第2話 新入生

 ヨウサと彼はすぐ仲良くなった。少年は名をシンジといった。ヨウサは内心、シンと似た名前、と思ったが口には出さなかった。あまりにも二人が似つかないからだ。

 シンに対するヨウサのイメージは、いつもぎゃあぎゃあにぎやかで、言ってはなんだけれど田舎者丸出しだ。一緒にいて楽しいことには楽しいのだが、ちょっと男の子としてはなぁ、というものであった。

 その一方でシンジはさわやかな男の子で、ヨウサにとっては好印象だった。色白な肌にサラサラの青い髪、大きくてきれいなサファイアのような瞳。口調もやさしく、しゃべり方もきれいだった。そんな男の子との初対面で、ほかの男の子の名を出すのはちょっと抵抗があった。乙女心、というものである。

「でも、ホントごめんね! まさか人がすぐ下にいると思わなくて……」

 シンジがヨウサの方を向いて再び謝った。彼が動くたび、青いサラサラの髪がなびく。

「ううん! 私こそごめんなさい! 飛行船の中なんて、全然気にしてなかったから……」

 ヨウサもぶんぶんと首を振って逆に謝る。それを見てシンジが笑う。

「でもよかった! 着たばっかりでちょっと不安だったんだ。さっそく友達になれそうな人が見つかってよかった」

 重そうな荷物をよいしょ、と持ち直しシンジはまた嬉しそうに笑った。ヨウサは彼の発言にご機嫌だ。性格も明るくて人懐っこいな、すぐ仲良くなれそうだ、と思った。

「ところでシンジくんって、年いくつなの?」

 興味津々にヨウサが尋ねる。「今年で十歳」とシンジが答える。

「じゃあ、私たち同い年なのね! 私も今九歳で今年に十歳になるの」

 ヨウサの回答に、シンジが顔を輝かせた。

「本当? うわぁ、すっごい偶然! じゃあ、クラスも一緒かな?」

「どうかなぁ、クラスは校長先生が決めるから……。どういうクラスになるかは運任せよ」

 ちょっとヨウサも考え込んだ。せっかくすてきな人と出会えたから、できれば同じクラスがいい。だが、魔術学校の規則は不可解だ。去年は校長がカードでクラス分けを行った。その前はくじ引きだったらしい。クラス別けだけではない。テストも、先生によってバラバラだ。普通のペーパーテストもあれば、魔鉱石を使ったメンコ対決や、魔物との実戦で成績が決まった授業もある。もっとも、魔物は弱い種類で、危険はなかったけれど。

 そんな魔術学校の規則や、去年の学校の様子をヨウサはシンジに話して聞かせた。シンジは興味深そうにうんうんとうなずいて聞いていた。目はきらきらして、もう楽しみでしょうがない、といった感じだ。去年は私もそうだったのかな、とヨウサは懐かしく思った。

 一通りヨウサが話し終えるころ、入学式が行われる講道館についた。講道館はそれだけで巨大なステージ会場のようだった。円形の講道館の外見は巨大な半球だ。中に入ると、天井が透けて空が見え、丸い天井に魔法で浮かんでいるのだろう、小さな太陽が中を照らしていた。五階にもわたる席があり、クリーム色の椅子が魔法太陽に照らされていた。その椅子にはすでに入場している生徒たちが所々座っていた。続々と生徒が集まっているから、まもなく講道館は満席になるだろう。

 シンジは入学案内の資料を取り出した。見た目は紺色のかっこいいカードだが、その中心の白い丸の部分を触ると、カードから青白い映像が浮かびあがった。魔術学校の身分証明書、そして入学案内の伝言カードだ。映像は長方形型に伸び、その中には入学に当たってのお知らせや注意事項が書かれていた。シンジがそれを丁寧に下まで眺めていくと、文章の下に席番号が書かれていた。それを見てうんうんとうなずいてシンジが顔を上げた。

「うん、席もわかったし、もう大丈夫! ヨウサちゃん、案内ありがとう!」

「どういたしまして」

とヨウサ。新入生は基本一階の席で先輩生徒は二階から上の席に座る。一時お別れになってしまうのかと思うと少し寂しかった。クラスも一緒になるとは限らないのだから。

 ヨウサがそう思って黙っていると、ふとシンジが思い出したように尋ねた。

「そういえばさ、ヨウサちゃんって何しに飛行船の所に行っていたの?」

 その質問を聞くまで、ヨウサは当の目的を忘れていた。そうだ、シンの弟をシンより先に見つけてやろうと向かったはずではないか。突然の出来事のせいで、完璧に頭から抜け落ちていた。しかもシンジにぶつかる直前に、それっぽい男の子を見つけていたではないか。今頃、シンが弟と一緒に自分を探しているのではないだろうか?

