第4章 双子のおばけ退治

プロローグ1 夏の予感

 真っ暗な闇だけの世界――闇以外何もない世界。

 その闇の中、青白い影が浮かび上がる。白い影の男は、カツコツと金属音を響かせて闇の中を歩いていた。わずかに響く足音は、どこまで続くか分からない闇の中に、うっすらと反響して消えていく。歩くとその白い服が左右にゆれた。

 白い影はふいに立ち止まった。急に頭をあげると、それに合わせてさらりと銀色の髪が流れ、その隙間からのぞく形のいい唇が動いた。

「……大地の力……。秩序は取り戻せましたか?」

 白い男の声に反応するように、空間の一部がゆらぎ始めた。その部分がうっすらと光り始め、男の前に白い服を身にまとい、微動だにしない女性の姿が浮かび上がる。茶色の髪が顔の輪郭を撫でるように流れるその女性は、まぶたを硬く閉じたままだ。唇を動かすことなく、真っ暗な空間に女性の声が反響しながら広がっていく。

「……まだ……秩序は戻っておらぬ……。大地のゆらぎは、少しずつ進んでいる……」

 女性の言葉に、白い男の唇がゆがむ。

「またしても……一つ……大地に沈んだようだ……」

 立て続けに女性の声が響き、白い影の男は唇をむ。しばしの沈黙をはさんで、男の低い声が響いた。

「…………沈みましたか……。……これで、沈んだ石はいくつになりますか……」

 声の裏に落胆と怒りのこもった男の問いに、女性の深く息を吸う音が返ってくる。しばらくしてから女性の声が静かに響いた。

「恐らく……これで二つ目……いや――最初の一つを入れると――三つ目……か」

「……ええ……」

 女性の声に白い男は苦々しく答える。その声に男が沈んだ様子を感じ取ったのだろうか、女性の声も静かに重い響きで答える。

「このままでは歴史を繰り返す事になるだろう……。秘石を開放する以前のように……」

 その言葉に、白い影が頭を上げた。その唇はきつく閉じられ、彼の意思の強さをあらわしていた。男は動かない女性を見つめているようだったが、すぐに唇を開いた。

「歴史は繰り返させません。我が力において……必ず混沌を押さえます」

「……全てはそなたにかかっている……」

 男の答えに女性は一言、静かにそう返した。その言葉に白い男はただ静かにうなずくだけだった。それを見届けたのか、女性の声は静かに言葉を続けた。

「残るは三つ……。この三つが沈むのも……時間の問題…………。急いで混沌を……押さえねば……」

 女性の声は静かに闇に消えていった。それと同時にその姿もうっすらと闇に溶けていく。男は沈黙を守ったまま、それをただ見つめていた。

 そして完全に女性の姿も光も闇に溶けて見えなくなると、その闇の空間には白い男がただ一人、孤独に浮かぶだけとなった。

「……混沌を繰り返せば……また貴女は遠くなる……。……そんなことは……絶対に……させない……」

 男は静かに息を吐き、そう一人つぶやくと、その闇の奥へと姿を消した。


*****





 刺すような日差しが降り注ぎ、本格的な夏の季節が近づいている予感があった。教室の中で子どもたちは落ち着きなくはしゃぎまわっていた。夏といえば、長期休暇が与えられ、寮暮らしをしている子どもたちも久しぶりに実家に帰るのだ。そんな夏の休暇もあともう少しに迫っている。子どもたちがはしゃがないはずがない。教室のあちこちで、子ども達は夏休みの話で盛り上がっていた。

 もちろん、シン達も例外ではなかった。一日の最後にある終わりの会が始まる前の少しの間でも話は広がっていく。

「シンくんたちも、夏には帰るんでしょ?」

 頬杖ほおづえをつきながらヨウサが声をかけると、双子は同時にうなずいて明るい声を上げた。

「もちろん帰るだべよ!」

「久しぶりに山のみんなにも会いたいしね! あ、でも」

 言いかけてシンジはシンに向き直る。

「シンは次戻ったら修行するって。なんかトウエが張り切ってたよ」

「え~……トウエの修行だべか~? トウエの修行は厳しいだからイヤだべ……」

 シンジの言葉にシンがげんなりした表情で答える。そのとなりで、席を出歩いていたガイが声をかける。

「いやぁ、シンは修行するべきだよ~。その曲がった根性を叩きなおして……あがっ!」

「だれが曲がった根性だべ!」

 ガイが言い終わらないうちに、シンのこぶしがガイの横っ面に激突する。それを見てヨウサとシンジが笑う。

「あーあ、でもしばらくみんなに会えないのかぁ。夏休みって言ったら、友達と遊びに行くのも楽しみなんだけどな」

 唐突とうとつにヨウサがそんなことを言った。双子は顔を見合わせ、一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑むと、ヨウサに声をかけた。

