第9話 初発動の魔法


 その頃、必死に階段を下りて、ガイとヨウサは出口を目指していた。四階から三階、三階から二階へ……。必死に降りて行くのだが、降りるたびにすぐ上の階ですさまじい破壊音が響き渡る。シンとシンジが、デルタという敵と対戦しているからなのだと思うが……

「それにしたって、なんで毎回、真上で破壊音が聞こえるの~!?」

 音の響き方、大きさからいって、どう考えても四階のものとは思えない。思わずヨウサが、前方を走るガイに叫ぶように問いかけると、ガイも必死に大声で返す。

「知らないよ~!! 毎回下の階に下りて戦っているんじゃないの~!?」

「それって……そしたら危険じゃない! 二手に分かれたのに、私達、追われているのと一緒じゃないのよっ!」

 ガイの言葉にヨウサが叫ぶと、ガイはますます表情をこわばらせて叫ぶ。

「た~いへんだぁ~! なんとか逃げ切らなくっちゃ!!」

 と、何とか二人は一階まで降りきった。疲れてそこで一瞬立ち止まり、息を整える二人に、例の彫刻の女性が久しぶりそうに声をかけてきた。

「あら、思ったより早かったわね。泥棒さんもものすごい速さだから、私もびっくりしちゃったわ。あら、男の子二人がいないわね……?」

「うん、今…………はぁ……はぁ……泥棒と、戦ってる……」

 彫刻の問いにやっとそれだけ答えると、ヨウサは再びぜいぜいと肩で息をした。

「戦うって……いやだわ……。アイテム壊されてないといいんだけど」

「それよりお姉さ〜ん! 警備の人たち来てる~!?」

 ガイが息も絶え絶えに必死に質問を投げかけると、そのあまりのひどいガイの息切れの仕方に、不愉快そうに彫刻の女性は顔を歪めて渋々しぶしぶ答える。

「え、ええ……。まぁ間もなく来るでしょうね……。今頃、外じゃないかしら」

 その言葉に、二人はまた意を決したように息を吸い、再び走り出した。

「ありがとう、お姉さん!」

 ヨウサは去り際にお礼を言うと、そのまま出口に向けて走り出した。

 博物館の出入り口付近は、受付もあるので広間になっていた。その辺りまで来ると、扉が破壊された様子や、その扉のわきに伸びている魔獣の姿が確認できた。おそらくデュオ――いや、デルタがしでかしたことだろう。更にその先を見ると、外の外灯が壊れた扉の向こうから静かに差し込んでいた。出口まで来れたのだ。ホッとして、ヨウサが走る速度を緩めた時だ。想定外なところでガイの悲鳴が聞こえた。

「どうしたの!?」

 思わずヨウサが振り向くと、なんとガイは警備の魔物に足を捕らわれているではないか! ほとんど姿を見なくなったので、油断していたのだ。

「ああもぉ! こんなところで捕まらないでよっ!!」

 あわててヨウサがガイの所へ戻ってくると、今度はその振り返ったヨウサの後ろの方で轟音が鳴り響いた。あまりの音のでかさに、ヨウサも、ガイも跳ね上がる。

 砂ぼこりを上げてヨウサの背後に、天井を突き抜けて落下してきたもの――それはデルタとシンだった。見ればデルタの腕はまるで岩のように膨れ上がり、それをシンが受け止めていた。こちらもあまりにも想定外な出来事で、ヨウサもガイも目を丸くする。

「シンくん!」

 悲鳴のようにヨウサは叫んだ。しかし、どう見てもシンの方が不利そうなのだが、なぜかデルタの声に、動揺している様子が伺えた。

「くっそ……! これでもかぁ~ッ!!!!」

 怒気のこもった叫び声と共に、デルタはその巨大に膨れ上がった瓦礫の両腕を、シンに向けて勢いよく殴りつけてくる。思わずヨウサが小さく悲鳴をあげるが、どういうことか、空を切るような鈍い風の音がするばかりで、デルタの攻撃はシンには一向に当たらない。ヨウサが目を丸くして、その様子を詳しく見てみると……。

 シンの周りを、風の壁が球状に覆って、その攻撃を全て弾いていた。そのシンの右手には、先ほどのあの短剣が握られ、攻撃してくるデルタに向けて防御するように構えて持っていた。彼を守る風の中、シンは緊張した面持ちではあったが、不敵に笑った。

