№40

 夫婦で一戸建てを買いました。中古ですが。たぶん、あの家のせいで妻はおかしくなったんだと思います。

 賃貸マンションでもよかったのですが、たまたま親戚の不動産屋が「こんな家がある」と周りに勧めていて、妻が興味を持ったのがきっかけでした。内見に行くとすでに妻はその気で浮かれていました。私は正直どっちでもよかったんです。ただいまどきの家で内装も外装もおしゃれで、今思うとなんであんなに安かったのかもっと気にするべきでした。

 引っ越ししてすぐに妻は庭に小さな畑を作りたいと言いだしました。洗濯物を干しても1畳ほどの広さがあり、そこで野菜を育てたいと。特に反対する理由はないので休みの日に一緒に土をいじることにしました。シャベルで硬い土を砕いていると何か白いものが出てきました。まさか前の住人がペットでも埋めたのかとぞっとしましたが、それはただの白い石でした。握りこぶし大の表面の粗い石で、同じような大きさのものがごろごろ出てきました。それを手に取った時私の方にずんと何かがしなだれかかってくるような、得体の知れない感覚に襲われました。そして石が動く感覚がしたのです。思わす私は声を出して石を放り出しました。妻が驚いて「どうしたの?」と聞いてきましたが、答えることが出来ません。それまで何ともなかったのに、急に私はこの庭が恐ろしくなったのです。ここは触れてはいけない。第六感というのでしょうか、そう言うものが私に警告を発しました。私は妻にこの石には除草剤的な役割があるとかなんとか適当なことを言い、畑作りを中止しました。

 妻はしぶしぶ畑を諦め、プランターでプチトマトを作り始めました。私はそれ以来何故か恐ろしくて庭には出ませんでした。しかし妻は何も感じないのか普段から洗濯を干したり水をまいたりしていました。そして徐々に妻はおかしくなりました。最初は庭に出て冷凍庫の氷を庭にまきました。次にホースから家に向かって水をまき、今を水浸しにしました。また、雨の日に庭に出て傘もささずその場に正座して家を見上げてたこともあります。妻は「なんとなく」というだけで何がおかしいとは思ってないようです。病院にも連れていきましたが、その他はしっかりしているし、夜も眠れているのであまり相手にされませんでした。あの庭がいったい何なのか今はどうでもいいんです。妻が、次一体何をするのか……それだけが不安で。

――吉井さんが帰ったその日の夕方、電話がかかってきた。奥さんが亡くなったとのことだった。

 溺れていました。庭に自分で掘った穴に水を溜めて。ああ、一人にしたら危ないってわかっていたはずなのになあ。

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