第10話 闇に従う者たち


「いったぁい……」

 デルタが倒れると同時に、ヨウサも手から離れたのだが、さすがにすぐには逃げられなかったらしい。倒れたデルタの下敷きになり、ヨウサがそこから出ようと苦戦していた。

 それまで、あまりの出来事にあっけに取られていたシンだったが、ヨウサの声で気が付いたらしく、あわてて彼女に駆け寄った。

「大丈夫だべか!? ヨウサ!」

 シンの手を借り、ようやくデルタの体の下から抜け出したヨウサが一息ついてうなずく。

「なんとかっ……。……もお、なんて人なの、この人っ!!」

 抜け出すや否や、ヨウサはそのほほを膨らまして怒る。どうやらデルタの乱暴振りに対して怒っているようだ。そんなヨウサを見て、シンがまぁまぁとなだめる。

「にしても、ヨウサ、やっただべな! とうとう雷の魔法、使えたでねーか!」

 シンはヨウサの手をとり、にかっと八重歯を見せて笑った。その表情に、ヨウサも気が付いたように一瞬目を丸くした。

「あ……そういえば……! とっさに呪文唱えちゃったけど、うまく発動したわよね!」

 今になってようやく、魔法がうまく発動したことを実感したらしい。じわじわと達成感が沸いてきたようで、その表情がみるみる嬉しさに満ちてくる。

「やったぁ! やった、シンくん、私も攻撃魔法使えたぁ!!」

 ヨウサは喜びのあまり、シンに両腕を回し飛びついてはしゃいだ。

「そうだべな! そうだべな!!」

 シンもその手を取り、まるで自分ごとのように喜ぶ。

「シン、まだなんかいる!!」

 二人の喜びに水を刺すように、天井から声が響いた。シンジの声だ。その声にシンもヨウサもはっとした瞬間、二人の足元に横たわっていたデルタの体から、突風のように一陣の風が渦を巻いた。その風に、ただならぬ空気を感じたシンは、瞬時にヨウサの手を引き、デルタの倒れている位置からすばやく距離をとる。

「な、何事だべ!?」

「倒したはずじゃなかったの……?」

 二人が困惑する中、シンとデルタが壊してきた天井から、シンジが二人のすぐ隣に着地した。シンジもその風をにらみつけ、すでにその手には氷の剣が握られている。

「分からない。でも……」

 シンジが言いかけると、デルタの体から発生していた風が勢いを増し、三人もその風に思わず目をかばう。すると――

 次の瞬間には、デルタの倒れていた場所には誰もいなかった。その代わり、三人と対峙する位置――広間のずっと奥、警備の魔獣が倒れその隣の暗がりになっているあたり――そこにぼんやりと人影が現れた。思わず三人ははっと息を飲んだ。

 デルタではない。暗がりの中、それは浮き上がるように鮮やかな水色の女性だった。目を凝らしてよく見ると、その女性もどことくデルタに似ていた。顔立ちや姿かたちは似つかない。水色の髪を頭の左上に束ね、顔の輪郭りんかくをなでるような前髪が左右に流れ、青い瞳がつやのある輝きを放っていた。そしてその額には、ダイヤ形をした水色の宝石のようなものがはめ込まれている。よく見えないが、その手の甲にも光り輝く水色の何かがあることから、おそらくデルタの手と同じように、宝石が埋められているのだろう。服装もデルタのそれとは違い、水色と白を基調にした服だ。肩を出し、彼女の体格を強調するその姿は、女性らしい美しさがあった。もっとも、まだまだ子どもの双子にはその魅力が分かるはずもないのだが。

「はじめまして、シン、そしてシンジ」

 突然、見知らぬ女性に名前を呼ばれ、双子に緊張が走る。しかし、その女性からは特別攻撃を仕掛けてくるような雰囲気は感じられない。二人が困惑こんわくする間もなく、その女性は再び口を開いた。

「我が主、ペルソナ様が大変ご立腹よ。一度ならず二度も私達の邪魔をしてくれるとは、とんだ命知らずですことよ」

 その言葉に、シンとシンジは思わず構える。

「おめーもペルソナの部下だべか!?」

「っていうかあのデルタとかいう奴はどこいったんだ?」

 双子が思わず問いかけると、水色の女性が冷ややかにクスリと笑った。

「失礼、わたくしも自己紹介がまだでしたわね。私はペルソナ様の部下、『エプシロン』よ。以後お見知りおきを……」

 そういって、エプシロンは上品に軽く頭を下げて見せる。

「今回は戦う気はありませんわ。このおまぬけデルタを引き取りに着ただけですもの」

 どうやらデルタはこのエプシロンによって転送魔法か何かをされたようだ。その言葉に戦う気がないと知り安心すると同時に、デルタの謎も解け、ちょっと納得言った、という顔の双子である。

 そんな双子に、エプシロンは思い出したといった感じで再び声をかける。

「そうそう、ペルソナ様がおっしゃっていたわ。『邪魔することは放っておけんが、デルタまで打ち負かすほどの力とは、大した者だ。それだけは褒めておこう』……とね」

 そこまで言って、エプシロンはまたクスリと笑って、壁に張り付くように一歩後ろへ引いた。途端、その壁が水面のようにゆらぐ。この空間と多次元とが接触している証拠だ。それに気が付いて、思わず動き出そうとする双子に、女性は再び笑って言葉をつむいだ。

「それではごきげんよう……」

 言いながら、エプシロンの身体は水面のような壁に沈み、そして消えてしまった。

「……行っちゃったね……」

 あまりに唐突にエプシロンが現れ、そして消えてしまったものだから、なにか狐につままれたような面持ちでシンジがポツリつぶやいた。

「……なんだったのかしら……。っていうかペルソナの部下って、まだいたの!?」

 ヨウサも思い出したようにびっくりする。

「だぁああああ! あのデルタってヤツ、警備員に渡しておけばよかっただべ!! 泥棒容疑で捕まえられたのに! 逃げられただべ~!!」

「あっ!」

 シンの言葉に、シンジもヨウサも今気が付いたようだ。思わず声がかぶる。戦いに集中していると、そこから先の行動はどうしても頭が回らないようだ。


「……とはいえ、無事に闇の石、守れたわけだし!」

 一瞬の沈黙の後、気を取り直してシンジが笑う。

「そうね、この本の力も確認できたわけだし!」

 続けてヨウサも笑う。

「今回のオラ達の任務も、無事、成功だべな!!」

 二人の言葉に続き、シンが守った短剣を振り上げ、声を大にして叫ぶ。

 すると……。

「……っていうかみんな、ボクのこと忘れてるでしょ~!!」

 三人の後方から、突然情けない声が飛んできた。振り返り、三人は顔を見合わせ思わず苦笑した。ガイはまだ、警備の魔物に足をとらわれたまま、身動きできずにいるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る