第6話 魔術学校の寮生活

 その日の授業も、いつものように夕方前には終了した。今日は宿題が多いから、とヨウサはまっすぐ帰宅した。シンとシンジとガイは、三人とも学校の寮で生活しているので、寄り道せずにまっすぐ寮に帰った。去年まではシンとガイの二人だったが、今年からはシンジも入って、ますますにぎやかな寮生活になったのだ。

 宿題が多いなら、やる仲間は多い方がいい。今日は三人で宿題を片付けることにした。


「シンの部屋、ちょっときれいになったねぇ~。こないだまで何もかもがぶっちらかってたのに~!」

 シンの部屋に入るや否や、ガイが感心して言った。日当たりのいい部屋はこざっぱりとして、掃除もされているようだった。部屋の奥には二段ベットがあり、その隣の窓からは明るく日差しが差し込む。ベットの手前には新品のタンスが置かれていた。以前シンが使っていたものより二段分引き出しが増えていた。おそらくシンジがきたときに新調したのだろう。基本木目調に合わせられた家具に、ほんのりとクリーム色の掛かった壁紙。あちこちおかれているボールや鉛筆などは、二人が好きな色なのだろう。ほとんどがオレンジと青色だった。こざっぱりした空間は、今のシンとシンジにとって、とっても過ごしやすい空間なのか、部屋に入った途端とたん、二人は大きく伸びをしてほほえんだ。

 前までほこりっぽかった窓もきれいに磨かれ、光もたっぷり注いでいた。その光に照らされた机にはクッションが二つあった。ひとつはオレンジ、ひとつは青。それを見てガイが笑う。

「あ、クッション増えてる~! この青いのがシンジのだね~!」

「うん、掃除もボクがしたんだ。だってシン、昔っから掃除とか苦手なんだもの」

 ガイの発言にシンジがクスクス笑って答える。シンは少々ふてくされてつぶやく。

「これでもきれいにしている自信はあったんだべがなぁ……。そんなに汚かったべか?」

「うん、もちろん!」

 シンジはあははと笑って答える。こういう時、シンジは笑顔できついことをいうのだ。シンジは部屋のすみに積まれている予備のクッションを引っ張り出し、机の隣に置く。そして荷物をベットの物かけ部分にかけて、早速宿題を引っ張り出した。

「さ、今日の宿題やろっか!」

「やりたくないだべがなぁ~」

 シンジの呼びかけにシンはちょっとやる気なさそうに言うが、さすがに宿題をやらないままではいられない。しぶしぶノートを引っ張り出し、机において座り込む。ガイもそれに続き、シンジはそのまま部屋の右奥に向かう。パタンと戸棚の開く音がして、彼が戻ってくるとしっかり三人前のジュースを準備してきた。

「さすが、オラの弟、気が利くだべなぁ~」

 シンは言うが早いがさっさとジュースを飲み干す。

「おかわりは自分で持ってきてよ~」

 シンジがイシシと笑って答えた。性格的に言うと、シンジのほうが礼儀作法はしっかりしているようだ。


 シンジが、学校に来てからは、シンとシンジは相部屋で生活していた。もともと兄弟なのだから、ばらばらに住むのを二人とも嫌がった。そうでなくても二人とも一年も会えなかったのだから、一緒に居たかったのだろう。掃除もしない、夜もうるさい、まさにトラブルメーカーなシンの行動は、寮の管理人にとって非常に頭が痛いものだったが、シンジが着てからはずいぶん落ち着いた。シンジが着てから、シンは上機嫌であったが、おそらく、次に喜んでいるのは管理人だろう。

 ガイはもらったジュースに口をつけると、パラパラと教科書を開く。そしてあちこち眺めながらポリポリ頭をかいて、

「今回の宿題は難しそうだね~。数魔法の計算式だよ~」

 と、顔をしかめる。それをのぞき込んでシンが言う。

「ところで、昼に話していた超古代文明ってなんだべ? 教科書にも載ってないなんて興味深いだな!」

 完璧に宿題には興味がないらしい。全く予想外の質問に一瞬ガイは困惑するが、すぐに気を取り直して答える。

「あ、うん……。まぁ、教科書にも載れないくらい、あいまいってことだよ~」

「あいまいってどういうこと?」

 一足先に宿題をはじめていたシンジも、それには興味があるらしく、話に加わる。

「うーん……ボクもうまく説明できないんだけど~……。ま、カンタンに言っちゃえば、知ることができない歴史なんだよ。なんか調べようがなくて、推測ていうのかな~。あったんだろう、ていう予測みたい〜。だから正直、信じている人は少数みたいだよ~」

「なぁんだ、あんまりわからないんだね……」

「ちょっとつまらないだべ」

 ガイの発言に二人は残念そうに肩を落とす。ガイも深くため息をついてつぶやく。

「正直ボクももっと知りたいよ〜。でも教えてもらえないんだよね~。なんか『お前が知るにはまだ早い!』とか、あの生意気アニキが言いやがって……」

「アニキ!?」

「それ、初耳だべよ!!」

 ガイの発言に二人がびっくりする。

「きっと、ガイに似て目が細いんだべな」

「もしかしたら、声もこんなに甲高いのかな?」

「ガイと同じで、ちょっとバカかもしれないだべ!」

「ちょっと、二人とも~!!」

 シンとシンジの発言にガイが叫ぶ。その様子に二人はあははと笑って、ガイの話で盛り上がる。……そんなかんだで、結局宿題は進まないのであった…。


 そのまま日は暮れ夕方時――。三人は夕食のために食堂に降りてきた。

 寮は学校のすぐ隣にあり、歩いて数分程度の林に囲まれたのどかな場所であった。寮の一階が食堂や大浴場、ホール、小さな図書館があり、二階から六階にかけて、生徒達の部屋があった。白を貴重とした寮内は、掃除も行き届き、とても生活しやすい空間だ。高い天井の中心には月をつかさどった魔導ランプが輝き、天井は星空が透けて見えた。その天井の下にはたくさんのクリーム色の机が並び、夕食を食べにきた生徒達であふれていた。どこからも楽しそうな話声が聞こえてくる。その中を、時折管理人のお手伝いさんが、エプロン姿で歩き回っていた。

