魔法少年☆クラリネットガール

多ダ夕タ/ただゆうた

第1話


卒業文集そつぎょうぶんしゅう、今週中に提出ていしゅつね。将来しょうらいの夢、もしくは中学校で頑張がんばりたいことについて原稿用紙げんこうようし一枚に書くこと!」

担任たんにん山中やまなか先生が原稿用紙を配りながら言った。

…卒業文集。卒業を実感じっかんさせられる言葉だ。ぼくたちは一ヶ月後に、小学校を卒業する。六年間通った校舎こうしゃとお別れして、新しい世界へ行く。それが楽しみな人がいれば、不安がってる人もいる。…僕は後者こうしゃだった。


僕は広瀬 潤也ひろせ じゅんや。どこにでもいる男子。大きな目標があるわけでもなく、特別な才能を持っていることもなく、残念ながら12年間彼女もいない。本当に、どこにでもいる男子。


「ジュンヤは何書くんだ?俺は中学での部活のこととか書こうかな。」

にっ、と笑いながら声をかけてきたとなりの席の男子。クラスで人気者の羽多野 翔吾はたの しょうごだ。

「まだサッカー続けるの?」

バツグンの運動神経うんどうしんけいを持つショウゴは、サッカーチームに入っている。僕もサッカーは好きだけど、実力は天と地ほどの差があって、あのカッコいい身体からだの動かし方にはいつもれしている。

「もちろん!あ、でも勉強も頑張がんばりたいんだ。将来は医者いしゃになりたいから。」

…サッカー選手じゃないんだ、と思った。あんなにサッカーが好きで、才能もあるのに。医者なんて、身体からだを動かしてばっかりのサッカーとは全くの別物だと思う。将来に活きるわけじゃないのに、なんでサッカーをやっているんだろう…?


「ミツキは?まだアレ目指してるの?」

ショウゴが次に声をかけたのは、後ろに座っている逢坂おうさか 美月みつき。よく言えば正直な、悪く言えば遠慮えんりょの無い子…正しくは毒舌家どくぜつか、というべきだろうか。僕が苦手にがてとする、プライドの高い女子だ。

「はぁ?いつの話してるの?私は女子だよ?アレは男がやる仕事でしょ。」

さっきから“アレ”呼ばわりされているのは、きっと自衛官じえいかんのことだろう。低学年のころ、ミツキは口癖くちぐせのように「自衛隊じえいたいに入りたい」と言っていたから。

「じゃあ、作文は何について書くの?」

僕はたずねてみた。自分がまだ何を書くか決まっていないから、参考さんこうにさせてほしい。


「…今考えてるの。ココノは何書くの?」

会話に巻き込まれたのは、原稿用紙とにらめっこしていた井上いのうえ 心乃ここの。ミツキのとなりの席の女子だった。

「あ、うん。…中学のこと書こうかなって。」

「みんなと違うところに行くんだもんね。」

ミツキがあいづちを入れる。

そう。ココノは私立しりつ進学校しんがくこうに合格したから、その学園に入学する。公立こうりつの中学に進む僕らとは別の道を進むんだ。

「自分で選んだ学校に行くんだよね。やっぱり楽しみなのかな?」

「…まぁ、そうだね…。」

僕の質問に対して、ココノが歯切はぎわるく答えた、その時だった。


ウオォォォォォ


よく聞いてみるとおたけびのように聞こえる何かがひびいた。

「グラウンドの方からだ。なんだろう?」

目を細くして、窓のおくを見る。

見たことのない物体ぶったいを、一度視界しかいの外に追い出してから、再度さいどその物体を見た。いわゆる“二度見にどみ”と呼ばれる行動だ。その行動は信じがたいモノを見た時に起こす。まさに今のような。


「なんだよ、あの怪物かいぶつ…。」

隣にいるショウゴが、僕の心を代弁だいべんした。

グラウンドには、何メートルもあるような怪物が立っていた。全身が真っ黒で、頭からはウサギみたいな長い耳が2本生えている。2本の足の下では桜の木がペシャンコになっていて、腕の方では扇子せんすみたいにこわされた校門がられていた。

