№96

――猿田さんの実家は以前大きな地震があった地域の近くだったそうだ。

 私の実家は震災の後、両親が一時避難して以来誰も住んでいませんでした。多少痛んでいましたが、もともと丈夫に建てられたのでリフォームすれば問題ないようでした。しかし父は頑として家を潰して駐車場にすると言い張りました。それに抵抗したのは兄の妻で、彼女は兄に一軒家を土地ごと相続して欲しいと考えていたようです。母は思い入れのある家なのでつぶしてしまうのは忍びないと考えているようでしたが、避難後に父が購入したマンションがあまりに居心地が良かったようで、自分は戻るつもりはなく、兄夫婦が住んでくれたらと、兄嫁と同じ意見だったようです。私は家庭を持って既に離れた地域に生活の基盤を築いていたので、好きにすれば?と実家のことは口を出さないことにしていました。

 去年のこの時期、5歳になった息子と両親のマンションに泊まりにいきました。息子にせがまれ近くの公園で遊んだ帰り、ふと気になって実家の方へ足を伸ばしました。マンションと実家は目と鼻の先です。これも母が兄夫婦を住まわせていいと思った理由ですね。

 家は住まないと荒れると言いますが、実家は傾く様子もなくちょっと手を加えれば住めそうに見えました。私がぼんやり家を眺めていると、息子が突然「かまりき!」と叫んで庭の方に走り出しました。私は慌てて追いかけました。草が生い茂った庭はさすがに危険に思いました。息子は「つかまえた!」と言って何かを草むらから引っ張り出そうとしていました。それは長い虎縞の尾がついた動物の腰で、私は野良猫を捕まえたのかと焦りました。「ネコちゃん可哀想でしょ、放してあげなさい」と叱りましたが、息子は「かまきりだよ!」と言います。私は息子を後ろから抱上げました。それでも息子は猫を放さなかったのでそれが草むらからずるっと上半身をあらわにしました。腰から下は確かに虎縞の猫でした。でもその先についていたのは、固そうな黄緑の体と三角の顔に触覚、前足ではなくギザギザの鎌をもった、巨大なカマキリだったんです。私が悲鳴をあげると息子は驚いてそれを手放しました。それもそのまま草の中に隠れていきました。私は息子を抱いたまま無我夢中で両親のマンションに逃げ帰り、両親に見たものを訴えました。母は「いい大人が取り乱してみっともない」と息子を取り上げあやしました。息子は私の取り乱し様を見て泣いていたようです。父は「住まないと代わりに変なものが家につくんだよ」と苦笑いをしました。

 結局、今、実家は駐車場になっています。私が父の味方になったのと、母が私の様子から何かを感じ取ったのか、意見を変えてくれたからです。兄嫁からはいまだに嫌みを言われますが、これでよかったんだと思います。でも、あれは一体なんだったんでしょう? そして今、どこにいるんでしょう?

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