断章 三毛夜叉夫の研究ノート

龍についての考察――Лёт Драконаについて

 飛行とは人類の叡智の結晶である。――Лёт Драконаの著者、Koshek Ailanetsaはそう書いている。これは正しくは彼の叔父にして龍の飛行をテーマに研究したUchivの覚書からの引用のようだが、Koshekもまた同じ想いを抱いたのだろう。叔父の奇矯な研究をまとめた著書の序文、その冒頭に持ってくるぐらいだから。


 Uchiv Ailanetsaは1961年生まれの航空学者だ。モスクワ大学を卒業後、学校教師などを経てソ連が崩壊した91年に行方をくらまし、翌年に故郷ルーマニアのブライラに緑色の鱗を持つ竜を持ち込んで研究していたという。


 龍は早くに絶滅したと考えられていた動物だったが、彼はそれを見つけ出し、東欧に密かに持ち込んだ。


 人類と龍の関わりは相応に古く、その端緒は現在の中華人民共和国内モンゴル自治区にあったと言われ、イノシシやシカ、トリの頭を持った有燐の動物が描かれた土器がその証拠に挙げられる。


 豊かな森で育った現地人の、よく口にする自然の恵み――イノシシ、シカ、トリ、そして川魚を一挙に描いたと取るのが妥当だが、一方でこの図を龍そのものとして受けとれば、当時の人間にとっての龍の位置づけを理解する一助になる。

龍は狩猟の対象、食料だった、ということ。


 時代が下ると人間達は龍に別の可能性を見出した。家畜として飼育し、人間だけでは運べない大容量の荷物を運ぶこと――運輸への活用。


 龍の家畜化は早期に為された。操舵擾龍、蛇を操り龍に乗る術を身につけた職能集団がいたのだ。これは『左伝』に記録されているが、記録されたとき既に喪われた技術として語られている。


 この「喪われた技術」を持つ集団は、しかし、Uchivとなにがしかの交易を行ったらしく、この集団が、彼に龍を送った。本書“Лёт Дракона”に記載された彼の日誌には、「擾龍の一族が名を変えて新疆に隠遁しているとは思わなかった。彼らは成龍を自在に操るすべを心得ていて、まるで牛馬のように龍を操った」と書かれていたという。


 しかし、この龍はいま、行方知れずになっている。著者のKoshekは、Uchivが逃がしたのだと考察しているが、著者自身がその逃げたと思われる龍を後年目撃していることから、本書の全体像は奇人の研究を追ったルポルタージュから不可思議な探求の書という形を取っていく。


(以上、本書第1章の概要)

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