№189


――研さんは小さい頃から両親にいつも容姿のダメ出しされていたそうだ。

 「ブス」から始まり「可愛い服が似合わない」「笑顔がいやらしい」など。私は自分に自信がなくて下を向いて生活していました。

 それが少しずつ変わっていったのは高校の時に出来た友達のおかげです。暗い顔をしている私と友達になってくれる人が数人でしたがいてくれました。もちろん私を気味悪がって近づいてこない人もいましたが、友達がいると言うだけで毎日学校に行くのが楽しみでした。

 でも高校3年になって数少ない友人たちとは進路のことで意見が分かれました。私は「ブスなんだから働いて家に金を入れろ」と言われていました。そんなことは友達や先生に言えないので「あなたくらいの成績なら進学すべき」という言葉をのらりくらりとかわしていました。そんな私に友達はいらついていたのだと思います。

 その日は特に友達の一人が「何で自分の意見を言わないの。何も言わないなんて卑怯」と言ってきて、すごく落ち込んでいました。言われた内容もですが、それに対して何も言い返す言葉がなかった自分にショックでした。

 一人でとぼとぼと下校していたら、野良猫を見つけました。よく見る人なつっこい猫です。私がよしよしとなでると、猫は気持ちよさそうに横になりました。それでちょっとだけ私の気持ちが軽くなりました。

 でも次の瞬間私と猫の上に黒い影がおりました。猫は聞いたことのない「ぎゃー」って感じの声を上げて逃げ出しました。振り返ると何も居ません。真っ黒だったんです。ただの影だけが私に覆い被さっていました。黒ずくめの人間とかじゃないんです。黒い塊というか、影そのもの。

 影は私に触れました。そして「よしよし、かわいーね」と影から声が出てきたんです。私は怖くて動けないでいました。でもずっと甘い声で「かわいいね、かしこいね」と頭をなでられていると、意識がぼーっとしてきて恐怖心がなくなって違和感もなくなってきて・・・・・・。

 私が完全に意識を手放す直前、パーンと大きな音がその空気をかき消しました。そして煙のように影がなくなりました。影がなくなると暮れた空と、学校で分かれたはずの友達がいました。友達は愕然とした顔で私を見て名前を呼んできました。私が返事をすると泣き出し、抱きしめてくれました。彼女は私が異様な影に包まれているのを見て柏手を打ったそうです。どうしてそうしたのかは彼女自身も分かってないようでした。

 その後、彼女に促され、皆に両親のことや進路のことを話しました。そして家を出、進学し、今は未熟ながらも社会人として働いています。あの頃の友達は今でも連絡を取っていて、とても幸せです。でも影に飲まれていたら、私はどうなっていたんでしょう。

 不思議なんですけどあのときはすごく心地よかったんですよ。そして今なら分かるんです。きっとあの心地よさは、毒だったんだろうなって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る