№220
――足尾さんは男性の腕時計をテーブルに置いた。ガラスにひびが入っていて、針は止まっていた。
死んだ夫の物です。夫は3年前に交通事故で他界しました。夫は初任給で買ったこの腕時計を大切にしていて、事故当時もこの時計をしていました。この時計はすぐ手に取れるところに置いていました。
事故後、1ヶ月くらいして夫の両親が訪ねてきました。二人は私に夫の残したお金のことを聞いてきて、いくら仕送りできるかとギラギラした目で聞いてきました。どちらも夫の遺影を見ようともしません。どうやって追い出そうと思案していると、二人がふと黙りました。見ると口をぽかんと開いたまま固まっていました。
まるで映像の一時停止のようでした。二人の前に手のひらをかざしてみましたが、瞬き一つしません。戸惑っているとテーブルの横に人影が現れました。夫でした。夫は悲しそうな顔で自分の両親を見、そして私を見ました。黙って指差した先、位牌の横に、この腕時計がありました。
時計は動いていました。振り返ると夫が両親の体に両手を突っ込んでいました。二人の体は水のように夫の手を受け入れていました。
しばらくして夫は消えました。それと同時に時計は止まり、二人は動き出しました。目の前に座っていたはずの私がいないので驚いていましたが、二人とも話の途中にかかわらず「ちょっと体調が」と帰って行きました。そして二度と来ませんでした。
それ以降、この時計が動き出すと、時間が止まり、夫の幽霊が見えます。私が捜し物をしていると、場所を教えてくれたり、私が泣いていると傍にいてくれたり。
今年度から仕事の異動で新しい上司に就くことになりました。とてもいい人で、気も合ったのでプライベートでも連絡取るようになりました。すると先日、職場に夫が現れました。夫の時計は今は常に持ち歩いています。時計を見ると動いていました。部署の人は止まっていました。夫は上司に近づき、両親にしたように体に手を突っ込みました。時間が戻り、夫が消えると上司は急に体調不良を訴え、早退し、それ以降音信不通になりそのまま退職となりました。連絡も取れません。
――そのとき、テーブルの上の時計が動き出した。それと同時に出現した男が私に手を伸ばしてきたのでその手首をつかんだら、男は目を見開いて驚愕していた。その間に足尾さんは時計を、部屋にあった電気ポットに突っ込んで再沸騰させた。男は私と足尾さんを交互に見ながら消えていった。
――掛け時計の秒針が動き出す。
夫が見えたんですか?
――足尾さんの質問に私が黙っていると、何度も頭を下げて、謝礼も受け取らず帰って行った。ポットの中には壊れた腕時計が沈んでいた。
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