№129
――矢口さんが小学1年生の時、20年前のことらしい。
母が突然いなくなったときがあります。父に聞いても「すぐ帰ってくるから」としか言いません。とても不安で夜は父の布団に潜り込んで寝ました。数日たったある夜、ふと目が覚めました。なんで目が覚めたのか分かりません。トイレに行きたかったわけでも、父に布団をとられて寒かったわけでもありません。ぼんやりと部屋を見渡すと、母が部屋の隅に立っていました。声をかけると、母は一瞬驚いた顔をして「ごめんね、また行かなくちゃ」と言いました。私はショックを受けてお母さんに駆け寄り抱きつきました。やだやだと泣いて引き留めたんです。母は最初こそ私をいさめましたが、粘り強く駄々をこねたので折れてくれました。毎日1時間だけ帰ってきて私と一緒に過ごしてくれると。本当はずっと家にいてほしかったんですが、子供心に何か事情があるんだなと察して妥協することにしました。
次の日から学校から帰ったら母がいました。ご飯やおやつを準備して待っていてくれました。土日は父が私の面倒を見てくれました。そんな生活が1ヶ月くらい続いた頃、週末に父がいないときがありました。私の世話に父方の祖母が来てくれました。夜遅くなっても父が帰ってこないので、祖母にいつ帰ってくるのか訊ねました。「知らないわよ。明日になるんじゃないの?」と祖母に冷たく言い返されてしまい、泣いてしまいました。それが祖母を苛立たせたようで怒鳴られました。「あんたがいるせいでお父さんは毎日お仕事から早く帰ってこないといけないのよ。一日ぐらい我慢しなさい」私はその言葉に一転して腹が立って泣きながら言い返しました。「お父さんじゃないもん、お母さんが帰ってきてくれるもん」すると祖母の顔がさっと白くなりました。「お父さん帰ってこないの? 本当にお母さんが帰ってくるの?」質問の意味が分からず、私は正直に母のことを話しました。
そこから大分記憶が飛びます。私は病院で母と会いました。母は傷害事件で大けがをしてずっと入院していたそうです。私を見て「会いたかった」と泣いていました。退院してすぐ父母は離婚して、私は母に引き取られました。父は不倫していたそうです。その相手が母を車でひいて逃げていたそうです。父は私が泣くと思い何も言えなかったと言い訳をしていました。当時私は小学生だったのに、女の子だから炊事洗濯を全部こなしていると思っていたようです。祖母は父が早く帰ってきて面倒を見ていると思っていたとか。でも母は家に帰れる状態じゃ無かったし、結局大人たちは私が一人頑張って家事をしていたと思うようになりました。私は最近「生霊」という言葉を知りました。あのとき母は私を心配するあまり無意識に生霊を私によこしていたんじゃないかって思うんです。……夜中に父の寝室に現れた理由はわかりませんが。
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