英世4
「いらっしゃいませ」
「ほら、樋口も」
「あ、いらっしゃいませぇ」
ㅤコンビニに入ってきた女の子は、なぜかどこか申し訳なさそうで、オレたちの声を無視するどころか、顔を遠ざけるように視線を落とした。しかし、オレは見落とさなかった。その女の子が、なかなか可愛いってことに!
ㅤサロペットだ。サロペットを着る女の子に、悪い子はいないっ!ㅤ 特に深い意味はないが、そんな気がする。ただ、自信ありげな子が着そうな服装だよな。その割にはちょっと、背中が丸まってるかもしれないな。
「ねぇねぇ、あの子、可愛くない?」
「バイト中は私語を慎むように」
ㅤ樋口も認めるくらい可愛いのか。女の子は自分より可愛くない女の子に可愛いと言うなんて噂があるが、まぁ気にすることはないだろう。
ㅤだけども、コンビニで働いてたら可愛い子はそりゃ来るよ。ただそこから恋愛が生まれるかって言ったらなぁ。イケメン店員でもないからなぁ。
「あの子、何買いに来たんだろうね」
「だから、私語は……ん?」
ㅤ確かにさっきから、おにぎりのコーナー、ジュースのコーナー、アイスのコーナー。色々まわっているけど、なかなか手をつけようとしない。今度は適当に商品を抱えたと思ったら、携帯を出し、料金の計算でもしたんだろうか、一度手に取った商品を元に戻してしまう。
「なんかさ、おかしいよ」
ㅤ樋口はひそひそ声で、オレに話しかける。
「もしかして、万引きかな?」
「いや、それはないと思う」
「じゃあ私が、確かめてくる」
ㅤおいおい、ちょっと待て。という間もなく、樋口がレジカウンターから出て行き、サロペットガールの元へ向かった。
「いらっしゃいませ〜、お客さん、こういう店初めて?」
ㅤ大きな声で話すなぁ。こういう店って何だよ。普通のコンビニだよ。
「は、はじ……」
ㅤあまり後半聞き取れなかったけど、もしかして初めてなんかい。
「お客様、何をお選びですかぁ?ㅤ どういったご用件でしょうかぁ」
ㅤ樋口って、いったいこれまでどこで働いてたんだよ。ここは普通のコンビニだって言ってるのに。接客は基本、レジのそばだよ。何か向こうから聞かれない限りはさ。ったく、誰が教育したんだ。誰も教育してねぇよ。オレがいきなり働かせたんだからな。
「ちょっとちょっと、樋口さん。お客様を困らせてはいけないよ」
「ハァ?ㅤ 困らせてねぇし」
「すみません。あたしが悪いんです。あたしが、挙動不審なばっかりに……」
「いえいえ、お客様は何も悪くありません。どうぞごゆっくり」
ㅤ樋口の腕を引っ張って引き返した。細い腕だが、服の上からも何となくぷにぷにして気持ちよかった。
「おい、触ってんじゃねぇぞ」と言われる想像をしたが、さすがにお客さんを気遣ったのか、言わなかった。オレは少し途方に暮れた。
ㅤやがてサロペットガールは、お茶一つをレジの元へ持ってきた。
「お会計、百六十二円になります」
ㅤオレがそう言うと、サロペットガールは、ズボンのポケットから直接、グシャグシャの千円札を出した。少し驚いた。そして、受け取ろうとしたところで、なぜか、オレの手を握って、離さない。
ㅤサロペットガールの瞳が、ウルウルしてる。な、なんなんだ、この感じ。恋なんか。これは、コンビニエンスラブストーリーは突然になのか!?
ㅤなんて思ってたところに、新しいお客様が現れた。
「金を出せぇぇぇぇぇぇぇっっっっ」
「いらっしゃいませぇ」
ㅤそんな丁寧な対応の教育はしてないぞ、樋口さん。
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