「……そうだ、すっかり忘れてた」

「え、僕と話していて、迎えに行く人忘れてたの?」

 シンジがヨウサのその反応を見て、ちょっと面白そうに顔をのぞき込んだ。ヨウサは顔を赤らめて「うん」と答えた。シンジは声を上げて笑うが、ヨウサは内心むっとした。

「あははは、かわいい、ヨウサちゃん! 僕と話してて、肝心の人忘れていたんだね」

 シンジはまだ笑う。ヨウサは「かわいい」と言われて、思わずドキドキしてしまった。かっこいい人にかわいい、と言われたらときめいてしまうのが女の子だ。でも、素直になれないのも乙女心である。

「仕方ないじゃない! シンジくんに悪いなと思って、案内しようと思ったんだもん!」

 ヨウサが怒ったように言うと、シンジは笑いをこらえながらうなずいた。

「そうだね、僕、おかげで助かったし。ヨウサちゃん優しいね」

 そのシンジの言葉に、またもヨウサはドキドキしてしまう。

「わかった! お礼に僕も一緒にヨウサちゃんの探している人、探してあげる!」

と、シンジは勢いよく駆け出した。ヨウサがびっくりしている間にシンジは自分の席であろう場所に荷物をおき、またもヨウサの所に戻ってきた。

「え、いいの?」

「いいよ! 僕も実は人探さないといけないから」

あっけにとられるヨウサの手を引き、シンジは来た道を戻りだした。


「ところでヨウサちゃんは、誰探してたの?」

 道を引き返しながらシンジはヨウサに尋ねた。ヨウサは少し考えて答えた。

「私が探していたわけじゃないんだけど……。友達の兄弟が入学するって聞いて、それでその友達を待ってたんだ」

「で、そこで僕がヨウサちゃんにぶつかっちゃったんだね!」

「そう」

 二人はクスクスと小さく笑った。今日初めて会ったとは思えない打ち解けようだ。

「じゃあ、飛行船の所まで戻ったほうがいいかな?」

 シンジがひとり言のように尋ねると、ヨウサもうなずいた。二人は講道館を出て短く生えた芝生の上を歩き、校庭にでた。校庭の中心の小山が、もともと飛行船の降り立った場所だ。今となっては飛行船もなく、ぱらぱらと人の影が見える程度だ。

「だいぶ人いなくなったね」

 小山を見ながらシンジが言う。飛行船で到着した生徒の多くが、目的の人を見つけ、それぞれの場所に去ったのだろう。

「そうね、これなら探している人、見つけやすいかもね」

 ヨウサはシンジの方を向き、明るく言った。嬉しそうにうなずくシンジを見て、ヨウサはふと疑問に思った。そうだ、シンジは誰を待っていたのだろう? シンジを待つ人、と言うことは友達か師となる先生、もしくは家族のはずだ。

「ねぇ、シンジくん」

「なぁに?」

 シンジは小山から目を離し、彼女のほうを向いた。

「シンジくんって、誰を待っていたの?」

 ヨウサの問いに、シンジははっとしたように言った。

「あ、ヨウサちゃんに言ってなかったね! 話ばかり聞いて言うのを忘れてた」

 またもシンジはあははと笑う。

「僕の兄弟を待ってたの。僕より先にこの学校に入学してたんだ」

 シンジの話を聞いて、ヨウサは一瞬はっとした。もしかして、シンの言っていた弟ってシンジくんなのでは……?