「何あれ…。こわい。」

ココノがふるえた声で言った。その声にこたえるように、ブラックホールみたいな目はこちらを向き、歯はギラギラと太陽光を反射はんしゃさせた。


教室は悲鳴ひめい反響はんきょうさせた。先生が気絶きぜつしてしまい、悲鳴はさらに大きくなる。その悲鳴の中には、もちろん僕の声もじっていた。

「こっち来るなよ!」

机の中にあったリコーダーをり出す。リコーダーでチャンバラ遊びをすると音楽の先生にすごく怒られるけれど。もしもの時はリコーダーで身を守れるだろうか…。と考えてけんのようにかまえた。

「リコーダーなんてスグにれると思うんだけど。」

という正論せいろんがミツキから聞こえてきたけど、無視むししてリコーダーをにぎった。リコーダーの先はずっとふるえている。


僕はこうするけれど…深呼吸しんこきゅうってどうやってするんだっけ。

どうやってげればいいんだろう。走ったら逃げれるのかな。走るってどうやるんだっけ。足は右から出すんだっけ、左からだっけ。あれ、どっちから出してもいいんだっけ。

頭はほとんど回らないし、一方いっぽう身体からだはずっと小刻こきざみにふるえてる。バレたらずかしいことなんだけど、実は視界しかいなみだでボヤけてる。


「ポケットの中。」

ふいに、耳元でそう言われた。だれの声かわからないけれど、落ち着いた口調くちょうの、はじめて聞く声だと思う。

よくわからないけどポケットに手をんだ。ハンカチ、ティッシュ。それから、はじめてさわ感触かんしょくのモノ。

ポケットから引っ張り出して、まじまじと見てみた。

大きさは3センチくらい。水色でハート型の宝石ジュエルのようなモノだった。

「何これ。駄菓子屋だがしやで300円くらいで売ってるやつ…?」

うらには、何かにハマりそうなデッパリがあった。

「あ、アニメに出てくる変身へんしんアイテム?」

日曜日にやってるやつだ。このキラキラした感じとか、女の子は好きそうだもん。


「そう。リコーダーの穴にしてみて。」

さっきの声がまた聞こえた。

言われるがまま、リコーダーの一番上の穴に刺してみる。カチリ、と音がして、見事みごとにハマった。

「ええっと…なにこれ?」

付けてみたはいいものの、どうしろと言うのだろう…。変身でもできるのかな。

「シの音。」

言われるがまま、親指と人さし指で穴をふさぐ。震えるのを必死ひっしおさえて、なんとかくちびるにリコーダーをはさんだ。

「おい、ジュンヤ。何やって…」

僕の行動に気付いたショウゴを無視むしして、全力ぜんりょくで息を吹く。タンギングなんて気にしてられない。音楽の成績せいせき底辺ていへんまで落としてしまいそうな音色ねいろが、悲鳴をかき消した。今がマトモな授業中だったら、廊下ろうかに立たされていただろう。


「えっ…」

ココノがぽかん、と僕のリコーダーの先を見た。そこからは、恐怖きょうふを忘れさせるようにシャボン玉がフワフワと飛んでいく。太陽光を反射はんしゃさせ、キラキラと光りながら飛んでいくシャボン玉は幻想的げんそうてきだった。

