Ⅰ ミュゼ

マークは掃除人のカイヨー親方の家の前に、ほうきと一緒に置かれていた赤ん坊だった。その頃は若くて、まだ親方になっていなかったカイヨーが、朝が始まる前に広場と街路を掃除するため、暗いうちに家を出ようとして、蹴飛ばしかけたかごに、マークは入っていた。

夫婦には子供がいなかった。すぐ隣には学者の家があるのに、よりによって、ほうきまでつけて掃除人の家の前に子供を置く人の気持ちは、夫婦には理解できなかったが、役所に届けを出し、血肉を分けた子供のように彼を育てた。

学もなく、特に財産もない、掃除人の夫婦だったが、愛情に恵まれた家という点では、ミュゼ市のどこを探しても、そこより良い家は見つからなかっただろう。実の親は、そのことが分かっていたのかもしれない。

マークは学校に上がって、読み書きそろばんだけを身につけると、12才で掃除夫になった。その頃は1人2人雇う身分になったカイヨー親方の下で、朝はれんがの街路掃除、昼はたくさんある博物館や研究所のガラス磨きやモップ掛けをして過ごした。         

ミュゼは学者の街で、ほとんどが学者の施設か、その家族の家で、学者は本を読んだり研究ばかりして、掃除などしたがらなかったので、どこに行ってもたくさん掃除しなければならない所があった。親方は一家全員を連れて行き、自分は床を磨いてワックスをかけ、おかみさんはトイレ掃除、身軽なマークは窓拭きやはたきかけをして、雇っている行き場のない老人は、外のゴミ拾いをする。学者の秘書や事務員が、きちんと賃金を払ってくれる。親方はそれで老人たちの給料を支払い、残りのお金で、肉を買って帰った。

野菜は季節の終わりの安いときに、市場で大量に買ってあった。台所には、大きなジャガイモの箱があったし、天井からは、玉ねぎがたくさんぶら下がっていた。おかみさんは野菜を煮込んだシチューにその肉を入れる。そして肉の固まりのたくさん入ったひとすくいに、親方の目を盗んでこっそり半すくいを足して、マークの分をよそった。食事が終わると、マークは新しいのと取り換えてごみになった、つまりマークのものになった一日遅れの新聞を皆に読んで聞かせる。哀れに思われて本をもらうと(学者や学者の周りの人たちは、みんな子どもに必要なものは何よりも本だと思っているのだった。)その本を毎日少しずつ皆に読んで聞かせる。文盲でなく、かつ字が読める視力があるのは、マーク一人だけだった。

皆熱心に、冒険ものや家庭もの話の続きを聞きたがり、子供向けの男の子の話は、マークが一人でこっそり声に出さずに読んだ。

「ところで戦争はもうすぐ終わるらしいぞ。」

老人の一人が言った。

ミュゼと市境を接する、ウォン市とシロ市は、もう10年近く切れ切れに小競り合いを続けていた。ウォン市のほうが強いのだが、シロ市は持ちこたえていた。そして断続的に10年も殺し合いを続けていた。

ミュゼは学者の街で、取るものはない。お金がかかる一方である。学校もある。また、ここを攻めとれば緩衝地帯がなくなり、いよいよ相手をつぶすまで争い続けなければならなくなる。だからウォン市もシロ市もミュゼを無視している。とはいえ、戦争が近くで起きているのだ。不安には変わりなかった。

「もう慣れっこだよ。」

おかみさんがのシチューの残りの具材を刻みながら言った。どろどろにして明日のシチューに混ぜるためだ。

横でやかんが沸いたので、全員のコップに熱いお茶をついだ。マークは言われなくても、運ぶのを手伝った。

「起きている間はいいんだ。問題は終わった時だ…。きっとウォンはここに攻めてくるぞ。」

目はしの利くカイヨー親方は、深刻な顔でお茶をすすった。

「攻めてきたら、きっとすぐに負けるな。」

親方は征服された後のことを考え込んだ。掃除人の仕事は征服後もあるのだろうか?