「だったら、ヨウサもオラ達の山に遊びに来ないだべか?」

「え?」

 予想外の言葉にヨウサが目を丸くする。そんなヨウサの顔をのぞき込むようにシンジも続ける。

「僕らの住んでる山って結構遠いんだけど、いろいろ楽しいところがいっぱいあるんだ。ヨウサちゃんも気に入ると思うよ」

 双子の言葉にヨウサが表情をぱっと明るくする。

「いいの? なんだか面白そう! あ、もちろん、ちゃんとお母さんに話してからだけど、でも絶対いく!」

「やったぁ!」

「絶対楽しいだべよ! あ……でもオラ達は修行もあると思うだべが……」

「ちょっと待ってぇ~! ボクは? ボクは誘ってくれないの!?」

 はしゃぐ三人に割り込むようにガイがシンにすがりつくと、

「ガイだべか~。どーするべかな~」

と、からかいだす。

 そんな様子で盛り上がっているところで、シンジの後ろから声が掛かった。

「なんだ、シン達は夏休み帰っちまうのか~」

 声をかけたのはクラス一番のやんちゃ者、トモだった。鳥族のマテリアル種の血が強いトモは、腕に白い翼があり、その顔にも鳥族らしくクチバシがあった。シン達もそれなりにやんちゃ者だが、上には上がいる。トモはクラスの名物、トラブルメーカートリオの一人だ。

「あれ、トモ! トモだって帰るでしょ? 一応寮生じゃない」

 シンジが気付いて振り向くと、トモはちょっと自慢げに胸を張った。

「帰るよ~」

「あはは、じゃあオラ達と一緒だべさ」

 シンも口をはさむと、ちっちっち、とトモは指を振る。いちいち動作がコミカルである。

「帰るけど、すぐには帰らないんだ。オレたちもな、『秘密結社』の活動があるのだ」

 その発言は双子の興味を引くには十分であった。途端とたん身を乗り出して双子が問いかける。

「秘密結社…? なんだべ、その秘密結社の活動ってのは?」

「っていうか、『オレたちも』って……なに、僕らの活動に対抗してなの?」

「お前らばっかりが、秘密の活動しているわけじゃないんだぜ。オレたち三人も秘密結社で秘密の活動中なのだ!」 

 双子の問いにもったいぶってそう答えると、フッフッフ、といかにもらしくトモが笑う。じれったそうに話を聞きたがる双子だが、

「秘密結社なのに……言っちゃったら秘密じゃないじゃないの……」

と、ヨウサは冷静につっこむ。

「ま、オレたち夏休みは、この秘密結社の活動で忙しい予定なのさ! なんてったって、今もちょー活動中だからな!」

 活動内容を明かさない代わりに、シンとシンジに自慢げに忙しさをアピールするトモに、若干対抗意識を燃やしたらしい。シンはちょっとほおを膨らませて言い寄る。

「むむっ。オラ達の活動は毎日できるような活動じゃないんだべ」

「そうそう、なんてったって危険な任務だからね」

「へぇ~、一体どう危険なんだよ?」

「それはだべな……」

と、トモの質問に思わず答えそうになるシンの口を――ヨウサがあわててふさぐ。

「なんてったって、秘密ですから。トモにもお話できないんですよーだ」

 軽くにらむようにヨウサが微笑んで言うと、トモはちょっと悔しそうに舌打ちした。

「ちぇっ! もー少しで聞けたのに!」

 どうやら誘導尋問だったらしい。

「なー、いい加減お前らの活動教えろよ~! なんでオレたちにも秘密なんだよ~」

 誘導尋問が失敗した途端とたん、トモは態度を急変させて双子の前で地団駄じだんだむ。

「ふー、あぶなくしゃべるところだっただ!」

「シンは口軽すぎだよ~も~!」

 シンの危うい展開に、ガイも大きく一息ついて詰め寄る。そんなガイと、まだごねるトモの両方にシンジが仲裁ちゅうさいに入ってシンをフォローする。

「もー、そんなに怒らないのっ。別にトモに意地悪したいんじゃないんだよ。ホントに危険だから駄目なんだよ。これは、極秘任務!」

 シンジの柔らかな言い方にさすがにトモも折れたらしく、ちぇっと言いながら席に戻った。彼の席の辺りには、トラブルメーカートリオの二人が話に盛り上がっているようだった。

