№18

 私の故郷にはこんな風習がありました。

――津沼さんは細い指を組んでぼそぼそと話し始めた。

 通夜で寝ずの番をするじゃないですか? 故郷では、それを亡き人のあまり近しくない親戚が一人任命されて務めることになっています。その時は祖父の兄の通夜で、私は一番若く一番関わりのない人間でした。本当は嫌でしたが、まだ高校生だった妹にさせるわけにはいかず、しぶしぶ了承しました。

 通夜に関してもう一つ習慣がありました。習慣というか、これは禁忌ですね。日が昇るまで絶対に遺体のある部屋を開けてはいけないというものです。トイレも行けません。外から声を掛けられても返事をしてはいけません。禁忌を破ると遺体が起き上がり、逃げ出すそうです。意味がわかりませんよね。でも周りの人間は父母含めて真剣に話していました。

 それ以外のルールは特になく、私は本を読みながら適当に時間をつぶしていました。転寝してもいいということでしたが、さすがに遺体の横で寝る気にはならず、気が付けば2時になっていました。すると扉がノックされ、

「開けて、大変なの!」

 母の声です。思わず扉を開けそうになりましたが禁忌を思いだし思わず手を引っ込めました。妹と両親は近くにホテルをとってそこに泊まっているはずです。

「お願い! ここを開けて!」

 扉は確かに開けてはいけないことになっていますが、鍵がなく開けようと思えば外からも内からも開けることが出来ます。私は唇を噛んで様子をうかがいました。

「たすけて」「ここをあけて」「なんで」「どうして」

 必死に私に助けを求める声に、気が狂いそうでした。耳をふさいでもそれは聞こえてくるのです。私は部屋の端で体を丸めてただただ過ぎ去るのを待ちました。どれくらい時間がたったでしょう。「お兄ちゃん」という声と一緒に背中をポンと叩かれました。ついに入ってきたと悲鳴を上げて振り返ると、そこに妹がいました。妹は日が上ったから私を呼びに来たのだそうです。

 ほっとして妹に何があったのか話しました。妹は笑いながら「夢でも見てたんじゃない」と本気にしませんでした。そして二人でホテルに戻った時、母は……ベッドの上で冷たくなっていたのです。突然心臓発作を起こして静かに息を引き取ったとのことです。同室で寝ていた父も妹もまったく気づかなかった。もし、あの時私が扉を開けていたらどうなっていたんでしょう? 母は、私に助けを求めていたんでしょうか?

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