 おかみさんはどろどろスープを一椀よそった。マークは言われなくても、それを取りに行って、片隅に寝ているおばあさんのところに持って行った。おかみさんは、毎回そうなのだが、マークの片頬を親愛を込めてつつき、感激しながら、マークがおばあさんの体を起こしてスープ椀を持たせるのを見ていた。だからマークは、毎回そうなのだが、当然さ!と思いながら、得意さを隠しきれずに、少し唇を笑った形にまげて、おばあさんがスプーンを持って食べるのを介助した。

 少し前まで一緒に働いていたのだが、とうとう弱りすぎて、仕事場まで歩くこともできなくなったので、今は日がな一日台所の片隅で寝て、カイヨー親方に食べさせてもらっている。老人たちがこうなると、短ければ何日か、長くても数か月で、死んでいくのを、マークは見て知っていた。

 カイヨー親方は、行き場のない老人が、優しく労われながら死ぬのを待つことを許していた。それを言うなら、マークも行き場のない孤児であったので、親方の家は、姥捨て山と孤児院を兼ねたような様相を呈していた。人のいい親方は、子供を養って学校に通わせ、老人がただ寝ているだけなのを許しているから家計が圧迫され、手元にある財産といえば、いつもジャガイモと玉ねぎぐらいしかないのだ、という因果関係まで思い至っていなかった。彼の稼ぎでは、学校か、老人保護か、肉をやめなければならなかったのだが、そのそろばんがはじけなかった。「あれ?野菜を買う時期なのにお金が足りないな。野菜を買うときには仕事を増やそう」というのが、彼の思いつく解決策だった。でもそれは、もしかしたら非常に賢明な生き方かもしれなかった。学はあるが人は良くない学者たちは、カイヨー親方に優先して仕事を頼んだ。

 その親方は考えていた。

-ウォン市がここに攻めてきて、あいつらは人のお金を取ることばかり考えているから、掃除人なんか雇ってくれるだろうか? くれたとしても、給料なんかくれないんじゃないだろうか…。

「・・・・・」

 マークは老人がむせないように、体を起こしてやっていたが、その老人が何か言った。マークは口元に耳を近づけた。

「逃げろって言ってるよ。魔法使いに捕まるって。」 

 マークは報告して、食べさせるのを続けた。おかみさんはマークがかいがいしく老人の口元をぬぐうのを見て誇らしさでいっぱいになっている。

「魔法使い?」

親方はびっくりした。

「本当に魔法使いなんているのか?」

「ミュゼにはおらんよ。」

「いや、わしは一度魔法使いを見たことがあるぞ。」

老人の一人が言った。

「部屋を掃除しようとしたら、だめだと言われたことがあるぞ。」

「だめだと言われたのに、なんで魔法使いの部屋だってわかるんだ?」

「銀の服にとんがり帽子の奴が、『ここはいいですよ』と言ったからだ。あれは魔法使いだ。服が光ってた!」

老人は芝居がかって恐ろしげに言った。

「マーク、本の続きを読んでくれ。」

親方はまだ考え込みながら話題を変えた。老人たちもおかみさんもすぐにマークの読む「三銃士」に聞き入ってやかましくそれぞれの感想を言い立てた。

親方は、今死にかかっている老人が、ウォン市から歩いて荒野を渡って逃げてきたことを知っていた。怖がって、素性も名前も言おうとしないことも。勝っている街から命からがら逃げてくるなんて、変ではないだろうか? 服はぼろぼろ、足は血まみれで、渇きかつ餓えていた。また、学のある人が、「この頃急にウォン市が強くなった」と話すのを聞いていた。ウォン市は本当に変だ。そして、その街が、遠くない未来に、ミュゼを支配するかもしれないのだ。だから不安になった。

