№229
兄が死んだのが1年前です。私たちは両親を亡くしていて、お互いが唯一の肉親でした。久しぶりに連絡があった時にはすで病気が進行していました。兄は我慢強いので「疲れているだけだと思っていた」そうです。
二人とも独身だったので、一緒に住んでいればこんなことにならなかったのに。そう考えると、兄が借りていたマンションも兄の荷物も手放すことができず、そのままにしていました。休日のたびに行っては、部屋の真ん中でぼーっとしていました。
1ヶ月くらい通っていたら、奇妙なことが起こり始めました。例えばテーブルに入れた記憶の無いコーヒーが湯気を上げていたり、箪笥に入れていた服がベランダで干してあったり、物の位置が変わっていたり。気のせいかと思っていましたが、徐々に人の気配を感じるようになりました。
兄がまだいる。
幽霊とか真剣に考えたことがなかった私でもそんな気がしてきて、思わずSNSに書き込んでしまいました。それに反応したのが兄の元カノです。是非兄の部屋に住みたいと言い出したんです。私は別れた理由を聞いてなかったのですが、何か事情があったのだろうと思って兄に問いただすことはありませんでした。元カノと話し、真剣に見えたので兄の部屋を解約し、部屋の中はそのままで契約だけ元カノに変わりました。もちろん兄の私物は持ち運びましたが、家具はほとんどそのままです。元カノもそれを希望していました。
私はこのことで、なんとなく吹っ切れたといいますか、ようやく兄から独立でき、兄の死を受け入れることができた気がします。
元カノの方は最初こそ楽しそうに怪異の報告をしてくれるようになりましたが、1ヶ月もしないうちに連絡が来なくなりました。さすがに落ち着いたんだろうと思っていましたが、共通の知り合いから元カノが病んできていると連絡がありました。その知り合いは霊感が強い女性で、よくそういう相談に乗っていました。
元カノは知り合いに「幽霊の彼氏と喧嘩したから仲を取り持ってほしい」と助けを求めてきたそうです。あの部屋で起こる怪異が、凶暴になっていき元カノにはどうしたら良いのか分からなくなったと。
「でもね、あそこにあなたのお兄さんはいなかったわ」
知り合いは肩をすくめました。
「あなたがいたときはお兄さんもいたかもしれないけど、今では成仏してるよ」
知り合いが言うには、若くして亡くなったら未練もあってこの世に残ろうとする人は多いけど、結局私のような身内が悼んだり、悲しみから立ち直ると、諦めが付くのか未練が無くなるのか、いつの間にか成仏してしまっているそうです。
「たぶん今あの部屋で一緒に住んでるのは別の男の霊よ」
でも元カノに話していないと笑って言いました。
元カノ、浮気して兄を振ったらしいです。兄の周りでも知っている人は少なかったみたいですが。兄はそれでも元カノが好きだったから悪口を言いふらすようなことはしなかったみたいです。
――――最近になってまた毛井さんに元カノから着信があったが、ノイズばかりでほとんど聞き取れず、切れてしまいそれ以来電話はつながらないそうだ。
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