 トモが離れたのを確認して、四人はほっと胸をなでおろした。

「別に話したくないわけではないんだべがなぁ」

「でも話せないよ。ちょっと複雑になってきたし……」

 双子は顔を見合わせてため息をついた。


 時を少しさかのぼり、二週間ほど前――双子が例の湖での出来事を、レイロウ先生に報告した時のことだ。

 双子が湖から帰った後、担任のレイロウ先生は双子の疲れが癒えるのを待って、その日の夜に食堂に二人を呼んで話を聞いた。もう夕食時も過ぎて、食堂には彼ら三人しかおらず、外から静かに雨音がまだ響いていた。寮生の声がずっと遠くに響き、食堂はしんとして天井から淡い光が降るくらいで、食堂の空気はぼんやりとしていた。

「で、今回は一体どういうことなんだ? 一体あの湖で何があった?」

 優しくも心配した声色で先生が問うと、まず双子は今回の重要な助っ人、キショウについて話し出そうとした。だが――

「えっと、まず……その、オラ達がココ山公園に行って、そこで……」

「そこで?」

「鬼? にあっただべ」

「鬼……鬼だって……!?」

 途端とたん、先生が驚愕きょうがくした表情で詰め寄った。

「鬼というのは、もしや闇族の、あの鬼族のことか?」

「え、あ、うーん……」

「あ、鬼に似てただけで……鬼じゃないかも……」

 とっさにシンジが機転きてんを利かし、シンの発言に付け足した。先生は表情を険しくして「本当か?」と問いかける。その問いに双子はしどろもどろに、あやふやな発言をするしかなかった。しかし双子がうまく答えられないことを悟ると、レイロウ先生は質問をやめてため息を付いた。それを見ておずおずとシンジが逆に問いかけた。

「あ、あのぅ……鬼がいると何かヤバイんですか?」

 その問いに、先生はああ、とうなだれた。

「もしその話が本当なら危険だ。闇族の一部は私達マテリアル族や精霊族を食べる。しかも闇族は非常にずるがしこくてな、気配を消して私達の中に紛れ込むこともある。もし本当に闇族の鬼だとしたら、お前達、狙われてしまっているかもしれんからな……」

 明らかに心配した表情で双子を見るその先生の様子に、双子は正直に話すことをためらったのだ。結局、しどろもどろながら、キショウの存在を抜きにして神殿での話を先生に伝えるしかなかった。説明があまり上手でないことはいつものこと。それが今回は幸いして、双子がうまく話せないのも疲れているからだろうと、それ以上レイロウはつっこまずに、そのまま校長に報告したようだった。


「詳しく知られると、キショウのことも話さなきゃいけなくなりそうだしね」

「それはけないと危険だべ」

 双子は、レイロウ先生に報告した時のことを思い出しながらつぶやいた。その話をちゃんと聞いているガイとヨウサも少し表情を重くしてうなずいた。

「あまり闇族の話はしないほうがいいわ。ばれたらきっとクラスのみんなですら心配するはずよ」

「それに、この町にいることがばれたら、そのキショウって人も危険だしね~」

 二人の発言にシンはうなずいて、目線を窓にやる。

「それにしても……キショウのヤツ、どこにいっちまっただべか……」


 あの日、双子が寮に戻ったときには、すでにキショウはその姿を消していた。シンジは眠っていたので事の流れは分かっていないが、シンはレイロウ先生におぶられて、寮に戻るまでの間、ずっとキショウが自分の髪の中に隠れていると信じていたのだ。

 しかしいざ寮に戻って見るとキショウの姿はなく、忽然こつぜんと消えていたのだった。


「無事にしているといいんだけどね……」

 行方不明の小さな友人を心配して、双子は窓の外を見てため息をついた。

 キショウの身の上と同じくらい、双子の頭をぐるぐる回っている不安要素がもう一つあった。あの神殿で、キショウが話していた壁に書かれた超古代文字の内容だ。


『闇の石を大地に沈めるべからず。世界の滅亡が繰り返される……』

「一体、キショウ、あの神殿で何を読んだんだろう……」

 双子は重い表情で顔を見合わせるのだった。



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