№146

――久野さんは自信なさげに話し始めた。

怪談・・・・・・なんですかね。奇妙なものといえば軽いし、超常現象というには小規模すぎるし。僕が見たのは停止している自転車です。もちろん駐輪所とかではないですよ。山道の緩いカーブの坂の途中で、人が乗ったまま走っている途中で、まさに時間を停止したようにそこにあったんです。僕は昆虫採集していてちょっと道からそれた雑木林に入っていたんですが、ふと、その車道に出たらそんな状態の人がいたんです。自転車に乗ったまままっすぐ前を見て止まっている中年のおじさんです。悪ふざけかと思いました。「何してるんですか?」と聞いても反応しません。相手は自転車ですし、何かバランスを取る方法があるんだろうとタイヤやすぐ下の地面も確認しましたが仕掛けのようなものは見つからず。そこで僕は初めてその人に触れました。と言っても肩をぽんとたたいただけです。その瞬間自転車はぐらりと揺れて重力を思い出したように坂を下り始めました。ただバランスを崩したようで危なっかしかったんですが、すぐ10メートル先でおじさんは足でブレーキを掛け、振り返って僕に「あぶねえだろ!」と怒鳴り、また走って行ってしまいました。その日は「変な人を見た」と嫌な気分でした。でもまた後日、今度は軽自動車が同じ場所に止まっていたんです。一見路上駐車でしたが、車の中を覗いてみると運転しているおばさんはハンドルを持ってアクセルを踏んだまま止まっているんです。自転車の時みたいにいきなり動き出したら危ないので離れていたら、数分して車は何もなかったように動き出しました。まあ、怖くはないですよね。怪談じゃないですかね、こういうの。ただね、その道、カーブが急なわけでも勾配がすごいわけでもないし、車通りもそんなにない。なのに事故は結構あるんです。もし数分だけ止まっていても毎回なら気づかないだろうし、停止してから停止が解除されるまでの間の記憶がないなら、やっぱり気づけないですよね。妖怪とか幽霊の仕業ならお祓いとかでなんとかなりそうですけど、こういう場合ってどうすれば良いんですかね。

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