№75
高校は全寮制に通っていました。友達が出来て、それなりに楽しい学生生活だったんですが、あるとき突然、なんのやる気もでなくなったんです。今思うと鬱状態だったんでしょう。私のようすがおかしいと気づいた先生方がスクールカウンセラーとかと相談して、いろいろ配慮してくださりすぐに私はもとに戻りました。鬱だったのは1ヶ月位だったと思います。その時のことはもやもやしてうまく思い出せませんが、ひとつとても不思議な体験を覚えています。
私は一人になりたくて、放課後に校舎をぶらぶらしていました。廊下を歩いていると窓の外に出たい気分になり、窓を開けました。しかしそこはいつの間にか3階で、あら?いつ階段を上ったんだろう、でもまあいいかと、サッシにてをかけたところでピアノの音が聞こえてきました。それはがっしゃんがっしゃんとおよそ曲とは言えないようなものでした。音楽室はすぐそこにあり、私は誰が弾いているんだろうとそっと覗き込むことにしました。ピアノは音楽室の入り口の対角線上にあるので、遠いですがすぐに誰が弾いているのかわかりました。しかし、それは見たことがない先生でした。何故先生と思ったのかというと、まあ、単純に制服を着てなかったからなんですが。大人の女性でした。酷く痩せていて、枯れ木のような腕で思いっきり鍵盤を叩いているようでした。女性の首はすじっぽくて本当に骨と皮でできているような細さで、私は何だか見てはいけない物を見てしまった気がして、そっと扉を閉じました。閉じる瞬間くるっと女性が振り向き目が遭いました。扉が閉まると同時に、ピアノの音がやみました。気づかれた。私は急いで階段を下りて寮に帰りました。その日の夜、音楽室のことが気になってなかなか眠れなかったんですが、夜中を過ぎてうとうとしていると、突然頭の中にあのピアノの音が聞こえだして目を開けました。ベッドの脇にあの女性が立っていました。私は金縛りで動けません。女性は細長い両腕を振り上げました。そして動かない私を両手でバンっと叩いたんです。私は絶叫しました。思えばその時金縛りが解かれていたんですね。叫んだ瞬間、女性は消え、同室の先輩が電気を付けました。私を心配し、寮長を呼んでくれました。そこからは、まあ、先に言った通りです。先生や先輩のおかげで立ち直ることが出来ました。
先生たちは「両親のもとを離れて新しい環境にいると、上手くいっていると思っていても、いつの間にか心労が貯まっていることはある」といっていました。そうはいっても、あの女性は私の不安な心が見せた幻覚? あのピアノの音は幻聴? 確かにあれ以来はありません。でもあの時叩かれた衝撃は、本当にリアルだったんですよ。
――逸見さんは今、ピアノ教室で子供にピアノを教えているらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます