ける。

「止まるな! 進めっての! 道はこっちだ!」

「え、うん、いやでもキショウ、それってどういう意味なの!?」

 指示に従いまた進みだすが、シンジはキショウの方を見て質問を続ける。

「オレも詳しく分かるわけねーだろ! たった今読んだんだから!!」

「でも、もし世界の滅亡だとしたら、一大事だべよ!」

 シンが頭の小鬼に叫ぶと、わかってる、と大きな声が返ってくる。

「でもこの地震に、二階の不可解な結界、明らかに怪しい!」

「もしかすると、その大地に石を沈めるってことを、ペルソナが二階でしてるかもしれないってことなの!?」

 シンジが問うと、キショウは一瞬声を詰まらせるが、苦々しい表情でうなずいた。

「その可能性が大いにありうるってことだ。でなかったら、せっかくの水の闇の石を、こんな身近にあって放置しておくか? 水の闇の石よりも、急ぐものがあるとしたら……」

「確かに……! やばいだべ! 止めさせるだ!」

 キショウの発言に、シンが握りこぶしを作って叫ぶ。シンジもそれに同意するようにうなずくと、キショウも珍しく鬼気迫ききせまる表情でうなずいた。

「どうやら今回ばかりはオレも協力した方がよさそうだな」

「……へ? 何を今更いまさら

「十分キショウ、協力してくれてるだべよ?」

 キショウのその発言に、双子は目を丸くすると、キショウはまた口の端をゆがめた。

「ま、オレも他に出来るワザがあるんだよ。とにかく、二階に急ぐぞ!」


 地図がある二人の行動は早かった。敵もさほどいない地下一階、そして一階と、あとはただ道に沿って走るだけだった。一階部分に出ると、右手に見たことのある門構えが見えた。元はそこから来たのだ。

「ようやく初期位置に戻ったってかんじかな」

「シンジ、間違っても右に踏み込むなよ、またトラップが動くかもしれんからな!」

 右手を見て一息つくシンジに、キショウが声をかける。

「分かってるよ!」

「キショウ、階段あっただ! この上だべか!?」

 シンは宙に浮いて、道を探していたようだ。二人に向かって声を張り上げる。

「そうだ! 進むぞ!」

 キショウの指示に双子はまた駆け出した。地響きはまだ続いていた。


 二階部分に上がると、黒く細い通路が奥へと続いていた。その通路はしんとして、威厳ある黒光りした柱や壁が重たく感じられた。だがそれ以上に通路の奥から、邪悪な気配がビリビリ伝わってきていた。思わず背筋が冷えるこの感覚は闇の力だ。しかも、その力が並々ならぬ物だからこそ、異様な緊張感があった。双子の背中に冷や汗が流れる。

「この感じ……」

「闇の石の力っぽいだべな……。急ぐだべ!」

 双子はそう言葉を交わし、通路を駆け出した。その直後だった。

「まぁ驚いた……。こんなところまで侵入者が来るなんて……」

 通路の奥からぼんやりと人影が現れた。それは歩み寄ってきた、という感じではない。空間からぼんやりと、透明人間が徐々に元に戻るかのように現れたのだ。全体的に水色をした美しい女性――ペルソナの部下のひとり、エプシロンだ。

 彼女を見るのは二回目である双子は、すぐに身構えた。彼女が現れるのは想定していたのだ。しかし彼女の方は、この双子が現れることを予想していなかったらしい。双子の姿を見るや否や、目を丸くして立ち止まった。

「……あら驚いた。あのときの坊や達じゃないの……! こんな所まで来るなんて……」

と、いい、シンの手に抱えられている本に視線が止まる。

「……そうだったわね。その本があるから、闇の石の場所が分かるんですものね。まさかここに辿たどり着けるほどにまで、使いこなせているとは思わなかったわ」

 そう言って、彼女はその手を前にかざし、何か術の発動のようなそぶりを見せた、途端とたん双子は構えを取り、すぐに戦闘態勢にはいる。

「ふふ、今ペルソナ様は大事な儀式中……もうすぐ終わるところなのよ。今邪魔されるわけには行かないわね」

と、その手の甲の宝石が輝いた。術を使うつもりなのだ。

「させないだべ!」

と、シンが剣を払い、鎌鼬かまいたちを発動しようとした時だ。

「遅いわよ!『ソムニウム』!!」

 しかしそれよりも速くキショウが呪文を唱えた。

『呪封印!』

 キショウのその小さな手から、黒い文字がふわりと浮き上がり、エプシロンのその手の前に文字が映し出された。

「え……!?」

 まさかキショウがそこにいたと予測していたはずがない。

 予想外の助っ人の術に対して無防備だったエプシロンは、キショウの放った術にその手を取られる。手の甲に黒い奇妙な文字が張り付いた。それと同時にエプシロンが発動しようとしていた術が止まる。

「まさか――封印の術!?」

 エプシロンがうろたえたその隙を、双子が見逃すはずがなかった。

鎌鼬かまいたち!』

 シンの放った風魔法は、彼女のすぐわきを通り過ぎた。それをかわそうとしたエプシロンはよろめき、床に手を着いた。そのすきに今度はシンジが間合いを詰め、エプシロンにその氷の刃を突きつける。

「くっ……」

 一瞬の油断で、双子に隙を突かれ、エプシロンの動きが止まる。

「できれば女の人を傷つけたくはないからね」

 幼くも鋭い眼光をエプシロンに向け、シンジが言う。その後ろで、同じく短剣を構えたまま、シンがエプシロンをにらみつける。

「確か……エプシロンって言っただな。この先にペルソナがいるだべな?」

「…………そうよ」

 苦々しい表情でエプシロンは答えると、大きくため息をついて肩を落とした。どうやら戦う気も抵抗する気もないらしい。

「まったく……私としたことが、こんな子どもに、降参することになるなんてね……。確かにデルタが手こずるわけだわ」

 ちらりと双子を見、エプシロンはまたため息をつく。

「しかも、ちっちゃな味方までつけて……。意外にやるわね、おチビちゃん」

「おめの言葉と受け取っておくよ」

 エプシロンに言われ、キショウはその身体をシンの髪の毛から起こして答える。

「美人さんに言われるのは、悪い気はしねぇからな」

「それより、エプシロン。この先でペルソナは何をしてるの!?」

「そうだべ! 悪巧みは許さないだべ! 先に案内するだ!」

 キショウの声をさえぎり双子が問うと、エプシロンはキッと表情をきつくし、双子をにらみ返す。

「失礼ね! ペルソナ様のことを悪く言わないで頂戴! 誰が悪巧みしてるですって!?」

「悪巧みだべさ!! 学校にあった闇の石を奪っていっただべ!?」

「それのどこが悪くないのさ!!」

「あれは……その……いえ、あれだってねぇ!!」

 三人の言い争いを遮るように、大きく神殿がゆれた。突然のゆれに今度は双子もよろめいた。

「これは……儀式も終盤に入られたんだわ……」

 その隙に逃げてもよさそうなエプシロンだったが、そんなことも忘れて、通路の奥へと目線を送る。

 彼女の意味深な言葉に双子は顔を見合わせて立ち上がった。

「ペルソナはこの先だね!」

「急いでとっちめてやるだ!!」

「あ、あなた達ちょっと!!」

 エプシロンが気がついて呼び止める声を背に受けながら、双子は通路の奥へと走り出した。


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