№41

 総合病院で看護師をしていました。もちろん色々ありましたよ。夜勤もありますけど、昼だって……。と、いっても私が勤めていたのは5年だけですが。

 初めて夜の勤務になった時、初めてそれを見ました。先輩や医師から「出るよ」と言われていたので覚悟をしていたんですが、それが幽霊だとは全然気づきませんでした。普通の女の子だったから。パジャマを着た女の子が廊下の真ん中に立っていたんです。「どうしたの?」と聞くと「お部屋がわからない」とか細い声で言いました。確かにそこは小児病棟ではなくて、どうして棟のちがう一般病棟に迷い込んでしまったんだろうと不思議でした。女の子と手をつないで、小児病棟に向かいました。女の子は安心したのかずっと私に話しかけていました。お母さんと一緒に泊まってるとか、お姉ちゃんが明日来てくれるとか、病院に来てからしんどくないとか。普通なんですよ。さっきも言った通り、手もつないだんです。それも違和感がまったくなくて。

 小児病棟についたとき、するっとつないだ手が離れて静かになりました。あれっと思って振り返るともう女の子はいませんでした。私はあわてて小児科の看護師に迷子の入院患者を連れてきたことと見失ってしまったことを伝えました。ミスをしてしまったと思って。しかしそこにいた看護師は「あれ? 聞いてないの?」と私が思っていたのとは違う意味で驚いていました。その女の子は病院関係者の中では有名な幽霊でした。だからみんな、私も知っていると思って話さなかったみたいです。私はもう怖くて怖くて、手をつないだり会話したりしたことを泣きながら先輩たちに訴えました。そしたら先輩たちは笑いながら「皆してることだよ」と笑うんです。その霊に出会ったら手をつないで小児病棟に送っていかないといけないそうです。そうしないと一晩中、しくしく泣きながら付きまとってくるって。さすがに冗談かと思いましたが、私は結局辞めるまでの5年間で10回以上幽霊と手をつなぎました。……辞めた理由ですか? なんとなく、なんとなくですけど、自分の子供を持てないような気がしたんです、あの子の手を握ってると。まあ、看護師辞めて、今は結婚どころじゃないですけど。今も小銭集めにこんなところに来てますし。ええ、看護師なんて私にはもう無理です。出来ません。

 でもその子以外にも幽霊の話はたくさんあるので、あの頃も無駄になってないと思いますよ。

――良知さんはそう言って謝礼金を受け取ると。

 また来ます。

――と、にやりと笑って部屋を出て行った。

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