―逃げたほうがいいんだろうか? でも貯えもない、仕事も見つかるかわからない。

 親方は老人たちを、切り離すふんぎりがつかなかった。

 切り離さなければ、お金も貯められず、身軽に逃げられもしない。連れてはいけない。足も遅くなるし、食料もたくさん必要になる。しかもとどまれば自分だけでなく、妻と子まで、危ない目に合わせることになるかもしれない。

 それでも切り捨てることができず、見捨てずに逃げる妙案も思い浮かばなかった。

 3日後、急に街がざわめき始めた。

 街の東半分と、連絡がつきにくくなったのである。

 行って帰ってくる人も、こない人もある。東はウォン市と隣り合わせの方角だ。しかし悲鳴が上がるわけでも、火の手が上がるわけでも、兵隊たちがうろついているわけでもなかった。

 親方はいよいよおかしいと感じた。もはや迷っていることもできない。見捨てられないなら、連れて行くしかない。食料もお金もないのなら、餓えたままでも、とにかく行けるところまで逃げるしかない。

 彼はありったけの食糧をおかみさんに荷造りさせた。そして自分は、老人を背負うかごを探しに行った。そして帰ってこなかった。親方の行った先は、街の西半分に入っていたはずなのだが、すでにそこもおかしな空気に浸食されていた。

「お父さん、帰ってこないね。」

「だめ!」

 おかみさんは鋭く言った。マークはびくっとしてドアの取っ手から手を放した。

「探しに行ったほうがいいと思って…。」

「もう少し待ってみましょう。」

親方不在の今は、おかみさんがこのギルトの主だった。彼女には一つだけ分かっていた。おかしくなり始めていた頃には聞かれなかった悲鳴やものの壊される音が時々する。中にいてもドアが破られたらおしまいだが、とにかく外に出てはいけない。

おかみさんは荷造りのひもをほどいた。親方なら別の判断を下しただろう。ミュゼには抵抗する力などないのだから、そして死にかけの老人が命がけで逃げなければならないものが、ウォン市にはあるのだから、征服されたらいよいよ危ない。ここは、様子のおかしくなった東半分から帰ってくる人もいたことを考えて、逃げるほうに賭けようと。

しかし彼女は女だったので、目の前の危険を冒すよりも、怖くないほうを選んだ。明り取りの小さな天窓(掃除夫の家は、ガラス拭きをしなくて済むように、小さな窓が一つだけだった。)を、外から見えないように、段ボールでふさいだ。

「食べ物はあるから、騒ぎが収まるまで静かにしていましょう。…お父さんも帰ってくるかもしれないし。」

 皆は息を潜めて、明かりもつけず、物音も立てず、何日もいないふりをした。

 しかし結局は水が尽きて、外に出なければ死ぬかもしれないという時が来た。

 時にガラガラと建物の崩れる音がした。美しく、学術的な建物や、れんがの美しい道や、本のいっぱい詰まった知的な部屋が、燃やされたり壊されたりしているのだろうか。何も分からない。

 死にかけで寝たきりだった老人は、早くに恐怖のために死んでいた。ドアも窓も開けられないので、死臭が立ち込めた。

 死体のある部屋で、夫は生きて戻ってくるかもしれないという、苦しいだけの希望にさいなまれ、食べ物も水も残り少なく、今か今かとおびえているよりも、いっそ死ぬほうが楽かもしれないと、おかみさんは恐怖に勝てなくなりつつあったが、ふと息子を眺めた。

 この子はまだ若い。この子にはまだ希望がある。

 私は夫を亡くしたのだし、他の2人は老人だが、この子には嫁をもらって、掃除夫の一家を立ち上げるという未来がある。

 おかみさんは勇気をふりしぼった。

 ほかの二人の老人が寝たのを見計らって、食べ物と水の残りで、傷みにくいものをすべて包んで、マークの背中に自分の手でしっかりと結びつけた。マークが赤ん坊の時に横に置かれていた、大事なほうきを自分の手で渡して、いつもしていたように、汚れた頬を、自分の指とエプロンの裏でぬぐった。なるべく音のしないように、オーバーのほこりを払って、暗闇の中手さぐりで、すべてのボタンを自分でとめてやった。