 三人も、その中に入って食堂の机に座る。すると、その近くを歩いていたお手伝いさんが寄ってきた。手には三人前のお盆を持っている。

「こんばんは! 今日も元気そうね」

 お手伝いさんは、にっこり笑って、三人にお盆を渡す。彼女の顔を見て、シンが勢いよく立ち上がる。

「お! リサでねぇか! お久しぶりだべ!!」

「こんばんは。シンくんてば、相変わらずね」

 そんなシンの様子を見て、リサと呼ばれたお手伝いさんはクスクス笑う。長いエメラルドがかった青い髪を後ろに束ね、大きな瞳はエメラルド色に輝いていた。小さな鼻に整った顔の輪郭りんかく、なかなかの美人である。見た目の年は十六,七くらいだろうか。

「わー、リサにあたるなんて今日はついてるかも~。ご飯がよりおいしくなるよ~」

 ガイまでも、リサを見てえへへと笑う。唯一シンジだけがぽかんとしていた。どうやらシンジは初対面のようだ。

「シン、このお手伝いさん知り合いなの?」

 シンジが首をかしげると、シンは思い出したように向き直った。

「あ、そうだべ。シンジにはまだ紹介してなかっただべな! こいつはリサ! 食堂でバイトしているここの学生なんだべ! 前はよく食堂で会ってたから、仲良くなっただべよ!」

 年上の人なのだが、シンには丁寧語も敬語も使う意識はない。シンジがうーん、とその点を心配するかたわらで、紹介されたリサは変わらずクスクス笑う。どうやら穏やかな性格の人のようだ。リサはシンジを見てほほえんだ。

「はじめまして。私リサっていいます。ここの食堂でバイトしているから、よろしくね」

「あ、はい。よろしくです。僕、シンジです。シンの双子の弟なんです」

 シンジの紹介に、リサはちょっとびっくりしたようだ。それもそのはず、あまり似ている兄弟ではないが、当の二人は気がつかない。

「弟さんだったのね……。ちょっとびっくりしちゃった。弟君がいたなんて初耳ね」

 そんな会話をちょっとして、リサが、三人に注文をとる。

「さ、みんな。今日はなにを食べるの?」

「黄金スープ!!」 

 夕食はある程度自由に選べるのだが、三人のお気に入りは、食堂のおばちゃん特製の「黄金スープ」だった。黄色でとろとろの甘いスープは、昔から伝わる野菜で作ったスープだそうで、味も濃厚。三人は必ず夕食にそれを注文しているのだった。

 注文すると、お盆の中心に描かれている魔法陣が光りだして、そこからまず皿が現れてきた。すると今度はスープがなみなみと注がれる。ここの料理は基本的に魔法のお盆と、調理室がつながっているのだ。注文するとそこから料理がワープしてくる。もっとも、残念ながら品切れしているときには現れないので、無限ではない。

 そのままいくつか注文をすると、最後にリサが微調整を加える。

「シンくんはちょっと栄養がかたよっちゃうかな。サラダ追加!」

 リサが注文すると、シンのお盆にサラダが追加される。こうやって、生徒の健康管理をするのも、リサたちお手伝いのお仕事だ。

「え~、リサ、オラ草なんか食わないだよ」

 出てきたサラダに、シンがぶすっとして言うと、それを見てリサが笑う。

「でも、これにこのドレッシングならおいしいはずよ」

 と指を鳴らすと、白いドレッシングがくるくるとサラダにかかる。

「これ、なんだべ?」

「食べてみたら?」

 リサが笑顔で返すので、シンがおそるおそる口にすると……。

「お! 甘くておいしいだ!」

 思わずシンジとガイも身を乗り出してシンのサラダをつまむ。

「ホントだ~! おいしい!!」

「ボクもほしい~!!」

「はいはい、食べ過ぎに注意よ」

 と言って、リサはシンジとガイにもサラダを追加する。リサがシンたち以外にも低学年層に人気なのは、その器用のよさだけでなく、食べさせ上手も影響しているのだろう。

 リサは三人に手を振って、次のテーブルに向かった。

「リサさんて美人だね。シンがそんな人と仲良しなんてちょっと意外……」

 シンジがシンを見て言うと、シンはがつがつと食べながら、不思議そうに返す。

「え、なんで意外だべ? オラにだって、年上の知り合いはいるだべよ~」

「なんか言葉使い悪いから、あまり友達できないんじゃないかって、紫苑山シオンザンではみんなで心配してたからさ」

 そのシンジの発言に、シンは勢いよく口の中の物をふき出した。その勢いで、シンの前に座っていたガイはそれにまみれる。

「うわっ! シンひどいよ~!! 汚いじゃないか~!!」

「シンジ、それはどーゆー意味だべ!?」

「相変わらず元気だね」

 そんな三人の様子を見て、突然一人男の子が声をかけてきた。



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