第4話 本を作動させる呪文


「うわああああ!!!」

「で、出ただべかっ!!??」

 三人があわてふためいて振り向いて、とっさに魔法の構えを取ると、予想外にまぬけな声が響いた。

「ぬわあああああ~!! な、何するのっ!? ボクを殺す気!?」

 その声に、構えていた二人が呆然ぼうぜんとする。三人が予想していた人物ではない。緑色のバンダナに色白くて細い手足、ものすごい怯えた顔をして、二人の前で腰を抜かしているその人物は、三人のよく知っている人物だった。

「なあんだ、ガイだべかぁ~」

「びっくりしたぁ~」

 双子は気が抜けて構えを解くと、危うく攻撃されるところだったガイは必死に猛抗議もうこうぎする。

「ビックリしたのはボクの方だよ~!! なんなんだよ、いきなり~!! ボクに攻撃の構えをするなんてッ!! ひどいじゃないか~!!」

「ま、まぁ、ガイくんも落ち着いて……。シンもシンジくんも、あの男が来たと思って警戒したんだよ。悪気があったわけじゃなくて……」

 フタバがあわてて仲裁に入ると、ガイの後方からまた違う人物の声が飛んできた。

「なぁに? 何があったの?」

 ヨウサだった。ヨウサもガイと同様、三人の下に走りよると、異様な雰囲気の四人に気がついて首をかしげる。

 そう、シンとシンジが、本について調べている間に、ヨウサに攻撃魔法の基礎を特訓しようということで、ガイとヨウサは校庭で練習していたのだ。練習が一段落したとき、校庭の隅の茂みから、聞きなれた声が聞こえてきたので、ガイが寄ってきた、というわけである。

「どうしたの? 何かあったの? あ、シンくん、私も攻撃魔法の基礎を覚えたわよ! シンくんたちの今日の任務……だっけ? 任務とか言ってた本の調査はどうなの? 進んだの?」

 一気にまくし立てるヨウサをよそに、思わず気が抜けたらしいシンはへなへなとうなだれた。シンは座り込んだまま声をかけた。

「ヨウサ……。ガイもだべが……。話すと長くなるだ……。ひとまず安全な所に避難して、そこで説明するだよ……」

 と、言うことで、合流した五人はひとまず場所を移ることにした。


 それから約一時間後――。

 シン達はヨウサの家に集まっていた。ヨウサの家はセイラン町の中心部にあり、学校からも歩いていける距離だ。こじんまりした小さな家だが、掃除も行き届いてきれいな家だった。クリーム色のレンガ造りで三階構成になっており、その三階がヨウサの部屋だった。日当たりはいいらしく、ヨウサの部屋は明るかった。女の子らしい白いレースのカーテンに薄緑の壁紙、部屋には小さなテーブルが中心に置かれ、そのすぐ隣に木製の本棚があった。魔導書が詰まっているところを見ると、この本棚は学校の勉強用らしい。

 ヨウサの部屋に通され、みんな、丸いテーブルを囲うように座っていた。シンの隣にシンジ、その隣にガイ、そしてガイとシンの間にヨウサが座った。フタバだけは、食堂に置き忘れた宿題をほっとくわけにはいかないと、この集まりは遠慮していた。それに、シンジが足止めしていた食堂のことも心配だから、という理由だった。変にその食堂の足止めのことを騒がれてもまずいので、うまくフォローしておくよ、と言い残し、フタバは寮に戻った。

 いつもなら寮に集まる彼らだが、今回、わざわざ外に移動したのにはワケがあった。

「デュオっていう、謎のお兄さん……? その人が本を狙っていたっていうの?」

 お菓子の詰まったかごをテーブルの中心に置きながら、ヨウサが首をかしげる。

「そう、そのデュオって言う謎の人物が、本を狙っていたんだよ。明らかにおかしかったもん!」

「そうなんだべ、しかもアイツ、これから寮に入るって言ってただよ。嘘かもしれないだべが、本当の可能性もあるだべ。下手に今寮に戻ったら危険だべ! それでヨウサの家にしただべよ」

 双子の説明に、ヨウサがようやく納得言った、という感じでうなずいた。

「急に私んち行きたいなんていうから、何かと思った。一応女の子の家なんですから、ちょっとは遠慮してよね……。そういう理由なら仕方ないけどさ」

 と、ちょっと口を尖らせヨウサが言うと、シンジが遅ればせながら謝りを入れる。

「ごめんね、ヨウサちゃん、無理言って……」

「で、これからどうしたらいいの~? この本が闇の石を探すための本って分かったけど、どう使うのかもさっぱりじゃない~」

 ガイが話を進めようと三人に声をかける。その言葉に双子は顔を曇らせた。

「うーん……そうなんだべよな~……」

 そう、校庭にいた時までは、本の魔法陣は作動していた。シン達の移動にあわせて魔法陣の中の地図も動き、闇の石の絵も輝いていた。校庭からヨウサの家に移動していくにつれ、闇の石の絵の輝きが鈍ったことから、この石の絵の光は、闇の石に近づいていくと光が強くなり、離れると弱くなるのではないか、とガイは推測していた。