 マークはこれまでのところ、健気に耐えていた。育ち盛りで一日に2食は余分に食べていて、そのうえおかみさんがいつもおやつをポケットに入れてやっていたのを、今は老人とおかみさんで人参一切れずつという、空気や水と変わりないような、食べてすぐお腹のすくような食事に耐えている。老人たちはますます食い意地が張って、ひっきりなしに不平を言っていたが、それも一言も言わないで、ときどき涙目になりながら非常時だと理解していた。

「行きなさい。戦争が終わったら帰ってきなさい。」

「お母さんも行こうよ!」

おかみさんは首を振って、マークの引っ張る手を外した。夫の帰りを待つという、捕まるほうが楽なのだという、逃げ切る気力も体力もないのだという、意味だった。

 隠れ始めた初日なら、逃げられたかもしれないが、今はいろんなことに疲れ切っていた。こうして立っている気力もどこから来るのか不思議だった。しかし子供のためだと思うと、背筋を伸ばして、しっかりした口調で話し、これが最後の息子の姿を、落ち着いて目に焼き付けることができた。

「終わらなかったら絶対に帰ってきてはいけない。

 東と南は行っちゃだめよ。とにかく遠くへ逃げなさい。

 お前は子供だから、きっと誰かが食べ物をくれる。」

 東にはウォン市、南にはシロ市がある。きっとシロ市はもうウォン市にのみこまれているのだろう。安全ではない。かといって、北と西は何があるのか、子供のマークは知らない。けれど彼の体が、母親を案じるよりも早くドアに向かった。ここよりも安全なところ、食べ物のあるところを探さなければならないという、若者の本能が勝っていた。外に出れば食べ物やもっと安全な隠れ家を見つけて、母や皆を外へ連れて行ける。マークは偵察に行って、帰ってくるつもりだった。できたら食べ物をたくさん持って。だめでも安全な道を探し当てて。

 マークはドアのすきまを抜けて、すぐに閉めた。

 あたりはがれきの山だった。大きな黒い物体が、がれきの山を上ったり下りたりしている。魔法使いがいるというのは、本当だったのだ。

 あれは人間がいないかを探しているのだ。マークは本能的に感じて、出てきた場所がばれないように、急いでその場を離れた。西や北がどっちなのか、マークはよく知っていたのだが、今は目印になる建物がなくて、分からなかった。

 小さな体で、一人で、隠れたり走ったり、羽のように身軽に、廃墟の中を逃げるうちに、マークは食べ物も隠れ家も、とても探すどころではないことを悟った。とにかくあの黒い物体から逃げるしかない。母と仲間のいる家は、遠く離れていった。戻るなどできっこなかった。

 


 ミュゼ市の塀の上に、数人の魔法使いが立って、「最後の人間狩り」を眺めていた。自分たちの魔法が、人を捕まえて、家族を切り離し、男女別年齢別に仕分けしていく。人間達はやがて、奴隷にされるのだと悟り始める。魔法使いの足下に、仕分けされた人間たちが、整列していた。学者というのは大人しいもので、抵抗する気配がほとんどないし、察しがいいので、恐怖と不安がみるみるうちに魔法使いたちを満たし、強力にしていった。