「覚えといてよかっただべ……!風の防御魔法……!まさかここで使えるようになるとは、思わなかっただべよ!!」

 そういって、今度はその構えのまま、違う呪文を唱えた。

鎌鼬かまいたち!!』

 すると、その防御風の中から前方のデルタに向けて、風圧で空間が歪んだ刃が襲い掛かった。風の刃はデルタのその瓦礫の両腕に直撃、その衝撃で腕の瓦礫は崩れ落ち、デルタはそのまま後方に吹き飛ばされた。

「ぐああっ!! ……んだとっ……!!!!」

 まさか防御の体制でその攻撃が来るとは思っていなかったのだ。デルタは予想外の攻撃に驚きを隠せなかった。武器としていた両腕の瓦礫を破壊され、通常の姿に戻ったデルタは、ひざを着き、片手を床につけた状態で、壁際まで追いやられた。――がしかし。

「――なっ!! ヨウサ!?」

 なんとデルタが押しやられたその壁には、魔物にとらわれ動けなくなっているガイと、シン達の対戦であっけに取られていたヨウサが、ちょうど立っている場所だったのだ。

 そんなヨウサとデルタは思わず目が合い、ヨウサは息を飲んで凍りついた。

 デルタの方も、一瞬「なんでこんなところにこのガキがいるんだ」とあっけにとられているようではあったが、ヨウサの片手にある本を見て思い出したようだ。

「……そうだな、まずはこっちの本を頂いてからでも遅くないんだったな……!」

と、立ち上がりヨウサの本を奪おうと襲い掛かった。

「きゃあーーッ!! 何するのよッ!!!」

 正直おてんば娘で気が強いヨウサである。そう簡単に本を手放すわけがない。あまり暴れるものだから、デルタも躍起やっきになってヨウサを床に押し付ける。

「暴れんじゃねぇっての!!」

「キャーッ!! やめてよ! この変態ッ!!」

「ヨウサに何するだーッ!!」

 襲い掛かったデルタを見て、シンが走り寄りながら火焔を唱え、炎をぶつけてきた。

思い切りシンに背を向けていたデルタは、背中ではあったがもろに炎を食らう。

「あちちちちちっ!! やけどするだろがッ!! ……っとそうか!」

 勢いよく振り向いてシンに怒鳴ったデルタだったが、突然はっとしたようにヨウサを押さえつける手を離した。ヨウサがあわてて立ち上がろうとすると――

「きゃあっ!?」

「これなら手出しできまい!!」

 デルタは立ち上がろうとしたヨウサをすばやく小脇に抱え、シンに向けてヨウサを見せつけた。それを見た直後、次の攻撃を仕掛けようとしていたシンの動きが止まる。

「なっ!! 卑怯だべよ!! 人質とる気だべか!?」

「へっ! こんな真似、ホントならしたくはないがな! 今回はちょっとばかり想定外だぜ! このうるさいお嬢さんごと、本を頂かせてもらう! もちろん、このまま終わるオレじゃないからな! この勝負、次には決着つけてやる!」

と、吐き捨て、勢いよく走り出そうとした瞬間、

パリッ……と、辺りの空気に緊張が走った。その異様な空気に、デルタだけでなく、シンも、また魔物につかまっているガイもはっとする。しかし空気の緊張はただの雰囲気ではないようだ。三人がその気配を探っている間にも、ピリピリとした緊張が激しくなってくる。

「……まさかっ!?」

 声を上げたのはガイだった。その声の意味が分からず、シンがガイに視線を向けたその直後だった。

雷申ライシン!!』

 叫んだのはヨウサだった。その甲高い叫び声と共に、ヨウサの体から光が一瞬発生し、次の瞬間、その光が爆発したかのように見えた。それと同時にバチバチという電撃が物に当たる音と衝撃が広間の空気を一瞬で走り抜けた。

「ぬがああああっ!!??」

 衝撃音が走りぬけた直後、その電撃に当てられたデルタが悲鳴を上げた。瞬間的とはいえ、衝撃は相当だったらしい。シンの攻撃やシンジの攻撃ではなかなか倒れなかったデルタだが、思わぬ不意打ち――しかもその衝撃が半端でない電気ショックだったこともあって――それを食らって気絶してしまったようだ。がくんとひざから落ち、そのまま前のめりでぶっ倒れてしまった。




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