 ――の、だが。

 シンは今は全く動いていない魔法陣をじっとにらんだ。そしてぱたんと本を閉じ、またその魔法陣のぺージを勢いよく開く。しかし、魔法陣は沈黙したままだ。

「やっちまっただなぁ……。本を閉じなきゃよかっただ……」

 そう、移動中に本を閉じてしまったら、途端魔法陣も止まってしまったのだ。偶然に魔法陣を作動できた彼らにとって、この魔法陣を再び動かす事は不可能に近かった。

「でも、あのとき動いたんだから、きっと何かすれば動くと思うんだけどな……」

 シンの隣で同様に本をのぞき込みながら、シンジが希望を込めてつぶやくと、ガイも本を眺めながらぼんやりと言う。

「大抵魔法の効果がある本って言うのは、呪文によって始動するものなんだよね~。シン、この本開いたとき、何か呪文になること言わなかった?」

 ガイの言葉にシンだけでなく、シンジも一緒にうなる。

「そういわれてもだべな……」

「確か……ペルソナの悪事を阻止できないよ~なんて話をしていた時だよね……」

 シンジがうなるようにつぶやくと、それを聞いていたシンがぱっと表情を輝かせる。

「それだべ! 何気なくオラ達が話していた言葉の中に呪文があったのかもしれないだべ!」

 双子は顔を見合わせうなずいた。それを見て、ガイとヨウサもちょっと期待の表情を見せる。

「そうと決まれば、いろいろ試してみるだべ! よーし!!」

 と、シンが気合を入れてまず一言目。

「ペルソナ!」

 ……沈黙。

「……どう考えても、それはありえないわよね……」

 シンの行動に冷静にヨウサがつっこむ。続けてシンジも呪文になりそうな言葉を叫ぶ。

「えっと……悪巧み!」

 ……沈黙。

「野望!」

と、再びシンジ。しかし沈黙。続けてシン。

「止まれ! いや、止める! 止めるだ! 止まらない?」

「シン、それは何~? 止まるの活用形?」

 ガイが思わずつっこむが、まだ双子の呪文探しは続く。

「指!……指をくわえて見てる、見てろ? 今に見てろ!」

「シンジくんまで、シンくんと同じことになってるわよ」

 今度はヨウサがシンジにつっこむ。その様子に、ガイが首をひねらせる。

「うーん、というか……これ超古代文明のときの魔法の本だからさ~。今の言葉にはない言葉が呪文だと思うよ~。まず、『指』とか『止まる』とかはないと思うけど~」

 双子の様子に見かねてガイがそうつっこむと、双子は机に突っ伏して抗議する。

「だったら始めからそう言ってよ~」

「そうと分かれば、それっぽい言葉を初めから言ってただべよ!」

 双子の抗議を聞き、ガイは両手で制しながら二人をなだめる。

「可能性の問題だよ~。それに、あの場にはシンとシンジだけでなくて、級長だっていたじゃない~。級長の言葉の中に呪文があった可能性だってあるよ~」

 その言葉に双子は顔を見合わせる。そういえばそうだ。あの時本が光りだす直前、話していたのは級長のフタバの方だ。

 二人は勢いよく机から起き上がると、顔を見合わせて会話を思い出した。

「確か……あの時のフタバの言葉は……」

「敵からしたら……指? 指でもくわえてろ?」

「ちがうだ……確か……『指でもくわえろ!』って感じ、で言って……のわあああ!!」

「光った!!」

 シンが発言するや否や、本の魔法陣は校庭で作動したときのように光りだした。初めてその作動の様子を見るガイとヨウサが感嘆かんたんの声を上げる。

 四人が見守る中、やはり魔法陣は今いるヨウサの家を映し出し、魔法陣の周りに描かれた闇の石は本の中でくるくると動き、六つのうちの一つが輝きだしていた。

「動いたね!!」

 シンジが意気揚々として叫ぶと、シンもはしゃいで答える。

「これで呪文が分かっただな! 呪文は『ユビデモクワエロ』だべな!!」

「いや、多分『クワエロ』じゃないかな~? 指、はありえないでしょ~」

 思いのほか冷静にガイがつっこむ。そして発言するや否や、三人の目の前で何の遠慮もなく本をパタンと閉じる。あまりに唐突とうとつに本を閉じられたので、シンもシンジも止める暇もなかったらしい。あわててガイにつめよった。

「ああ~!!」

「なんてことするだよ! ようやく動いたのに!」

「この一度しか動かなかったら意味ないでしょ~。呪文は使いこなせて始めて意味を持つんだから~。さ、もう一度試すよ~」

 二人の抗議なんてどこ吹く風。ガイは再び本の真ん中のページを開くと、呪文を唱えた。

『クワエロ!』

 すると、あっさりと魔法陣は作動したではないか!