「お前たちはこれから奴隷にする。

よいか、ウォン市のために働け。

お前たちはウォン市の基礎となるのだ。

働かない者に飯は与えん。」

細身の魔法使いが号令をかける。

 そうすると、ますます深く人間達は絶望した。

 号令をかけた魔法使いは、心地よさそうにその絶望を吸い込んだ。

 列の間を、よくしなる細棒を持って見回るのは、奴隷の中から募った、監督奴隷である。奴隷に戻りたくないために、十二分に奴隷たちを虐待している。

 背の低い、丸っこい別の魔法使いが、跳び下りて言った。

「お前達の中で逃亡・反乱を企てた者は、拷問にかけて処刑する。長くゆっくり苦しめるぞ。

 逆に密告したものは、監督にする。腹いっぱい食えるし、給料も出す。

…それから、どんなささいな不服従も許されんからな。」

 魔法使いは列からはみ出している子供を、むちでびしびし叩いた。子供が泣きながら列にぴったりと一直線に並んで動かなくなるまでそれは続いた。

 今や列を乱す者は一人もいない。

 しかしその中背の魔法使いは、別に列を正そうと思っているわけではなかった。

 「泣くな」「笑うな」「目を見ろ」「寝るな」「横を向け」「前を見ろ」

 口実を見つけては、次々とむち打ちを加えてゆき、その苦痛を糧にした。

 反乱を起こすか逃げるしかないが、隣の者に見つかれば、密告の恐れがある。信じてよい人は誰もいない。先刻の魔法使いの言葉が、重みを増してのしかかった。

 打たれた者も、そうでない者も、一睡もできなかった。それでも朝になると、岩山を越えて、ウォン市へと連行されて行った。

 魔法使い達はばらばらに奴隷のかつぐ輿に乗った。ほうきでどこかに消えてしまう者もいた。回収した魔力を心強く感じながら、徹夜明けのうたた寝をした。

 


その頃マークは、物騒なので、平時には通らない深草の草原を抜けて、西を目指していた。強盗やならず者、変出者が出るというが、マークが一人見かけた、太った半裸の男は、必死で逃げていく所だった。マークは自分の背より高い草に安心して、少し目をつぶった。夜通し歩いたので、眠くなったのだ。半本の人参をかじり、水を飲みながら、残った食べ物をすべて渡してくれた母親を思い出したが、なぜか寂しく思わなかった。側にいて、見てくれている気がした。と、いう事は、捕まって死んだのかもしれなかった。

しかしマークは、大丈夫だと思った。

たとえミュゼの街がすべてがれきの山になったとしても、おかみさんのいるアパートだけは、ちゃんと建ったままで、黒いがれきの山をはい回っていた化け物のような物体も、おかみさんと老人たちを見つけられないだろう。親方も、どこかに隠れていて無事なのだ。戦争が終わって帰ったら、元通り二人ともあそこにいるのだ。

二人のことをどうしても考えてしまうので、マークはそう考えた。



ウォン市の王はウォンウーという白髪の初老の男だが、妻は5人いた。2人は死んで、現在妻は3人だったが、子供も3人だけだった。双子の姫と、弟の王子である。

妻の一人がよくできた(ウォン王の言葉によればだが)女で、魔法使いという、滅多にお目にかかれない人間を、2人も紹介してくれたので、彼は向かう所全て勝ちの戦勝続きだった。しかも魔法使いという者は、欲の少ない(ウォン王の言葉によればだが)人種で、報酬は全くいらないし、ただ、部屋と食べ物と、薬草を用立ててくだされば、奴隷も金も、金目の財宝も、戦争の戦利品は全て王と市に献上しますという。そして彼らは、実際そうしてくれた。兵士の中に紛れ込ませたスパイによっても、何一つネコババせず、(若干奴隷の損傷はあるものの、)全て王の下へ運んでいた。ただほど高いものはないのだが、王として育った王様には、その理屈は通用しない。年2回、街の者と村の者が行列を作って税金を納めにくるが、それと同じようなものだと、ウォン王はとらえていた。奴隷が増えすぎて困るが、廃墟の跡にウォン・シティ分市を作るのにも、奴隷は必要だった。魔法使いの連れてくる奴隷達は、餓え死にしかけても、病気になっても、ある日突然ばったり倒れて死ぬまで働き続けてくれる、実に働き者の奴隷達だった。王様は喜んで、古くからいる老魔法使いを、地下室に追いやって、新しく一人の魔法使いを宮廷魔術師の地位に据え、もう一人を、本人たっての希望で、法務大臣にした。宮廷魔術師のほうは、一日中部屋にこもりきりで、実験だか、魔術だか、何をやっているのか見当もつかないが、法務大臣は仕事熱心で、いつも牢屋や刑務所に出向いて、法と秩序を守るため、厳しく監督してくれている。彼が法務大臣についてから、犯罪者がいなくなったと、王様はどこに行っても聞かされて、自分のやったことに満足していた。犯罪者がいないと、無実の人間を拷問にかけてこの世から消していたが、それは王の耳には入らなかった。

