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「じゃぁ、次はパールを付けていきましょうか」
ピンセットで挟んだ半球のパールを爪の根元に置いていく。この小さなアクセントがさらに指先を綺麗に見せるのだ。
「あ」
突然小さな声があがる。
「どうしたの?」
失敗でもしたのかと彼女の指先を見ると、思った通り薬指のパールが根元からずれ、擦ったような跡がポリッシュの上を走っている。
「どうしよう」
とたんに悲しみに染まる声。
「もう直らないのかな」
そういって指先を見つめる彼女は今にも泣き出しそうな表情になっている。
確かにもうこの爪は元に戻らない。もう一度やり直すしかない。けれど、そうなるとまた一からネイルしていかなければならないし、時間も掛かる。
「あの、ごめんなさ」
「大丈夫」
顔を上げた彼女に安心させるように微笑んだ。
「心配しないで」
ポリッシュが大量に入った引き出しを引くと、私はその中の一本を取り出した。それからそれを彼女の薬指の爪に塗って行く。
「わぁ…」
うるうると涙を零しかけていた瞳が、パッと見開かれる。
「可愛い」
薬指には少し大きめのブルーやパープル、ピンクの入り混じったラメが敷き詰められた。シンプルなネイルのなかでその薬指だけが強調される。桜貝を邪魔しない可愛らしいネイルになった。
「失敗したと思っても諦めないで。こうやってさらに素敵にすることだって出来るんだから」
「ありがとうございますっ」
去り際、彼女は満面の笑みでお礼と綺麗なお辞儀をしていった。
『勇気が出ました。本当にありがとうございました』
そう言った彼女は、明日、想いを寄せる彼に告白するのだとレッスンが終わった後に言ってくれた。今日ここへ来たのは偶然だったけれど、少しでも可愛く見られたいと思ったからだそう。
野球部の彼には、一度図らずとも彼女の思いが伝わってしまったらしく、さらに同時期に学年一可愛い女の子も彼の事を想っているらしいと噂が広まった。それまで友達として傍に居た彼と変な距離が出来て、悲しかったと彼女は言っていた。今日のネイルで少しでも彼女の背中を押せたのならこんなに嬉しいことは無い。ネイリスト冥利に尽きるとはこのことだ。
からん、ころん。
間抜けなベルの音を聞いてドアを開くと潮の香りが私を包んだ。
ネイルショップ人魚の涙はいつだって女の子の味方なのだ。
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