プロローグ2 動き出す盗賊たち

「あんだけ偉そうに言ってたのにねぇ」

「……」

「一瞬で隙をとられるかぁ」

「……」

「オレよりひでえよなぁ」

「……うるさいわね」

 さすがに女が怒り出した。

「仕方ないでしょ! 予想外な助っ人がやつらの中にいたのよ!」

 いつもは白い肌のほほを赤くして、水色の女性――エプシロンは背後の男に勢いよく振り向いた。エプシロンの背後で偉そうに腕組みしていた赤い男――デルタは意地悪な笑みを貼り付けたまま言葉を続ける。

「それ言ったら、オレだってそーだぜ!? ちっさい娘が雷使うなんて知らなかったしな!」

「なによ、アンタなんか女の子に負けたんでしょ!?」

「お前は小人に負けたんだろ?」

「何ですって~!?」

 灰色の石造りの部屋には不似合いな、ケンカの声がにぎやかに響いていた。

「やれやれ、低レベルな争いはやめてほしいものだな」

 唐突とうとつに背後から、デルタ以上に高圧的な声が響いた。二人が勢いよく振り向くと――

「げっ……」

「オミクロン!」

 茶色のサラサラな髪に、きりっとしたまゆ、大きく開かれた緑色の瞳……厳しくも自信を感じさせる表情、その額にはデルタやエプシロンと同じように宝石が埋め込まれている。しかしその形は丸く、深い緑色に輝いていた。白くゆったりとした服を身にまとったその姿は、いかにも彼らよりも威厳があるのだが……

「一体何の用だよ、オチビさん」

 あからさまに反発的な態度でデルタは足元の仲間に声をかける。しかし当の本人はその発言など聞く耳も無く、二人の間をつかつかと通り過ぎた。二人の腰の高さにも満たないその身長は、どう見ても五,六歳の子ども程度……。

 そう、オミクロンの外見は、どう見ても年端としはも行かない子どもなのである。少し丸身を帯びたかわいらしいあごのライン、ふっくらとしたほおは、明らかに子どものそれである。

「ねぇ、オミクロンも言ってやってよ! デルタってばひどいのよ」

 自分より年上の相手に言うようなエプシロンの発言に、オミクロンはやや目を細めて、彼女を見る。どうやらデルタとは違い、エプシロンはオミクロンに反発はないらしい。オミクロンは軽くため息をついてまた背を向ける。

「エプシロンも、言い争っている場合ではなかろう。お前のミスはたいしたミスではない。そんなことに、あげ足をとられている場合ではないのだぞ」

 その発言に、エプシロンは「どうだ!」といわんばかりの笑顔でデルタを見る。面白くないのはデルタだ。

「なんだよ、オミクロン。おまえ失敗したエプシロンをかばうのかよ」

「彼女は失敗ではないだろう。ペルソナ様の大事な儀式も無事完了できたのだからな」

「……彼女『は』、って……じゃオレは失敗なのかよ!?」

「当たり前でしょ。風の闇の石を奪うのがアンタの仕事だったのに、奪えなかったんだから。なんか文句あるの?」

 ここぞとばかりにエプシロンが口をはさむ。二対一では分が悪いというものだ。デルタは言い返せなくなって、むぐぐと口をつむぐと、また腕組みして二人に背を向ける。

「なんだよなんだよ、二人して……」

「すねている場合ではないぞ」

 間髪入れず、オミクロンの言葉が飛ぶ。幼い声で偉そうに言われる、それ自体がデルタにしては面白くないのである。反射的にデルタは反抗心はんこうしん丸出しで声を荒げる。

「すねてねぇ!!」

 これでは、親にすねる子どもそのものである。その様子にあきれてため息をつくオミクロンの隣で、エプシロンは素直に彼の方を向き、首をかしげた。

「で、オミクロン、どうしたの? 何か仕事?」

「ああ、ペルソナ様から頼まれていた仕事が大分進んだのでな。次はお前達も手伝わせろと命じられた」

 オミクロンがそう説明すると、デルタが背を向けたまま鼻で笑う。

「へっ。オレの次に動き出した割には、ずいぶん遅いんじゃねーの? 今頃になって仕事が片付いてきたのかよ」

「遺跡を調べながらの探索だからな。力任せで出来る仕事ではないのだよ」

「誰が体力バカだよ!?」

 思い切り振り向いて抗議するデルタだが、

「で、お前達には私と一緒にきてもらう。今回は私の命令に従ってもらおう」

まったくオミクロンは聞く耳持たずである。

「あら、オミクロンと一緒に仕事するなんて、久しぶりね」

「ちょ、ちょっと待て! なんだよ、お前と一緒に仕事すんのかよ!」

 二人ともそれぞれの反応だが、オミクロンは全く気にする様子はない。

「ペルソナ様からの命令だ。あの方の命令に反することは、私が許さん」

 幼い外見とは裏腹うらはらの厳しい言葉に、デルタは唇をみ、怒りでぷるぷるしているのだが、そんなことを気にするオミクロンではないのだった……。


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