№265
――研さんには娘が一人いるそうだ。
よく夜泣きをする子でした。当時夫は激務で、でも新婚でお金がなく狭い社宅に住んでいたため、娘が泣き止まないときは外に連れて行きます。私はドライブが好きで、よくチャイルドシートを助手席に付けてグルグルと近所を走っていました。
その夜もぐずる娘を助手席に乗せて見知った街を走っていました。交通量も少ないので後続車がいない限り比較的のんびり運転していました。
娘も落ち着いてきたのでそろそろ帰ろうとしたとき、ふいに足首が捕まれました。見ると白い影が巻き付いているんです。そのまま引っ張られ、アクセルを押し、速度が上がっていきます。私は必死にハンドルを握り、影を振りほどいてブレーキを踏もうとしました。でも両足とも動かないんです。
寝始めていたと思った娘は起き、スピード感を面白がっているように笑い始めました。
120キロを超えたあたりで、ようやくサイドブレーキを思い出し手を伸ばして思いっきり引きました。車は減速しましたが、ハンドルから片手を外してしまったため、車体が揺れ、車は車線を離れ街路樹に突っ込みました。エアバッグが爆発するように膨らみ、助手席から「ギャッ」という悲鳴が聞こえ、私は気を失いました。
体に激痛が走り目を覚ましました。私は担架に乗せられ救急車に入るところでした。色々救急隊員の方に聞かれました。答えているうちに隣にいた娘が見当たらないことに気付き、血の気が引きました。突然「娘が! 娘が!」と叫び始めた私に救急隊員の方は驚いていました。
結論から言うと、娘は車の中にいませんでした。それどころか一緒にドライブにも行ってません。家で夫と寝ていました。そもそも娘はもう小学2年生で夜泣きなんてする年じゃないんです。
夫曰く、たまに夜に出歩いているのは気付いていたそうです。でも月に1回程度だし、それも1時間ほどだから気にしていなかったと言っていました。
私はそれまで普通に夫と娘と暮らしていたんですけど、何故か「夜泣きが始まったから娘を外に連れ出そう」って思い込んでたんです。無理矢理、疲れやストレスからの幻聴とか理由は付けられるんでしょうか。
でも夜泣きは聞こえたし、足に絡みつく白い影は見えたし、足に感触は残ってるし、その時娘の笑い声は聞こえたし。
何にしろ、死ぬほど怖い思いをしたのは確かです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます