第5話「僕と魅惑的なカノジョ」

『もう一度海に行きたいな〜』


  翌日、カノジョから最後のお願いだと言われた。

  どうやら二日後、医者から半日だけ「最後の」外出許可がおりるそうだ。


「なら、また二日後に迎えに来るね」


  そのお願いを断る理由などなく、もちろん了承した。

  そして、その日にカノジョに「告白」することを決意した。



  二日後、カノジョとの約束の日、カノジョの「タイムリミット」まで残り四日の日がやってきた。

  昼食を済ませ、14時頃カノジョを病院に迎えに行った。


『まってたよ〜 来てくれたんだ!』


  何度もカノジョから聞いた、どこか懐かしいその台詞。


「キミが呼んだんじゃないか」

『そうだったね!』


  あの時と同じこの会話。

  車椅子に乗りエントランスで待っていたカノジョは化粧をし、どこかいつもより元気そうで、あの頃の面影があった。


「行こっか」


  カノジョを連れ、電車に乗って、あの海へと向かう。

  3、40分ほど乗っていると少し長めのトンネルに入る。

  それを抜けるとカノジョとの思い出の海が見えてくる。


『やっぱり綺麗だね〜』


  カノジョは笑顔で海を見つめていた。

  初めて来た時とは何かが違う、僕も、そんな気持ちで見つめていた。


『防波堤に行こうよ』


  電車から降りると、あの時と同じようにカノジョに連れられ防波堤へと向かう。

 

  カノジョは静かに海を見つめている。

  海水浴シーズンは終わり、周りからは波の音だけが聞こえてくる。


  それから、しばらくは、この海での事、一緒に取材に行った時の事なんかを話した。


『懐かしいね〜』


  僕にとっては全ての思い出が宝物だ。


『うわぁ、眩しい〜』


  太陽が水平線に沈み始める。

  あの時、夕陽を見た時間よりは、まだ一時間も早い。

  陽が沈むのが早くなり、夏も終わりが近づいてきている。


  夕陽に照らされるカノジョは、あの頃と変わらず綺麗だった。

  僕は決めた、今から言おうと。


「実はさ、沖野の事がす」

『まって!』


  その言葉を言おうとした瞬間、カノジョは今までにないくらい大きな声で僕を静止させた。


『その言葉を聞いちゃったら、笑っていけなくなっちゃうよ・・・・・・』


  カノジョの目から始めて涙がこぼれた。

  僕は、何か言うことも泣くことすらも出来ず、ただただ黙り込むことしか出来なかった。


  夕陽も沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

  あれ以降、何だか気まずくなり、帰りの電車でも何も話すことはできなかった。


『もう一つだけお願いがあるんだけど』


  病院に着く直前の事だった。


『光って呼んで欲しい・・・・・・』

「どういうこと?」


  僕は、その意味がよく分からなく聞き返した。


『だーかーら、名字じゃなくて名前で呼んでってこと!』


  カノジョは頬を赤く染めて言う。


「ひ、光」


  少し照れくさかったがカノジョの名前を呼んだ。


『影人くん・・・・・・』


  カノジョも僕の名を呼んだ。

  この時、なぜカノジョが僕の名前を知っているかなんてどうでも良かった。

  ただ、幸せなこの雰囲気にずっと包まれていたかった。


  その日、僕は始めてカノジョの名前を呼んだ。

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