№240

 大学の時、病的に潔癖な同級生がいました。何をするにもまず手の消毒をするんです。今なら当たり前ですが、10年ほど前は除菌スプレーや除菌シートを常に持ち歩いていた彼女は、だいぶ異様でした。

 大学って比較的変な人に対して寛容なんですよね。彼女の潔癖さに驚きながらも、あからさまに距離を置くような人はいませんでした。

 彼女は私と同じグループになりました。10人くらいの男女のグループなんですが、皆でイベントしたり、旅行したり、もちろん勉強したり、楽しく過ごしていました。

 ちょっと無神経な子が彼女に「なんでそんなに潔癖なの?」と聞いたことがあります。ちょっと場の空気がヒヤッとしたんですが、彼女の方は嫌な顔をすることもなく「キレイにしておかないと、手がおかしくなるのよね」と答えていました。そのときはアレルギーか何かだと思っていました。

 夏休みに皆で旅行に行ったんです。車3台に分かれ、私は彼女と同じ車でした。SAで休憩していたら、他の2台が先に出発しちゃったんです。私たちは「変ないたずら心出したな」とあきれながらもすぐに後を追いました。

 私は後部座席で何度か他の車に乗っている子に連絡しましたが、無視しているのか返事が来ません。一般道に降りても待っているわけでもなく、訳も分からず無言で目的地に向かいました。

 すると私の隣でずっと静かだった彼女が、せっせと手を除菌シートで拭き始めたんです。いつものことなんで気にしていなかったんですが、本当にずっと拭いているんで気になって見ると、彼女は青い顔でまるで雑巾で汚れを取るくらいの勢いで手の甲をこすっていました。息も荒く、目も据わっていて、これはまずいと思いました。すぐに運転手に伝え、停めてもらおうとしました。ですが当の彼女は

「停めないで!」

 と叫ぶんです。運転手は困惑していましたが、どちらにしろ停車できる場所がなく、走り続けていました。その間も彼女の様子はどんどんおかしくなりました。除菌シートがなくなると除菌スプレーを手にぶっかけ、

「なんで? なんで?」

 とブツブツ呟くんです。私が彼女に触れようとすると

「やめろ!」

 と怒鳴ってきまいた。とにかくこのまま病院に運ぼうと助手席の子が言い、地図で調べ始めたんですが、土地勘がないため自分たちが今どこにいるのかすら分からなくなっていました。

 それでも運転手は無理矢理民家の前に車を停め

「救急車呼んでもらう!」

 と出て行こうとしました。しかしそのとき私たちは皆見たんです。彼女の手がゴツゴツした男の手になって、彼女の首を絞めているんです。手首から上が、別の生き物みたいに。彼女は両足をバタバタさせて暴れていました。

 私はその手を掴み引き離そうとしましたが、がっしりと首に食い込んだ指を外すことは出来ませんでした。彼女はカッと目を見開いて死んでしまいました。

 彼女の親は持病の発作がどうのと言っていましたが、多分嘘です。多分、手をキレイにしてないと「こういうことになる」と知ってたんだと思います。なんであの時その対処が効かなかったのか分かりませんが。

――ちなみに根野さんたちはいつの間にか目的地と全く違う方向に向かっていて、誰もそれに気付いていなかったそうだ。

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