№107

――西上さんの親友が自殺したという。

 連絡は1年くらい前からしていませんでした。私も結婚してすぐで、忙しくて気にすることもなかったんです。だから親友のご両親から連絡が来てショックで……。すでに告別式などは家族で終わらせていたとのことで、後日焼香に伺いました。親友は未婚で一人暮らししていました。ご両親はなぜ自殺したのかわからないそうです。遺書も残っていなくて、もしかしたら私に相談していたのではと思い至って連絡をくださったんですが、何も言うことが出来ませんでした。それから少し、思い出話をして、少しだけ形見分けもしてもらって、もやもやしたまま帰宅しました。私の夫は結婚式の時に親友と会っていたので、その日初めて自殺のことを離しました。夫は驚いていましたし、私を慰めてくれました。

 でも、次の日から夫は機嫌が悪く短気になりました。私が落ち込んでいるのが嫌なのかと思って出来るだけ元気にふるまいましたが、それでもずっと眉間にしわを寄せて、たまにドアなど八つ当たりのように大きな音を立てて閉めたり、大きな舌打ちをしたり。ある朝、夫の車のカギがなくなりました。車で出勤していたので夫は今まで見たことがないくらい苛立って、何でないんだと怒鳴り、乱暴に椅子やテーブルを動かして探しました。私ももちろん探しましたが見つかりません。夫は結局自転車で出勤しました。私はぐったりしつつ家事を始めましたが、ふと空の鍋をのぞくと、そこに車のカギがあったんです。まさかそんな所にあるとは思わず笑ってしまいましたが、すぐに背中が寒くなりました。その頃の夫の様子から考えると、鍋の中にあったと正直に言えば、きっと私が隠したと怒るでしょう。私は怖くなり、夫には靴箱の下にあったと伝えました。それでもだいぶ苛立っていましたが。

 その後も夫の家の鍵、財布、万年筆、眼鏡などがなくなるようになりましたが、すべて鍋の中から出てきました。ごまかすのも限界になってきたころ、その鍋でおでんを作って、夫と一緒に無言でつついていました。私が何か話し掛けるたびに舌打ちされるので。それでも何とかしたくて、苦肉の策が夫の好物のおでんだったんですが、夫が突然食べていたものを皿に吐きだしました。「硬いものが入ってる!」と怒鳴り、そして皿を見て血の気が引いたように顔が真っ白になりました。私も皿を見て驚きました。それは親友の形見分けでもらった指輪だったんです。そして実は、その鍋も親友が一人暮らしする時に母親に買ってもらったという良い鍋でした。私が再び夫に目をやるとなんだか哀れなくらい震えていました。

 夫と親友の間に何があったかはわかりません。結局何も聞かずに私たちは離婚しました。夫のその後は知りません。

――話し終わると西上さんは悲しそうに右手の指輪をなでていた。

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