第3話 闇の石の地図


「ぜぇ、ぜぇ……。…………っ。……何とか逃げ切れたべな!!」

「な、なんとか……」

「ふーッ!! あぶなかったぁ……!」

 全力疾走ぜんりょくしっそうしてきた三人は、男が追ってこないことを確認すると、ようやく足を止め、その場に座り込んだ。まだ息も切れ切れ、呼吸もままならない。


 シンジが足止めはしたものの、デュオに分からないところまで逃げ込もうと、三人は寮を出て、学校まで走ってきたのだ。今、三人がいる場所は校庭のすみ、背の低い木々が植えられ、そう人目にはつかない場所だ。かといって人がいないわけでもない。まだ日が高い校庭では、何人もの生徒が走り回って遊んでいる。生徒の明るい声がそこら中に響き渡っている。まさに木を隠すなら森、といったところだろうか。

 シンは呼吸が落ち着くと、そっと顔をあげ、周りをきょろきょろと見渡した。目に入るのはほとんど同年代の子ども達ばかり。デュオのような大人らしい人影は確認できない。

「……ひとまず、何とか大丈夫そうだべな」

 シンの言葉に、シンジもフタバも顔をあげる。二人とも同様にきょろきょろして、男の姿が確認できないことを悟ると、安堵あんどの表情を浮かべた。

「ふー……。これでちょっと安心かな。にしてもびっくりした~!」

 シンジがそう言って抱えていた本を、地面に置いて大きく深呼吸した。その隣でフタバもようやく呼吸が落ち着いてきたらしい。四つんばいになっていた身体を起き上がらせて、そのまま近くの木に寄りかかりると、同様に深呼吸する。

「僕もビックリだよ……。いきなりこんなことに巻き込まれるなんて……。いや、僕も調査隊の一員だから、仕方ないのか……」

「あはは、そうだね」

 フタバが疲れてがっくりしたようにつぶやくと、そのつっこみにシンジが笑う。その隣で、シンは呼吸が落ち着いたらしい。シンジが置いた本に手を伸ばしながらつぶやいた。

「に、しても……ずいぶん敵も早かっただな……。オラ達がこの本を持ち歩いてなかったら、今頃盗まれていたかもしれないだべ」

 シンが緊張した表情で本を手に取る。シンの言葉にフタバもうなずいて問う。

「しかし、あのデュオって人、一体何者なんだろう? とっさに逃げてきちゃったけど」

 そのフタバの問いに、シンジも反応して顔を上げる。

「そうだよ、この文字が読めるって事も怪しいけど、明らかにこの本を狙っていたもん。もしかして……」 

――ペルソナ――?

 ……と、口に出しそうなところで、シンが首を振った。

「オラもそう思っただべが……。ちょっと違う気がするだ。ペルソナの顔は見たことねぇだが、あの声じゃなかったべ」

「……言われてみれば確かに……」

 シンの言葉に、シンジも思い出すようにうつむいて答える。

「それに、なんかあんな性格じゃなかった気がするしなぁ……」

「性格もそうだべが……。ペルソナは今まであの姿で石を奪いにきているだべ。本気で狙うなら、オラ達の目の前でも、あの姿で現れるんでねえべか?」

 シンジの言葉に立て続けてシンが言う。それを聞いていたフタバもうなずいた。

「ペルソナってやつは、わざわざその姿を隠しているんだよね? だったら、一度会っているシン達に、仮面をつけてない姿で現れたりするかな……?」

 シンとフタバの推測に、シンジはうんうんとうなずいて同意した。

「それもそうだね、それじゃ、わざわざ正体を現しにきているようなものだしね」

 そんなシンジの言葉に続けて、フタバはあごに手をやり、難しそうに眉間みけんにしわを寄せて言葉を続けた。

「ともなると、余計にあのデュオって人が何だったのか、気になるね。超古代文字が分かるって言って、本を狙っていたわけだから……」

 フタバのその発言に、三人の間に沈黙が流れる。あの男は確かに本を狙っていた。でも、おそらくペルソナではない。では一体何のために本を狙っていた? そして何故超古代文字が読めるなんて発言をしたのだろう……? それらを考えると、答えも、言葉も出てこないのだ。