「シはシャボン玉のシ。キレイでしょう。」

耳元ではさっきの声が笑っていた。

「…ジュンヤ。何やってんの?」

落ち着きをもどしたショウゴがあきれつつ聞いてくる。正直、僕も自分が何をしたいのかわからない。ええっと、たしかあの怪物を追いやりたかったはずだ。


「シはシャボン玉…。レは…。」

…レーザービームとか、出るのかな。今ここでビームが出せたらカッコよくない?あの怪物もたおせるし。

シャボン玉にいや効果こうかでもあったのか、もう震えも止まってる。先生は白目だし、みんなは唖然あぜんとしていて、僕を止める人はいない。

「くらえー!レーザービーム!!」

決め台詞せりふのように叫んで、僕は窓にる。右の小指以外でリコーダーの穴をふさぎ、思いっきり吹いた。

怪物をロックオンしたリコーダーの先からは、七色に光る一筋の光………なんてモノは無く、やや黄色っぽい色をした液体えきたいがドバドバと流れる。

「何これ…すっぱい。」

「カーテンにみちゃったよ。」

窓際まどぎわの席の人からのブーイングがヒドい。

え、かなしい。あとずかしい。数秒前の自分をなぐりたい。

「レはレモンのレ…。常識じょうしきでしょう。」

耳元からは、またボソっと声がした。どうやら、この液体はレモン汁らしい。すごくすっぱい。


「じゃあこの怪物はどうしたら消えるんだよ!」

ついイライラして、怒鳴どなってしまった。窓の外の怪物が、ギロリとこちらに目を向ける。




何のえんか、不思議ふしぎ宝石ジュエルを手に入れた。これでだれかを助けられるなら、助けたい。


ふいに頭をよぎったのは、昔の記憶きおくだった。幼稚園ようちえん七夕祭たなばたまつりで書いた短冊たんざく。今思えばくだらない物で、あの時にとってはキラキラ光る宝石ほうせきみたいだった、僕の夢。


「僕はヒーローになりたかったんだ…。」




どうして今、思い出したんだろう。

ああ、今、同じ気持ちになったんだ。

僕はヒーローになりたい。


「…ラの音だよ。」

僕の気持ちにこたえるように。真面目まじめな声が耳元でささやかれた。言われた通りに、3本の指でリコーダーの穴をふさぐ。軽くくちびるでくわえて、トゥっと短く音を鳴らした。満点まんてん。今までで一番、きれいな音が出た気がする。


「何これ。」

身体からだが熱くなる。ただただまぶしくて、たまらず目を閉じた。

「おめでとう。ラはラッキーのラ。君の夢はかなえられたよ。」


やがて身体からだの熱はめ、ゆっくりと目を開く。

まず目に入ったのは、水色のブーツだった。よく見ると、うでには長い手袋てぶくろけていて、はいていたジーンズはフリフリのスカートに変わっている。胸元むなもとでは青色の大きなリボンがれていた。

「…何これ。」

真顔まがおで僕はつぶやいた。これは、どんな顔をすればいいんだろう。背後はいごからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。泣いてもゆるされるだろうか。

