人魚の涙
カゲトモ
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からん、ころん。
店のドアが開くと、少しだけ間抜けなベルの音がする。ベルを買いに行った時に偶然見つけたもので、そのどことなく可愛らしい音が気に入ったのだ。
「いらっしゃいませ」
開いたドアの方へ声を掛ける。来店したのはショートカットの若い女の子だった。小麦色の肌がスポーティな印象を持たせる。
彼女は少し眉を下げて、恐る恐ると言った風に店内に足を踏み入れ、キョロキョロと辺りを見渡した。
初めて見る顔だ。
「お客様?」
少し挙動不審にも取れる彼女に、つい疑問形で声を掛けてしまう。悪い癖だ。
「えっ! はいっ! あのっ!」
彼女はビクリと肩を揺らすと、額に付いた前髪を払った。それから少し考えるように瞳を斜め上へ向けてから思い切ったように言った。
「お、おもての看板を見たんですけろ!」
思いっきり噛んだ。
「あの! お願いできますか!」
頬を少し朱に染めた彼女が真っ直ぐと私を見て言った。
なんて綺麗な瞳だろう。
「えぇ、もちろんですとも。こちらへどうぞ」
彼女に答えて、後ろの席へと案内する。と言っても席は一つしかないのだけれど。
「ありがとうございます」
彼女は礼儀正しくお辞儀をすると、白い木で出来た椅子に腰かけた。
「表の看板と言うことは、ネイルレッスンで良かったかしら」
「はいっ」
「かしこまりました。それではいくつか見本があるので、好きなものを選んでください」
そう言って彼女の前に六パターンほどのネイルを施したチップを出した。
私のお店、海の傍で開いた“ネイルショップ人魚の涙”では通常のネイル施術に加え、ネイルレッスンも行っている。爪の手入れから、磨き方、ケア、セルフネイルでの塗り方やデザインなどをマンツーマンでレッスンする。
基本的にレッスンは要予約だが、こうして手が空いている時には飛び込みでも構わない。随時オッケーだ。
「えっと、あの、じゃぁ…」
彼女はチップとにらめっこをしていたかと思うと、躊躇いがちにシアーピンクの落ち着いたチップを指差した。
「このネイルが良いんですけど…」
てっきり元気の良いビタミンカラーの明るいデザインにすると思っていたので、少し驚く。
「かしこまりました。ではこちらのデザインで準備しますね」
にこりと微笑むと、彼女はなぜか申し訳なさそうに微笑み返した。
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