真っ先に沈黙を破ったのはシンだ。

「だぁぁぁ……。こんなことなら、多少危険でもアイツに渡して、この本の正体を聞いておけばよかっただべ!」

 シンジが考え込むその隣で、シンが頭を抱えてうなりだす。その拍子ひょうしに右手に持っていた本がするりと落ちる。それを見て、フタバがあわてて本に手を伸ばし、寸でのところでキャッチした。かろうじて受け止めることが出来て、フタバはほっとため息をつく。

「あれ、フタバ、すまねぇだな」

「シン、気をつけてよ……。この本、大事なものでしょ?」

 と、フタバが本を受け取り、何気なくそれを開くと、それはちょうど本の真ん中のページだったようだ。右と左できれいにページが分かれている。しかし、そこでフタバの動きが止まったのは、ちょうどページが真ん中だったからではない。そのぺージには、見開きで大きな魔法陣が描かれていたのだ。それに気がついたシンジが肩ごしに本をのぞき見る。

「なぁに、このページ? なんだか面白い図だね」

 二人の様子に、シンものぞき込む。シンはその魔法陣の回りに描かれている絵に釘付けになった。そこに描かれていた物は、過去にシンもシンジも見た事がある物だったのだ。

「シンジ……この周りに描かれている絵……これ、闇の石でねぇべか?」

「え、ホント!?」

 シンの言葉に、シンジがあわててその絵を凝視する。少しゆがんだ雫形しずくがたをした黒い石。その石が魔法陣の円の周りに、等間隔とうかんかくに描かれているのだ。

「……あ、ホントだ!! これ、時計に入ってたあの石と同じ形だ!! ……六つ……? 六つあるね……」

 シンジはその石の絵を指差し数えて言う。初めてみるフタバは二人の顔と本を交互に見て、興味深々に問いかける。

「これ? これが闇の石なの? なんだか表紙にはめ込まれている石とはずいぶん違うみたいだけど……?」

「あれは、闇の石の一部らしいべ。ホントの石はこういう形してるだべよ」

 フタバの問いにシンはさらりと答えると、それ以上こたえる気はないらしい。本にますます顔を近づけ、その魔法陣をじっと見つめる。フタバももっと聞きたい様子ではあったが、それよりも本が気になるのか、シンと同様じっと本をにらむ。

 シンジもずっと本をにらんでいたが、ふと思い出したように、ひとつの闇の石の絵を指差して口を開いた。

「ねぇ、これ……。この緑色の石、これが学校の時計に入っていた石じゃないかな?」

 シンジの言葉に二人はその指先の絵をにらむ。黒い雫の中心が緑色に染められたその石は、確かにシンとシンジが過去に見た石そのものだった。

「これが描かれているって事は……もしかして、闇の石は六つあるんだべか?」

 シンジの指摘にシンは腕組みして考え込むと、今度はフタバも口を挟む。

「……そういえば、僕が聞いた光の石と闇の石の伝説でも、石は六つずつあるって聞いたし……。この本は、闇の石について書かれている本なんじゃないかな?」

 フタバが目を輝かせて言うと、その言葉を聞いて双子は興奮気味に顔を輝かせる。これだけ、フタバの言っていた伝説の内容に沿っている文献ぶんけんだ。これは闇の石について詳しく書かれているものに違いない。双子は顔を見合わせて声を上げた。

「確かにそうだべな! そもそも闇の石の一部が組み込まれているくらいだべ! 闇の石について詳しく書かれている本に違いないべ!!」

「そうだよ! だからペルソナは石を集めるために、最初にこの本を狙ったんだ!……まぁ、学校の時計が一番最初に狙われたのは、ちょっと順序がおかしいけど」

 シンジが言いながら少し首をかしげると、シンが笑いながら言う。

「ま、それはアイツの気まぐれってことでいいんでねぇべか? もしかしたら、本で調べなくてもあれだけは分かっていたのかもしれないだべよ」

「う、うーん?……うん……」

 相変わらず何の根拠こんきょもないその説明に、納得いくようないかないような複雑な表情でシンジがうなずく。しかしすぐに気を取り直すと、シンジは再び二人に問いかける。

「まぁ、この本が闇の石について書かれている事は、この絵を見て分かったけど、でも肝心の闇の石の場所は、どうやって調べたらいいんだろう? ペルソナも、それを知りたくて、この本を狙っていたのかな?」

