かたつむり

吉岡 柑奈

大学1年の夏




「はぁ、暑いし、だるい、帰りたい…。」


「私だって好きで来たわけじゃないんだから我慢してくださいよー。」


「おい、あと何キロあんだよこの道。荷物死ぬほど重い…。」


「だいたい5キロくらいかな?電波悪いからナビ反応しないんだよぉ。」


8月某所、私達歴史サークルメンバーの4人は足元の悪い砂利道をぐだぐたと歩いていた。

左右には田んぼ、草、山、虫。

空には灼熱の太陽がジリジリと空気を焦がしている。

どうしてこんなド田舎にわざわざ出向いたのかというと、一言でまとめるなら


《運が悪かった…。》


もう少し付け加えると夏のサークル活動の一貫として『歴史研究発表会』なるものがウチの大学には存在してまして。

サークル全体で約30人以上いる学生たちが

4人か5人くらいのグループを作り、

大都会からド田舎まで東奔西走して

1週間泊まり込みで歴史を学んでこよう!

っていう企画。

(無駄にお金がある大学だから余計なことにお金をかけるらしい。)


だけどその歴史を学ぶ場所に当たり外れがあって、

くじ引きで決めた結果私達はその外れを引いて今に至るってわけ。


リーダーは私、織原希子オリハラキコです。


オリエンテーションを交えた企画なので、

メンバーは全員新入生。


ハズレくじを引いた時のメンバーの絶望感はそれはもう大変なものでしたね。

泣いてる子もいたし……。


「ハズレ引いていなければ海でカキ氷食べてたかも知れないのにー!」




「希子ちゃん愚痴ばっかり!開き直って楽しくいこうよ!」


私の叫びを制したこのポジティブ女子は、

サークルのムードメーカー

札詩久葉フダシグハ


豊満な身体と可愛らしい顔に入学当初から大学の男どもは詩久葉にメロメロ。

入学式にナンパされて困っていた詩久葉を助けてから懐かれて、とても仲良くなった。


「なんだとぉ~。この田舎に決まってからめちゃくちゃ泣いてたくせにぃ~。」


「ち!違うの!知らないうちに涙が出ちゃっただけで!うひゃあ!お、お腹はだめ〜。」


一歩前を歩いていた詩久葉に抱きつき

お腹をわちゃわちゃくすぐってやった。


う〜ん、親友ながら可愛い反応。


たまらない。


「お〜い、お二人さんだけで盛り上がるなよな〜。」


おっと、忘れていた。

私達のやり取りを羨ましそ〜に

見ていたコイツは荷物持ち兼、最大の宿敵

青木祐介アオキユウスケ


入学早々に詩久葉をナンパした張本人だ。

顔は別に大したことない。

雰囲気イケメンかな。


「ストーカーはどうか土に還ってくださーい。」


「ス、ストーカーじゃねぇし!俺が入ったサークルにたまたま詩久葉ちゃんもいただけだし!」


「嘘つけ、詩久葉が入ったのを確認してからお前も入ったくせに。こっちは裏取れてんだぞこの野郎。」


疑心と敵意をオブラートに包むこと無く

直接粉薬で飲ませてやったわ。


「だからもうあんなことはしないって!ちゃんと反省したし、今は俺の紳士なとこ見せて詩久葉ちゃんを惚れさせる作戦だから!」


「ていうか、それ本人の前でいったら意味無くない?」


「!、ああぁ…!」


「やっぱ馬鹿…。」


「希子ちゃんも青木くんも喧嘩しないで!早くしないと、ほら、もうすぐ日が暮れちゃいますよ?」


馬鹿と馬鹿なやり取りをしていたら

いつの間にか昼間の太陽は西の山の中に沈み始めている。

詩久葉は私が喋ってる間にも早歩きだったのかいつの間にか遠くに見える。


「って言っても宿の場所がよく分からないんですよ。スマホのナビが全然…」


さっきからスマホのナビ、スマホのナビ…ってうるさい彼は釜瀬研太カマセケンタ


研太とは幼稚園からの腐れ縁。

小中高大学ともうかれこれ何十年も一緒にいるけど、仲良くなったのは最近だ。


研太は気弱な性格のせいで高校で軽いイジメにあっていた。

名前をモジって『嚙ませ犬』と呼ばれ、

とても危ないことさせられてた。


地元の不良に喧嘩売らせられたり、

万引き、

大雨で増水した川で泳がされたり…etc。


……生きてることが奇跡だわ。


そこで私の出番。

正義感の強かった私は腐れ縁のよしみで

パパッと主犯を退治した訳ですよ。


その方法は秘密で♡


今となっては良い男友達。

バカ言い合って思いっきり笑って。

あのイジメられていた研太の面影はどこにもないくらい明るくなった。


「紙の地図忘れた研太が悪いんでしょー責任取ってちゃんと案内してよね!」


「僕がダメなやつでごめんね………。」


捨てられた子犬の様な目で私を見ないで!

罪悪感がすごい!


「あ、みんな見て!あの建物じゃない?はやく行きましょう!」




* * *




田んぼ道も終わって高い垣根に囲まれている村の中に入り右手奥の建物に足を踏み入れた。


「こんばんは〜失礼いたします、私達歴史サークルのものですが………。」


古びれた小さな宿。

仏頂面の老婆が言葉少なに歓迎してくれた。


太陽は完全に山に隠れ、西の空から東にかけて紺色の絵の具で丁寧に塗りつぶされていく。


田んぼから運ばれた湿気が

私の足を生ぬるくゆるりと通っていった。

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