国が栄えると、心配なのが、後継者だった。

王子の他に姉姫が二人いるのだが、これが争いの火種にならないだろうか…?

何となく最近調子がよろしくない。

誠実な(と彼は思っている)妻の一人が、いつも薬を飲ませてくれるが、よくならない。

肉親同士いがみ合い、骨肉の争いをくりひろげるのが、王にとってはごく普通の、ありふれた親子兄弟関係であったので、王は不安を感じた。そして、絶対の信頼を置く宮廷魔術師たちには、理由は分からないが、頼みたくない、と思って、地下室にお払い箱にした、元宮廷魔術師に会いに行こうとした。

その途中、病に倒れて、「天罰だ」「いい気味だ」と内心思っている奴隷達につきそわれ、自分の部屋に寝かされた。

忠実な(と彼が思っている)妻の一人が介抱に来た。

妻が大勢集まって世話を焼いてくれるのではなく、何故か一人だった。

彼女は魔法使いを紹介した妻で、王は知らないが、魔女だった。いつも黒の、レースや刺繍の入った服を着て、にじみでる黒いオーラを隠していた。

毒を盛り、息子に近づき、とりこの魔術を念入りにかけ、王妃となる算段を終わっていたが、彼女は死期の近い王にそれを囁くために来ていた。信じる人に裏切られた時の人間の深い心の傷を、ヴィラは好んだ。拷問にかけられたり、家族と切り離されたり、単純な苦しみも大きな魔力があるが、どんな剛の者も心をえぐり取られる裏切りの苦痛は、小さくても強力なきらめきで、彼女の魔力瓶を輝かせてくれる。

宝石のような輝きで、他の苦しみとは違うと、ヴィラは思っていた。この魔力は、長時間かけなければ得られない。ゆえに面倒だが、今が収穫の時だ。

「私があなたに毒を盛ったのです…。」

 王は、やっと分かったという顔をした。息子が父王の命を狙うのは、少し行きすぎだが、(王の考えでは、)よくあることだ。手段が分からなかったのだ。

「あなたの息子さんと結婚します。王妃になり、他の妻は一切許さないつもりです。」

 彼女は王が死ぬまで折檻を加え、耳元で裏切りの一部始終を囁いて、望んでいた魔力を得るつもりだったが、一生の間、人を害することしかしてこなかったウォン王の良心は、ひどく傷つき、ぼろぼろに弱っていて、強い衝撃に耐えられなかった。

 ウォン王は、裏切られたと知ると、自分の目が今までふさがれていて、みすみす悪い女に権力をすべて渡してしまったのだと悟ると、すぐに心臓が止まって死んでしまった。

 魔女は悔しそうに唇をかんでしばらくその場に立っていた。期待したほど魔力を回収する時間がなかったし、ウォン王の心から得た魔力は、思ったほどきらめかなかったのだ。

 そして息子の所へ向かうと、黒い魔力を乗せた言葉を注ぎ込んだが、王妃にするという確約をもらうに至らなかった。

―若返りの魔法がいる

それは白魔術に属する。ヴィラは白魔術師を捕まえて、吐かせることに決めた。吐かせるのはたやすいが、捕まえるのは難しい。ヴィラはその方法に様々に思いを巡らし始めた。











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