「ねぇ。この姿すがた…。」

伝説でんせつ魔女まじょ、クラリネットガールが復活ふっかつしたんだね。こんな瞬間しゅんかんを見られるなんて、感動するよ。」

淡々たんたんと耳元でささやかれる言葉に、どれだけんだらよいのだろうか。

「魔女?」

「魔女。」

僕は男だ。魔法使いなら良い。魔女は違うと思う。

「いやぁ、男女共同参画社会だんじょきょうどうさんかくしゃかいって知ってる?」

「男女共…何?知らない。」

聞いたこともない。

「男女平等びょうどうにお仕事しようね☆っていうやつだよ。男性の保育士ほいくしとかえてるでしょう。」

「男の魔女は例外れいがいでしょ。」

「いやぁ。差別さべつはダメだからね。」

区別は必要だよ…と言いたいところだけど、他にも聞きたいことがある。よって、この話は一旦終了いったんしゅうりょう


「クラリネット…?」

手元てもとのリコーダーを見ながら言う。

「クラリネット。」

「リコーダーじゃん。」

「クラリネット。」

「リコ…」

「クラリネット。」

この間違まちがいを正すのは無理むりだ。あきらめよう。

「早く決めゼリフを言ってよ。」

なぞの声にかされて、頭にかんだ言葉をならべていく。


「ラブとピースな魔法使い☆クラリネットガール…?降臨こうりん★」


後ろでクスクスと笑い声がれまくってる。やめて。僕のメンタルが死んじゃう。


「僕はどうすればいい?」

「自分で考えられるでしょう。もうすぐ中学生なんだから。」

…え、あっさりと声の主に見捨みすてられた。とりあえず、まずはあの怪物に近づきたい。


「ここから飛び降りたら死ぬよなぁ…。」

教室は3階。下はアスファルト。生きていられる気がしない。

「えっと…さっきのレモン汁のいきおいで飛べないかな…?」

背後はいごからの発言。さすがココノ。進学校に合格しただけあって、頭がやわらかい。

「やってみる。」

窓のふちに足をかけて、思いっきりレの音を吹く。

うまくバランスがとれないまま飛んで、なんとか怪物の肩のあたりに足を着けた。

「あー…何も考えてなかった。どう攻撃こうげきしようか…。」

シの音を吹きながら考える。とぅ、とぅ、とぅ、と短く鳴らすと、規則的きそくてきにシャボン玉が出てきた。シャボン玉は怪物の体に当たっては、ポヨンポヨンとねるのだ。…跳ねるのだ?

れないシャボン玉…?」

視線しせんを落とすと、ブーツが目に入った。れないハイヒールのブーツ。きっといだらくつズレで痛々いたいたしいことになっているはず…今はそんなこと関係ないけれど。

教室では、ショウゴがこっちを見ていた。声は聞こえないけど、口が大きく動いている。

…たぶん、応援おうえんしてくれているんだ。


「イチカバチカ…ってやつだけど。」

あしにグッと力を込めて、空高く跳ぶ。…想像以上の高さだ。これなら余裕よゆうも生まれてくれる。

ぴいぃぃぃぃ。

力一杯にシの音をひびかせる。頭がキンキンとするのをこらえて、右脚みぎあしを大きくった。

「シは…シュートのシ!!」


いつも見てるショウゴのシュートフォームをイメージする。その姿に自分をかさねて、サッカーゴールにシュートを決めるみたいに、怪物に向かってシャボン玉を蹴飛けとばした。




つかれたぁぁぁ。」

れいのレモン汁で教室に戻り、息をつく。

怪物はチリになって消えた。あれが一体何だったのか…わからないことばかりだ。

短くラの音を吹くと、変身もけた。


「カッコよかったな!クラリネットガール!」

ショウゴが純粋じゅんすいに目をかがやかせて言った。いや、カッコよくはないと思う。ずかしいから、その名前は二度と口にしないでほしい。

「はぁ?あんなの女装じょそうじゃん。気持ち悪かったって。」

ミツキの言うことは、ごもっとも。僕だって、やりたくて変身したわけじゃないからね。もっと戦隊せんたいモノみたいな、ヘルメットみたいなのを想像してたよ…。

すごいね…。あんなのに勝っちゃうなんて…私も見習いたいなぁ…。」

何を?!ココノも、男装だんそうとかしたいのか…?それは、正直、見てみたい。全く想像がつかないし。




『6年1組の広瀬 潤也くん。今すぐ校長室に来てください。』


アナウンスが流れた。

「職員室…?」

「校長室。」

ミツキが現実をたたきつけてくる。

校長室、六年間も小学校に通っているけど入ったことがない。悪いことをした人が呼び出される場所だよなぁ…。何があるか知らないけどこわいよぉ…行きたくないよぉ…。

「このくつズレをわけげられないかな。」

無理むりでしょ。ショウゴ、反対側はんたいがわよろしく。」

ミツキはガッシリと僕の右腕をつかんだ。

「え。」

「よし、任せろ。校長室は一階だったよな。」

ショウゴもミツキに習って、僕の左側をつかむ。

無事ぶじに帰ってきてね…。君死にたまふことなかれ〜。」

ココノはまるで戦争に行く前のような言葉を言いながら手をった。

校長室って戦場せんじょうなの?僕はころされるのかな?

二人にられ、ぼやける視界しかいうつるココノの姿はだんだん小さくなっていくのだった。

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