№15

 私の出身の村はなくなりました。その話をしたいと思います。

――早田さんは写真を一枚取り出した。

 村で撮った最後の写真です。これが私。この頃はまだ村がなくなるなんて思わずやんちゃに野山を駆け回っていました。そしてこの娘。実は最近引退したあの女優なんです。びっくりしたでしょ? 全然あの頃と顔が違うんです。少子化で同じくらいの年の女の子が村にいなかったから、爺さん婆さんに可愛がられていましたが、私は高慢ちきで嫌いでしたね。私たちを田舎者だと見下していましたよ、自分も同じ村に住んでいるのにね。

 その村には女神様の井戸がありました。いわゆる口承伝承で物心がついたときには皆知ってました。枯れ井戸なんですが、井戸に水が湧いたとき女神様が願いをかなえてくれるとか。んー、真偽は考えたことなかったです。七夕の織姫彦星や、クリスマスのサンタクロースみたいなものでしょう。村のシンボルというのかな。

 ある時ね、その娘が井戸に泥や石を投げ込んでいるのを見てしまったんですよ。びっくりしたというか何してんだってあきれました。枯れ井戸何て用事もないし、どこの親も危ないから近づくなって躾けてましたし。その娘が去った後、私は井戸をのぞき込みました。その娘が嫌いなカエルや何やらがいるんだと思ったんです。ですが予想と違う状況に私ははっとしました。水が湧いていたのです。願い事とかとっさに思い浮かばない物ですね。ただ滾々と水が湧いていてきれいだなと見とれていました。そして、これは初めて人に言うことですが、水の底から人が浮き上がってきたのです。一瞬さっきの娘が突き落とした人が浮いてきたのかと思いましたが、それはその娘自身でした。その娘は私を見上げにらんでいたのです。それからの記憶はあいまいです。ただ高熱を出し、一週間寝込みました。たったそれだけの短い間に村で死人が相次いだようです。それも女性ばかり。その娘の親は娘が心配になったのか早々に引っ越ししました。そして村がなくなった後、あの娘が女優デビューしたのです。初めてテレビでその顔を見たとき美人になったと思いましたね。また見るたびに美しくなっていきました。もしかして、彼女は女神様の顔を井戸の願いで奪ったのかもしれません。

 井戸? ありますよ、まだ。ええ、村はなくなりましたが代々の土地をいまだに管理している元村人は結構いますよ。畑はあるし。井戸は危険がないようにふたをしています。

 そうそう、不思議なんですが彼女が引越しした後、何度も村を徘徊している姿をみたという人がいるんですよ。結構最近まで昔の姿で目撃談はあったんですけど、本物が引退してからぱたりとそんな話は聞かなくなりましたね。

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