№72
友人がおかしくなったのは、彼が勤めていた会社がブラック企業だったせいです。でも、それだけでは説明できない部分もあるんです。
――播磨さんは法律関係の仕事をしているため、個人的にもよく相談を受けるらしい。
精神的にやられてしまった友人は、退職したのですが退職金や給料の未払いがあって労働基準監督署を通して払って貰うよう訴えていました。それに僕が手を貸していたんです。代理人ということで。
友人が本調子じゃないことと、相手が払い渋ったためなかなか手続きが進みませんでした。仕方がないことですが、あまり長期になると友人の回復が遅くなるし金銭面でも苦しくなることが目に見えていたので僕は焦っていました。友人の両親は他界していましたし、兄弟もいなかったので友人も僕しか頼る人間がいなかったんでしょう。一度、僕が声を荒げてしまったときがありました。その時は数日行方不明になってしまいました。あとで聞いた話によると死ぬつもりだったようです。僕が捜索願を出そうとしていた頃に友人はひょっこり帰ってきました。着の身着のまま出て行ったはずなのに意外と元気そうでした。
「死にたいと思っていたけど、俺が生きていける場所を見つけた」
と晴れやかな笑顔で言うんです。当然僕は不信に思いました。変な宗教に勧誘されたか、取り返しのつかないくらい精神を病んでしまったのか……。どちらしにしても僕が追い込んでしまったのは確かです。僕は友人に言いました。とりあえず飯食って休め、何も考えずに身体的な健康だけでも取り返そうと、他のことは僕が何とかするからと。しかし友人は「もうそれもいらない。今日は播磨にお礼と別れを言いに帰ってきたんだ」というのです。
友人の部屋で話していたのですが、僕は何か視界がおかしくなった気がしました。霧が出ているようにかすんでいるような、視界がぶれて二重になっているような……。気持ち悪くなって蹲ったんです。耳鳴りのような音もします。その合間に友人の声がしました。
「死のうと思っていたら、見つけたんだよ。舞台袖みたいなものかな。俺はもう舞台に上がらなくてもいいんだよ」
ふと気が付くと、僕は友人の部屋で一人で寝ていました。友人はいません。友人のために入れたココアだけが冷たくなっていました。
友人はいなくなりました。よく神隠しとか言うじゃないですか。もしかしてそれを自ら行ったのではと思っています。次元の隙間に入る方法を知った、と。ただ、不確かな視界でとらえた最後の友人の姿は……およそ人間と呼べるものではありませんでした。あいつはもう戻ってこないと思います。
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