 だが、その考えは一瞬で消えた。シンは弟、と言っていたから、同い年であるはずがない。しかも、シンジ自身は自分と同い年、と言っていたではないか。ということは、シンジの兄弟は自分より年上のはずである。それに、とヨウサは思った。大体シンジとシンはあまりにも似つかない。シンは赤髪でボサボサ頭でなまりもひどい。一方でシンジは青髪でサラサラ、話し方もきれい。二人の共通点があるとしたら、背丈くらいだ。そして何よりシンジくんの方がかっこいい、とヨウサは思った。これが欲目というものであろうが、当の本人は気付くはずもない。

「……どうしたの?」

 急に黙ってしまったヨウサに、シンジは様子がおかしいと思ったのか、顔をのぞき込むように尋ねた。ヨウサはあわてて首を振る。

「あ、ごめんなさい! ちょっと考え事しちゃって」

 自分の今の行動でシンジに心配をかけてしまったと気付き、ヨウサはえへへと笑って見せた。急に考えこまれたら、誰だって困るに決まっている。

「考え事? いきなり? ……ふふっ、ヨウサちゃんて面白い」

 シンジはヨウサの返事にクスクス笑った。ホントにシンジはよく笑う。ああ、そうだ。シンとの共通点はもうひとつあった。よく笑うところは、シンジも一緒なのだ。

 ヨウサはぶんぶんと首を振り、今の考えを振り払った。また考え事していてはシンジに笑われる。違うことを考えよう。

「そうだ、シンジくんの兄弟ってどんな人なの? やっぱり似てるの?」

ヨウサは、笑いの治まらないシンジに尋ねた。シンジは笑顔でうなずいた。

「やっぱり似てるかなぁ。性格とか、やっぱり兄弟だなって思うよ」

「顔とかも似てる?」

 ヨウサは身を乗り出して尋ねる。お兄さん、もしくはお姉さんもきれいな人なのだろうか。今度のシンジはうーんとうなって答えた。

「似てる……かなぁ? あんまり似てないって言われるけど……。でも僕らは似てると思ってる」

 シンジはえへへ、と笑った。

「どちらにしても会うの久しぶりだから楽しみなんだ。変わってないといいなぁ」

 ヨウサはそんなシンジを見てほほえんだ。

「早く探さないとだわね! 私も早くシンくんを…」

と、言いかけてヨウサの目は小山の上に釘付けになった。あの目立つ赤髪の人影に緑のバンダナの子。あれは――

「いた! シンくん達発見!」

「え、シンって……」

 何か言いかけたシンジの声は、勢いよく小山のてっぺんに向かって走り出したヨウサには届かなかった。シンジもヨウサの後を追って走り出した。




「やばい! いない! いないだ!! いないだぁ~!!」

 よく晴れた青空の下、シンが大声で騒いでいた。その隣でガイがケラケラ笑う。

「仕方ないじゃない~。シンが八百屋のおっちゃんの店をごちゃごちゃにするからだよ~」

 あはははと笑うガイを、恨めしそうにシンがにらむ。

 二人は飛行船の降り立った校庭の小山にいた。ほとんどの生徒がはけ、静かに風が吹いて、とてものどかな雰囲気である。そんな中、二人の少年がまぬけに立ち尽くしていた。

 もうほとんど人のいない小山を見渡して、シンはため息をついた。

「はぁ……いないだべな……。今頃迷子になっているんでねーべか……」

 心配そうにつぶやくシンに、ガイが尋ねる。

「そーいやさぁ、ボクもまだ弟くんって一回も見てないんだよねぇ。どんな子なの~?」

 その問いにシンは顔を輝かせて、勢いよく振り向いた。

「そりゃもちろん、オラに似て男前な弟だべ! 足が長くてたくましくて顔も美形……」

「そりゃかわいそうな顔に生まれちゃったねぇ〜、弟さん」

 全部を言い終わらないうちに、勢いよくシンのパンチがガイに飛ぶ。

「失礼いうでねーだ! このオラに似たら、男前にきまってるでねーか!」

 ガイの発言にプンプンするシンを尻目に、ガイがパンチの当たった左ほほをさすりさすり続ける。

「シンには自分がそう見えるんだから、おそろっしい~。シンみたいなのが増えるのかと思うと、ボクは気が重いよぉ」

「おめーに言われたくないだ!!」

 即座そくざにシンのつっこみが飛ぶ。まぬけな顔に似合わず、ガイはなかなかな毒舌家どくぜつかだ。さらりと悪びれた様子もなく毒を吐く。それが頻繁ひんぱんにシンとヨウサにつっこまれる要因になっているのだが。