 その様子を見て、双子とヨウサはほっとため息をつく。ガイはうんうんと納得したようにうなずいて言葉を続けた。

「これで、この魔法陣の呪文は分かったね~。『クワエロ』!! って呪文だから、みんな覚えておこうね~」

「そうだべな!」

 ガイの言葉にシンが勢いよく答えると、シンジもヨウサも深くうなずく。シンは立ち上がり、いかにもリーダーらしい口調で腕を振り上げて言った。

「この呪文はオラ達『超古代文明調査隊』の一番大事な秘密だべ! 絶対誰にも言っちゃ駄目だべよ!」

「もちろんよ!」

 ヨウサが嬉しそうに同意する。その隣でシンジもうなずくが、しかしすぐに首をかしげる。

「とはいえ、きっとこの呪文、ペルソナは知ってるよね? 古代魔法使うくらいだから、超古代文字とか余裕そうだよね……。絶対にこの本をヤツに渡しちゃいけないね!! 本がないから、まだ僕らの方が有利だもん!」

「そうだね~。まだ、有利かなぁ~」

 シンジの言葉に、ガイが意味ありげにつぶやくと、ヨウサがびっくりした様子で問い返す。

「まだ? まだってどういうことよ? 大分私達の方が有利な気がするけど……」

 呪文もわかって意気揚々としている三人とは裏腹に、ガイは険しい表情で三人を見る。

「だって考えてみてよ~。この本、どう見たってもっと使い道がありそうじゃない~。今のボクらは、まだ『クワエロ』の呪文しか知らないんだよ~? ペルソナが本当に古代呪文を使いこなせる人物だったら、この本に書かれている超古代文字なんか、すらすら読めちゃうじゃないか~! そう考えたら、ボクらももっとこの本を使いこなせるようにならなきゃいけないよ~!」

 ガイのもっともな意見に、思わず三人は黙り込んで考え込む。ガイは一通り説明するとふうとため息をついてお菓子のかごに手を伸ばす。それをみて、同様にシンジがお菓子に手を伸ばす。一方でシンはのけぞって考え込む。

「確かにそうだべな~。でもそれを言ったらガイもずいぶん詳しいんでねぇべか?ガイはこの本読めないだべか?」

 予想外のシンの問いにガイが、お菓子をのどに詰まらせる。

「ぐえっほ!……無茶言わないでよ~! ボクは魔法の知識はそこそこつけてきたけど、さすがに超古代文字は読めないよ~!! まあ、あのむかつく兄貴なら分かるかもしれないけど……」

「それだよ! 僕らも超古代文字を読める人物を見つければいいんだよ!」

 ガイの発言に、シンジがひらめいたとばかりに声を上げる。ガイが口を開くより先にシンジがまた続けて言葉を続ける。

「ガイのそのお兄さんにお願いできないのかな?」

 するとガイは勢いよく首をぶんぶんと横に振り、難しそうな表情で声を上げる。

「それこそ無茶だよ~!! うちの兄貴はどこに行ってるのか分からないもの~! いいかい、ボクらウリュウ家っていうのは大人になると、訳分からないことに神隠しのようにいなくなる運命なんだよ~」

「え、行方不明なの?……死んでたりしてないの……?」

 げ、とばかりにシンジが引き気味に問うと、意外にもガイはけろりとして答える。

「いや、生きてるよ~。生きてるけど、どこにいるか分からないんだよ~。年に一度は実家に戻ってくるけどね~。どこに今いるのかなんて全然教えてくれないもの~! ま、知りたくもないし、他の家族…じーちゃんもばーちゃんも姉貴も興味なさそうだしね~」

 ウリュウ家は、意外と身内に冷たい家族のようである。

「ガイくんの家族は面白そうね。興味はあるけど……。でも、まずはこの本の力を見てみたほうがいいんじゃないかしら」

 ヨウサがガイの話をさえぎって、提案してきた。三人が一斉いっせいに彼女を見ると。ヨウサもいたずらに笑って三人を見る。

「この本が本当に闇の石の在り処を示しているのかどうか……試しに探してみない?」

 そのヨウサの提案にシンが顔を輝かせる。

「それは名案だべな! 先に石を見つけて保管しておけば、ペルソナは手出しできないだ!」

 それはシンジもガイも同意だったらしく、同様にうなずいてみせる。シンジも決心した表情で立ち上がり、握りこぶしを作って口を開いた。

「デュオって男も気になるし、まずは先手必勝だね!」

「またペルソナが現れるかもしれないから、しっかり準備していかなくちゃだね~!」

 ガイものん気な口調ではあるが、心なしか声が弾んでいる。そんなみんなの気持ちの高ぶりを確認したシンは、再び勢いよくこぶしを上に突き上げて叫んだ。

「そうと決まれば、急ぐだべよ!!」

「その前に、寮に戻れないなら、早めに連絡しておいたほうがいいんじゃない?」

 気合が入る三人にヨウサがポツリとつっこみを入れると、三人は顔を見合わせて苦笑いした。

 大体こういうときに連絡を入れる相手は、怒らないリサと決まっている三人であった。



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