 シンジの問いに、フタバがちょっとまゆを寄せて口を開いた。

「……いや、それはおかしいよ。この本はずーっと昔に作られたものなんだろう? 超古代文明の時代に作られたものだとしたら、『今の世界』での石の在り処なんて、この本では調べようがないんじゃないかな?」

 フタバのその答えにシンジが肩を落とす。

「それもそっか~。ガイも、古代アイテムは力が強いから、今の世の中じゃ、いろいろなものに組み込まれて使われている可能性が高いって、言ってたもんね……」

 二人の会話を聞いて、シンが再び頭を抱えて声を上げる。

「だぁぁぁ……! 結局、この本が何なのかがわかっても、ペルソナの野望を止めることは出来ないだべかぁ……。今のオラ達に出来るのは、この本を守ることしかできないだべな……」

 シンの落ち込んだ声に、シンジもフタバも肩を落としてつぶやく。

「そうだね……。指をくわえて見てるしかないなんて~!!」

「はは、敵からしたら、『お前らは、おとなしく指でもくわえろ!』なんてところかな」

 その次の瞬間だった。

 突然開いていた本のページが光りだした。三人はあっと驚きの声を上げ、本を凝視した。開かれたページの魔法陣の円は、まるで透明なガラスのようだった。平面状に描かれた魔法陣の、あるはずのない底の方が光っているのだ。それはまるで、あふれ出てくる光を通す窓ガラスのように魔法陣は白く輝いていた。

 それだけではない。先ほどまで描かれていただけの闇の石が、本の中で動いたではないか! 魔法陣の周囲に描かれた闇の石は、その等間隔を守ったまま、本の中でくるくると魔法陣の外周を回り出した。

「な、な、何これ~!! すごいよ! 本が、本の中の絵が動いてる!!」

「すげーだべ!! すげーだべよ、これ!!!」

 シンジが声を上げると、シンも驚愕きょうがくの声を上げ、フタバは驚きのあまり息を飲み、その目は本に釘付けだ。

 しばらく闇の石の絵が回転すると、その魔法陣の中にひとつの絵が浮かび上がった。魔法陣の丸い円の下の方には、だだっ広い広場、円の左端の方、広場の隣に大きな白い四角い建物、中心には緑の草葉と木々が描かれている。

 しばらくその絵を見つめていた双子がぽつりとつぶやきあう。

「なんか見覚えあるような絵だね……。絵というか……これ、写真っぽいね……」

「そうだべな、なんかこの建物、オラ達の学校に似てるだべな~」

「そうだね~…………ってえええ!!??」

「これ、オラ達の学校じゃないだべか!?」

 双子はその驚きの事実に気がついた。今この魔法陣に映っている写真は、まさに今、この場所なのだ。きっと彼らの居場所を上空から見上げ、写真を撮ったらこんな感じであろう姿が、その魔法陣の中に映し出されていた。一体この魔法陣は……いや、この本にはどんな仕組みが隠されているのだろう?

 本の仕組みに目を丸くしている双子だったが、仕組みはこれだけではなかったようだ。

「みて、シン! この石の絵だけ光ってる!!」

 魔法陣の中の様子に気をとられていた双子に、フタバが本を指差して呼びかけた。見れば本に描かれている闇の石のひとつが、点滅するように光っているのだ。しかも、先ほどの絵が動いたことにより、もともとその石が描かれていた場所とは違う位置で、その絵は輝いていた。その様子を見て、双子も思わずうなる。

「……一体どういうことなんだろう……?」

「今のオラ達の場所を、どう見てもこの魔法陣は写しているだべよ。その上、石の絵が光っているなんて……」

「……もしかしたら、この本、闇の石を探すための、魔法の本なんじゃないのかな?」

 シンの言葉を代弁するように、フタバが強い目をして言った。何かを指し示すように光る闇の石の絵。そして、魔法陣の中に現れる現在位置。本に書かれている文字は全く読めないが、本の仕組みがそれだけ分かっただけでも大発見だ。

 フタバの推測に、双子も大きくうなずいた。

「そうだべ! これ、きっと、闇の石探しの地図なんだべな!」

「すっごいアイテムが手に入ったね! これをうまく使えれば、ペルソナの悪巧みも阻止できるかもしれないね!」

 その時だ。

「みーつけた~!!!!」

 三人の背後から、突然何者かが現れた。



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