「でも早く見つけてやらねーと、かわいそうだべ……。オラも会うのは一年ぶりだべ~」

 シンが懐かしむように空を見上げてつぶやいた。シンは弟より一年先に魔術学校に入学した。本当は同時に入学する予定だったのだが、弟の修行だけ、一年長引いてしまったのだ。

 自分はこの一年、魔術学校で楽しく勉強していたが、弟はどうだったのだろうか? そんなことを考えながらシンは空を見上げていた。それを見てガイが再びつっこむ。

「シンってばまた、まぬけに空見上げちゃって…。」

「誰がまぬけだべ!!」

「あ! ヨウサちゃんだ!!」

 シンの逆つっこみを無視して、唐突とうとつにガイが叫んだ。その言葉にシンが一瞬固まる。

 そうだ、今日、シンは弟をヨウサに紹介すると約束していたのだ。ところがどうだ。弟を見つけるどころか、弟との約束の時間に遅れるわ、弟は行方知れずだわ、その上、ヨウサとの約束時間にも間に合っていないではないか。シンは青ざめた。

「やばい、再びやばすぎるだ! 弟を見つけられないばかりか、ヨウサとの待ち合わせにも遅れてるだ! ……これは……怒られるだ……!怒られるだ!!」

 シンとガイにとって、ヨウサを怒らせるのが一番怖いのだ。怒らせるととにかく八つ当たりされるので、二人ともそれを一番恐れていた。普通の女の子なら大して怖くはないのだが、何しろヨウサは普通の女の子ではない。シンはガイの指差す方向を見て、その反対の方向に駆け出そうとした。

「どしたの、シン?」

 そんなシンの行動を見て、ガイはきょとんとして尋ねる。シンは逃げ出そうとする足を止め、勢いよく振り返りガイに答えた。

「ヨウサとの約束の時間に遅れているだよ!? 絶対怒られるに決まってるだ!! に、逃げるだべよ!!」

「逃げるってどこに? もうヨウサちゃん来てるよ?」

「なーにがあったの?」

 そんな二人のやり取りの間にひょいとヨウサが顔をだした。突然の登場にシンが飛び上がる。

「よ、ヨウサ……もう来てただか……」

 おどおどと答えるシンに、ヨウサは息が上がった声で答える。

「もう……? あ、ごめん。ちょっと私もいろいろあって……ちょっとくるのが遅れた……かな?」

「……へ? あ、いや、その、オラも、いろいろあって……うん?」

 怒られる、と覚悟していたシンにとって、ヨウサが逆に謝ってきたことは予想外だった。大きい瞳をぱちくりさせて、カタコトな返事をする。それを見てガイがあきれ顔でつっこむ。

「シンてば、言葉おかしいよ?」

「うるせーだ! オラもびっくりしただべよ!」

そんなやり取りをしていたときだ。唐突にあっと叫び声が響いた。

「シン!! シンじゃない!!」

 その声に三人が振り向くと、今小山を上がってきたばかりの少年が立っていた。ヨウサと一緒にやってきたシンジだった。青い瞳をまん丸にして、驚きと喜びの混じった顔でシンを見ていた。今度はシンが声を上げる番だった。

「シンジ!! 無事だったべか!!」

 二人は同時に駆け寄って抱き合った。あははと二人とも大声で笑いあう。

「え? ええ??」

 喜びはしゃぐシンとシンジの二人の様子に、ヨウサとガイが困惑こんわくの表情を浮かべる。

「え、てことはシン、もしかして君の弟って〜……」

と、ガイがシンジを指差して恐る恐る尋ねる。

「ちょ、ちょっと待って……。もしかして、シンくんの弟って……」

 今度はヨウサがおどおどと指差すと、シンは二人に、にかっと笑って見せた。

「そうだべ! こいつがオラの双子の弟、シンジだべ!!」

「似てなーーいッ!!!!」

 即座そくざにガイとヨウサのつっこみが響いた。


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