№87

 伯母が他界した後、一人で住んでいたマンションが残りました。ただ、すでに従兄たちは家庭を持っていたので持て余してしまったらしいです。私が一人暮らしを考えだした時に、管理も兼ねて住んでくれないかと言ってくれて、1年くらいそこに住むことになりました。その時の話です。

 ある日、家に帰ると玄関の電球が点きませんでした。もう切れてしまったのかと、交換しようとしたら、緩んでいただけだったんです。そう言うことが、そのマンションでは何度かありました。月に1、2回でしょうか。その程度だったんで最初は気にしなかったんです。ですが、蛍光灯が緩んでいた時はさすがに不思議に思いました。

 もしかして不法侵入されているんじゃないかと思って、従兄に許可を得て警察に相談しましたが、何も盗まれていないということもあり、それほど真剣に聞いてもらえませんでした。そもそも不法侵入なら気づかれないようにしますし。

 ですが、とうとう私はその原因を見てしまいました。夜に借りてきた映画を見ていたら、玄関の方で電気が点滅していることに気付きました。点けっぱなしだったので、さすがに今度こそ切れてしまったのかと映画を止めて買い置きしていた電球を持って玄関に向かいました。そして、天井に張り付いているそれを見たんです。

 ……映画の続きかと思いました。茶色い塊が、手を伸ばして電球を回しているんです。キィキィという金属がすれる嫌な音が鳴っていました。一瞬で血の気が引いて、それなのに頭では「あれは何だろう」って見極めようとしてるんですよね。すぐに逃げればよかったのに。

 それが小さい裸の老婆だって気づいたとき、喉の奥から「ひぃっ」っていう変な息が漏れました。天井の老婆が私を見ました。その顔は、10年前に他界した祖母だったんです。長く垂れた白髪の間から見えたのは、確かに祖母でした。祖母は私を見てにやって嫌な笑い方をしました。それでも電球を回す手を止めません。キィキィキィと音が私と祖母の間に鳴り続け、電球はとうとう落ち、床で粉々になりました。それ以降の記憶はありません。私は廊下で目が覚めました。やっぱり電球は割れていましたが、祖母はいませんでした。

 その日、私はすぐに従兄に連絡して引っ越ししました。そしてその半年後にそのマンションは売れたそうです。

 私はふと従兄に「なんで伯母が亡くなった時に売らなかったの」と聞きました。従弟は「絶対売るなって遺言だったんだよ」と苦笑いしていました。私は、あの日見たものを従兄に言うべきだったんでしょうか。

――板田さんは少し白髪の混じった髪をなでながらため息をついた。

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