№216
まだ学生だったとき、仲の良い友達と4人でバンドを組んでいました。そうですね、ドラムは女友達なのでA子、ギターとベースは男友達だったのでそれぞれB男とC男とでもしておきましょうか。私はボーカルでした。
最初は好きなバンドのまねごとをするのが楽しかった。でもB男とC男はだんだんとプロを目指すようになってきました。私とA子はそこまでは考えていなかったんですが、A子は密かにB男と付き合っていたらしくて、ある日、A子に打ち明けられました。B男が上を目指すなら付いていきたいと。
3対1でした。私はそこで「じゃあ辞める」というほど音楽に対して冷めてはいません。それに私の声が良いと言ってもらって、突き放せるような間柄でもなかった。私たちは4人全員で音楽の道を進むことにしたんです。
当時テープに録音してコンクールや事務所に送っていました。ある日、これは、という演奏が出来たので聞き直しました。中盤あたり、音に被さるように誰かの吐息のような物が入ったんです。ボソボソっと何か言っているようにも聞こえました。雑音が入っているテープは使えません。また録り直そうと思ったとき、A子が私の腕をつかみました。その表情は見たことがないくらい険しく、鋭く私をにらんでいました。
「あんた声だよね。わざと入れたの?!」
A子が何を言っているのかわかりませんでした。でもB男もC男もモジモジして何か言いたげだったので聞き出すと、二人も私の声に聞こえたと。
でもテープを録ったとき、私は歌っていました。テープに上書きしたとしても、その部分の音は消えて、重なっては聞こえないんですよ。もしかしたらそういう方法もあったのかもしれませんが、少なくとも私たちが使っていた機械では無理でした。
そう言い返しましたが、A子は私が何かやったと思い込んでいるようでした。その場で口喧嘩になって知ったんですが、3人と私の音楽に対する温度差にA子はずっと引っかかっていたそうです。そして雑音のことがあって、私がデビューの邪魔をしていると確信したようでした。
結局その日出来た亀裂は修復できず、私だけ辞める結果となりました。バンド自体もその後新しいボーカルを迎えるも、理由はわかりませんがデビューせず解散となりました。A子とB男もいつの間にか分かれていました。
最近になってC男と久しぶりに会い、A子が病死したと知りました。
「もう、会えないんだね、A子」
涙をこらえながら、私が呟くとC男はぎょっとした顔で私を見つめました。
「それ、テープに入ってた台詞だ」
C男曰く、彼にだけあの雑音が何を言っているか聞こえたそうです。
「A子やB男、他の人にも聞かせたんだけどそこまではわからないって言われてて」
C男の様子から、嘘ではないと思います。ただ私はテープを聞き返す勇気はありません。まあ、機会があったらご自分で聞いてみてください。差し上げます。
――矢島さんはテープを一枚置いていったが、私はカセットデッキを持ち合わせていないのでいまだに聞けないでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます