シキモリ 6

ヴァンDに報告を入れてからオフィスに戻ると、新品のユニフォームを抱えたユミナが立っていた。正式契約手続きが終了し、念のために出動用ユニフォームのサイズ確認するのだという。

「サクラは?」

「うちにユニフォーム渡したとこで、ボスに呼ばれたって言うて、冷蔵庫から消費期限が一番近いミネラルウォーター探して持っていきはったで」

 私は、何となく先程さっき自分が飲んだミネラルウォーターの味を思い出そうとした。

「まぁ、合理的に考えれば消費期限が近いものから使うか……」

「え?」

「いや、何でもない。その後サクラは戻ってきてないのか?」

「経理部にも寄って来るって言うてはったかなぁ……。あ、あんまり遅かったらトジマさんの方が先に戻ってくるかもしれんから、トジマさんに更衣室の場所教えてもらいって言うてはった」

「そうか。だったら女子更衣室まで案内しよう」

 言いながら右手を差し出すと、一瞬なにかを考えるような間が空いてから、遠慮がちに抱えていたユニフォームが渡された。

「おおきに」

「どういたしまして」

 そうして更衣室の前まで案内したところで、ふと、慣れていない義手でうまく着替えられるのだろうかと気になった。が、そんなことを私が言うとセクハラで訴えられかねないので、余計な藪はつつかず、ユミナが新品のIDカードで更衣室のドアを開けて中に入るのを見送る。

そこで突然、待機要員は五分以内に出動準備を終了させるよう放送で指示が入った。

どうも違う場所で藪をつついたらしい。

私は、自分も着替えに行くことを女子更衣室のドア越しにユミナへ伝えて、自分のロッカーに向かう。

耐熱下着に着替えて、こちらも耐熱繊維製のカーゴパンツをはいたところでマチバが更衣室に飛び込んできた。

「いきなりだよねぇ。状況は、どうなってんの?」

 裏返しになった服をそのままロッカーに放り込みながら質問してくる。

「私もはっきりは判らないが、ひょっとしたら柄にもなくまじめに仕事をしすぎたかもしれん。それより――」

「なに?」

 質問を口に出しかけてから、この状況で訊くことだろうかと一瞬ためらう。それから、いま聞いておかないと今日はもう機会がないかもしれないと思い、言葉を続けた。

「お前、ユミナに何をしたんだ? 私も付き合いが長いわけじゃないが、あちこちに地雷が撒かれているようなタイプじゃない筈だぞ」

「ああ、あれ。あのサングラスとマスクとったら? って言ったんだ。自分が思ってるほど、周りは他人の容姿なんか見てないぜって」

 私はマチバの言葉を聞きながら、ヘルメットを被った。ヘッドセットがデータケースと自動接続して作戦内容のデータを再生するか尋ねてくるのを、とりあえず無視する。

「――そうしたら『ホラー映画観るのにもお金はかかるねんで』って言われたから、じゃあ金払うからホラー映画見せてよ、いくら? て言ったら機嫌が悪くなった」

 私は、わざと聞こえるようにため息をついてから、ヘッドセットに作戦内容のデータを再生する様に命じた。


昨日、国内で非Schテロが行われる可能性が高いという報告をシキモリから受けた内閣官房長官は、即座に、その様な行動を起こしそうな組織の調査を指示した。

その結果、可能性が高い場所としてピックアップされたのがイワテとグンマの拠点だが、それ以外にも怪しいと考えられる場所は無数にある。その中のひとつ――とある難民キャンプへ通じる道路において、昨日オオサカ市内で盗難にあったトラックの通過が記録されていた。このトラックのCIは、道路管理システムからの走行経路情報問い合わせを無視したため、どこから来てどこへ行ったのかは把握されていない。

盗難車が、道路管理システムのリクエストにレスを返さない様に書き換えられたCIで走行しているだけでも重大犯罪だが、残念なことに、そんな車は昨晩だけでも全国で百数十台が確認されている。そして、道路管理システムのビーコンやセキュリティカメラが密集していて追跡が容易な都市部ならともかく、十数キロ間隔でしかビーコンが設置されていない地域で幽霊トラックが確認されたからと言って、すぐに捜査を行えるほど昨夜の警察組織は手隙じゃなかった。

そうやって一旦は保留事項のファイルに放り込まれた幽霊トラックの情報だが、つい先ほど別の情報と結びついて少し重要度が上がったところへ、更に別の情報が入ったらしい。

昨夜から今日未明にかけて、各地の警察がそれぞれの所轄にある難民キャンプの立ち入り調査を行ったところ、全国八か所の全てで、そこで生活している筈の難民の人数が足りないという事態が発覚。これも失踪人数が多すぎて詳細なウェイト付けが保留されたが、先ほど入った情報を元に再整理したところ、やはり、ある難民キャンプが重要事案として浮上した。この難民キャンプからの失踪者は六人。ほかの地域では十人以上の難民が行方不明となっている所もあるので、人数が特に多いわけではない。問題は、六人のうち四人が傷痍義体難民だということだ。

ちなみに、このキャンプはナガノじゃない。

ナガノの方は二十人近い人数が姿を消していて、そのうちの二人以上・・が義体難民らしいというレベルでしか情報が整理されていなかった。全キャンプ中で最多人数の失踪者と、その中に義体難民が含まれるということで他のキャンプよりウェイト付けが重くなっていたが、今の状況だと、むしろ敵のミスディレクションに手を貸してしまった可能性の方が高い。今頃ナガノのキャンプ管理者は、情報を精査するより言い訳を考える方が忙しくなっている筈だ。

そう。

私が見落としかけたもう一つの重要情報――騙されて義体を奪われた気の毒な男が居たキャンプは、夜になると遠くから潮騒の音が聞こえていた。

私は不勉強で、ナガノの難民キャンプから一番近い海までは何キロメートルあるのかを知らない。だが少なくとも、最高機能の聴力センサーを備えた義体ですら潮騒の音が聞こえる距離ではない筈だ。

そして、東北地方には難民キャンプ自体がない。

グンマとイワテに的を絞って状況が展開している状況で、私のもたらした情報が誰からも歓迎されなかったのは想像がつく。しかし、上の方でも厳しい現実に目を背けずに事態を再分析した友達の少なそうな誰かがいたらしく、晴れて十数分前にもう一か所の重要地域が浮上した訳だ。

ワカヤマ方面。

藪をつついて出てきたヘビは、すぐ足元にいたらしい。

くだんの幽霊トラックがワカヤマの難民キャンプ近く以外で走行を記録されていないことから、現在、警察は難民キャンプから数十キロの範囲に的を絞って捜索を続けている。仮に、偽装難民から奪った義体にミドノが入手したものと同じ非Schユニットを持たせ、自殺志願者のCNユニットか、狂信者のアルゴリズムで動くAIユニットを取り付け、オオサカかナゴヤあたりのソフトターゲットを狙いに来ると想定すると、時間的にギリギリか、すでに手遅れだ。

考えれば考えるほど、状況の厳しさに現実逃避をしたくなってくる。できれば、こちらの方が間違いで本命はやはりグンマかイワテの方だったということになるよう神様にお祈りしてみたら、聞き届けてもらえるだろうか?

何にせよ、この状況では居残り組の自宅警備員部隊にも出動の指示が出るのは致し方ない所だろう。

陸自のヘリポートへ向かう車の中で、私は自分のデータケースからユミナのヘルメットに作戦内容のデータを送信した。ユミナのデータケースが、チンピラ事務所の爆発事故で壊れてしまって買い直していないのは昨日聞いたままだ。

ユミナは頷きながら再生される情報を確認していたが、むしろヘルメットに内蔵されたヘッドセットの音質と、フェイスシールドの情報表示機能への驚きの方が大きい様に見えた。

「VRグラスぐらい使ったことがあるだろう?」

ゲームセンターゲーセンのやつは、視線追いかけて勝手にレイヤー切り替えてくれへんし、オートフォーカスも甘くて文字表示とかも見にくかったで。スピーカーも遠近感のない音やったし」

 そう言われると、確かにユニフォームのヘルメットが持つ性能は民間用VRグラスの最上位機種並みなのだから、感動するのかもしれない。

そうこうしているうちに車はヘリポートに着き、私たちは待機していたドーファン5に乗り込む。副操縦席にマチバが、後席に私とユミナが座った。

「試作品の非Sch収束装置と義体化小隊を載せたオスプレイⅡが先行しています。コイツのアシでオスプレイⅡに追いつける訳はないんですが、急いで追いかけます」

 パイロットの言葉を聞いて、何となく今回のカラクリも見えた気がした。上の方でどういうやり取りがあったのかまでは判らないが、待機兵力の本命は陸自の試作兵器で我々はバックアップのバックアップということだ。別の見方をすれば、このメンバーに何かを期待するほど上も無能じゃなかったとも言える。

「だったら、俺らいらないんじゃないの?」

 マチバが笑いながら、パイロットに向かって言う。

「さぁ、その辺りの判断については自分には何とも……」

 パイロットも苦笑しながらそう返す。

その後は特に会話も無くヘリは飛び続け、ナラ県に入った。もう少し行くと空自のレーダー基地があったんじゃなかったかと、車で移動する時の記憶をたどっていると、非常通信のアラーム音が鳴った。

『目的地、シオノミサキ方面から、キイサンチ方面に変更。詳細位置については現在確認中』

 続けて、フェイスシールドに情報が表示される。

つい一〇分前、幽霊トラックがキイ山中を走行しているのを警察車両が発見。停止を求めたところ逃走を開始し、車両通行が困難な山道に侵入、数十メートル走行したところで脱輪し数メートル下の崖下に転落した。破損した車両からは二体の戦闘義体が脱出し、山中へ逃走したことが確認されている。

続けて、パトカーのドライブレコーダーのものらしい動画が再生された。

左側が山、右側が谷になっていて、幅が一・八メートルほどのまばらに雑草が生えた山道。そこを、車体の左側を山肌に擦り付ける様にしながら幌付きのトラックが走り、そのまま道幅が狭くなったところで左車輪を傾斜に乗り上げながら右車輪を谷側に脱輪させて、おもちゃが転がる様に右側へ転がり落ちていく。撮影しているカメラを積んだ車両は停止し、助手席から降りた警官が銃を抜きながら歩いていく後ろ姿が映った。数秒遅れて、運転していたらしい警官が右側の崖下から上がって来る姿が映る。恐らく、道幅が狭すぎて運転手側は崖の斜面にしか降りれなかったのだろう。

少し歩いたところで待っていた助手席側の警官は、運転していた警官が来たのを確認してから、銃を構えて慎重に車の転落場所に近づく。運転席側の警官は、バックアップする位置で銃を構えた。

その直後、先行していた警官の銃から硝煙が上る。崖下から上がって来るらしい何かに向かって続けざまに三発。

次の瞬間、崖下から三メートルはありそうなが現れた。円筒形の身体に数対の脚を持つそれは、画面の右側から現れると、巨大な蜘蛛を思わせるような動きで山道を横切り左側の山に消えていく。先行する警官は更に四発の発砲を行ったが、相手は歯牙にもかけない様子で消え去った。

銃を構えたまま、茫然とした様子でそれの消えた山を見る二人の警官。

しかし、映像はこれで終わりではなかった。

先行していた警官が気を取り直したように左側の山へ銃を向けて前進し、後ろの警官も再度バックアップの姿勢で続く。二人の警官の注意が巨大なが入っていった山の方へ向いているその時、後ろの警官とカメラの間の山道に、崖下から何かが上ってきた。今度のそれはヒト型をしていることがはっきりと判るし、私にも何となく見覚えがあった。そいつは、カメラの方へ一瞥をくれると、先程の一体と同じように左側の山へと消えて行く。

物音に気付いた後方の警官が振り返り、慌てた様子で画面の左側へ銃を向けたが、今度は間に合わなかった様子で発砲はしなかった。

動画はここで終わった。

続けて、今の動画から切り出したらしい静止画が表示される。

初めに現れた巨大なは、修正された静止画で見ると四対の脚を持つ歩行戦車のように見えた。更に、その静止画の横にどこかのデータベースのものらしい写真が表示される。二枚の映像に写っている物は、細部が異なってはいるが同じ機体を元にしていることは明らかだった。

ンガミア03型 汎用戦闘歩行ユニット

私は名前ぐらいしか知らないモデルだが、アフリカローカルではかなり使われている機体らしい。防御力、移動速度とも全地形型歩行ユニットとしては二世代前の代物だが、耐久性と汎用性の高さでは最新型にも引けを取らない。単純な資材運搬用から、ミサイルの発射・管制機能を備えた戦闘義体用まで、広範な使用に供せられる。そして、最大の特徴は――

四体以上のヒューマノイド型ロボットあるいは義体に分割カモフラージュして、敵地に侵入させられること。

「なんてこった」

 ヘッドセットから、マチバの呟きが聞こえた。

「ああ。やはり私みたいな不信心な人間の御祈りは、神様も聞いてくれないようだ。ユミナ――」

「え、なに?」

「現地に着いても、あんたはこのヘリから降りるな」

「え、え? どういうこと?」

「本当の戦闘になる可能性が高くなってきた。イワテとグンマは恐らく囮だが、どちらかが片付かなければ主力部隊がこちらへ来られない。それまでは、自衛軍の試作兵器と私たちで時間を稼ぐ必要がある」

 仮に、あと三十分でグンマの現場が片付いたとして、そこから自衛軍のヘリと輸送機を乗り継いでもここに到着するのは早くて一時間半後。ンガミアが低速の歩行ユニットだとは言え一時間半あれば、キョウトやオオサカは無理だとしても、ナラには到達する可能性がある。世界中から観光客が集まってきている観光都市を第二のシラルザラードにする訳にはいかないから、本体が到達するまでの時間を私たちが稼げなければ戦術核を使うという選択肢すら現実味を帯びてくる。

 今日、シキモリと正式契約したばかりのユミナの前で口に出せる話ではなかった。

「先行してる試作兵器部隊ってのは、どんな連中なの?」

 マチバがパイロットに訊ねる声。

「非Sch収束装置の方は、自分にはよく判りません。義体小隊は大陸の方で実戦経験のある精鋭部隊ですが――」

「ですが?」

「我々は非Sch兵器に対する実戦経験がなく、想定した訓練も机上のものですから――」

 それはそうだろう。非Sch兵器に自衛軍か警察が対応できるようになっていれば、うちの様な素性の知れない連中の寄せ集めを政府機関として囲う必要も無いから、私は今ごろ職探しをする羽目になっているところだ。

……今の状況を考えると、その方が幸せな人生だったかもしれない。

それからは、絶え間なく様々な情報が入り始め、お喋りをする余裕は無くなった。

まず、ンガミアの後で映像に写っていたヒト型義体。これは、ハウンドモデルと呼ばれる中東製のメジャーな戦闘義体を、大陸でコピー生産したものだ。昨日、ミドノが追われていたのも基本は同じモデルだが、ボディのオプションパーツが大きく違っていた。昨日のヤツは、身体中に装備した多機能センサーを装甲で保護した市街戦用のシーカーモデルだったことが判明している。

今日のヤツは、高速移動と、そこからの攻撃に特化した、俗に『ソウク』と呼ばれるタイプである可能性が高いらしい。もし、本当にソウクだった場合、整地された平地での移動速度は最高百二十キロにも達する。昨日のヤツがこのタイプなら、私たちは逃げきれていなかったかもしれない。

現在までのところ、ワカヤマの山中に潜んでいるのはンガミアとソウクの二体だけである可能性が高い。シーカーは、同一人物と思われる義体の乗った車がナガノの国道を走っているのが確認され、その後、主力部隊が向かったグンマの活動拠点付近で行方をくらましている。こっちにいない事だけが確実なら、シーカーがどこで確認されているかなんて情報はいらないのだが、上の方で誰かが誰かに言い訳をするための大人の事情が必要なのかもしれなかった。

敵の情報の次には、非Sch対策としての特例で、限定的な核兵器使用の承認がおりたことが、最高機密のタグ付きで表示された。続けて、これも最高機密のタグ付きでフィリピン沖を航行中の米軍空母に攻撃機の出撃命令が出たことも表示される。

フィリピン沖から飛んできて間に合う訳がないが、限定された政府関係者向けの情報開示だとしても、核ミサイルを搭載した攻撃機がオキナワから飛んでくると言える訳がない。

「核兵器って……なんで?!」

 ユミナの方から驚愕に震える呟きが聞こえた。自分のデータケースがあれば、ヘッドセットと連動して自動でそれに関連する情報が表示されるのだが、ユミナはデータケースを持っていない。仕方なく私は、先延ばしにしていた説明をすることにした。

「現在のところ、非Sch兵器の波動化を収束させられなかった場合は、波動化しているものを核兵器で吹き飛ばす以外に確実な処置方法がないんだ」

「普通の爆弾とかじゃあかんの?」

「細かい数値は忘れたが、爆速が足りない。波動化した物質は、ある一定以上の爆速で一気に破壊しないと存在確率の復元の方が早くて破壊できないらしい」

「一万三千メートル毎秒以上です」

 突然、パイロットが言った。

「え?」

「波動化した物質を破壊するのに必要な爆速ですよ。ちなみに、TNTなんかの通常爆薬で大体七千メートル毎秒、最新の高性能爆薬でも一万メートルを僅かに超えるぐらいです。理論値としては一万二千メートルを超える爆薬の分子構造も判っているんですが、今のところ合成方法がありません」

「詳しいな」

「皆さんの作戦行動をサポートする関係で、講義があるんですよ。最近は量子コンピュータを使った分子構造計算も頭打ち気味で、合成方法の確立まで含めたら、一万三千メートルを超えるにはまだ十年かかるんじゃないですか」

その話は私も聞いたことがある。二十世紀後半、コンピュータによる電子軌道計算でCL―20爆薬の分子構造が設計された。それ以降、爆薬の開発はコンピュータを使った設計が主流になっているが、安定性と合成方法の確立がボトルネックになり、未だ核を超える破壊力を持った爆弾の開発には至ってない。爆速だけで言えば核爆発も一万三千メートル毎秒を超えられないが、核の場合は熱による気圧変動の前に光速に近い粒子線の放射があり、波動化した物質の破壊においてはこの粒子線の効果も大きい。

ユミナは、まだ納得がいかない様子で何かを考え込んでいたが、私には彼女を納得させるだけの話の材料も無い。

そして、私たちが話している間にも状況は刻々と変化し、次々に新しい情報が入って来ていた。

先行している部隊は、五分前に展開予定地域上空に到着。ただし、予定地域自体が半径十キロを超えるエリアとなるため、絞り込みの為の索敵ドローン十八機を投下してンガミアを探している。

敵の詳細位置が把握できれば、近場で波動化収束装置を使用できる場所を目標地点として追い込み作戦を開始。我々は、先行部隊が展開する際に当該地点上空で待機して、波動化収束装置使用の直前に目標地点に降下、収束装置の効果が芳しくなかった場合のバックアップを務める。

敵が波動化する前に先行部隊が制圧できる可能性もあり、その場合、我々は遊覧飛行をしただけで出張手当が貰える。

作戦概要を確認しながら、ふと思った。

「今回は、私も必要ないんじゃないか?」

「いや、トジマさん、あんたの仕事、通信機の代理人だけじゃないから。俺だけ仕事させようとか、勘弁して」

 冗談を言ったつもりではなかったのだが、マチバは笑いながら返してきた。

作戦行動中の私の役目は、脳感応波を使用した通信ルーターの代理だ。自衛軍の様な戦闘に特化した訓練を行っておらず、電脳化も行っていないシキモリのメンバーは、複数人数での行動になると、作戦中に情報を処理しきれず状況認識を誤る危険性がある。それを防止するため、精神感応でシキモリのメンバーの状態を確認し、状況に応じて、必要な情報を脳に直接送り込んで補足するのが私の主な仕事だ。つまり、先行部隊の展開に私は不要、仮に、こちらの部隊の行動が必要になったとしてマチバ一人が動くだけなら、中途半端に私が情報を中継するより直接指示で動く方が的確になる。

 それから、この場面で通信機の代理人以外、私に何の仕事があったかと少し考えた。考えなくても判っていた話なのだが、自己欺瞞の下へ隠した問題意識を引きずり出す時間が必要だ。

「成果の上がらない無駄仕事は止めることにしたんだ」

 私は、ため息交じりに言った。

「いやいや、それ、トジマさんが勝手に決められることじゃないしね」

 マチバが、苦笑しながら言う。所詮この男にとっては他人事だ。私も、先行部隊がデコヒーレンスに失敗した時にマチバが出て行くことについては他人事だと思っているので、お互い様か。

もう一つの私の仕事――

情報戦において、脳感応能力メソッドの進化により、ここ二十年ぐらいの間で大きく変わった状況がある。ある意味では、今までの人類史における常識をひっくり返す変化だと言ってもいいだろう。

即ち、脳感応能力者の存在により「死体は情報を吐かない」という概念が絶対のものではなくなったのだ。

もちろん、どんな死体からでも情報を引き出せるなんてことはなく精々せいぜいが死んで数分以内の死体に限られるが、例えばテロリストが自決するようなシチュエーションで私の様な能力者がいれば、結構な確率で情報を引き出すことができる。

そこには、銃弾が貫通した脳であっても残りの部位から可能な限りの情報を絞り出すための、良識ある人間なら言葉にすることすらためらう様な医学的手段も伴う場合があるし、死にかけている人間の脳に繋がるというのは、それだけで精神的にかなりのストレスになる。ただ、技術的な話に限定すれば、肉体が死に向かう落下のさなかにあり、脳自体も見当識を失って走馬燈を眺めている状態の相手から記憶を探るのは、意識のハッキリしている人間から本人の同意なく情報を得るよりも、遥かに簡単なことでもあった。

つまり私でなくても、自殺したテロリストから情報を抜ける脳感応能力者は大勢いるし、若くて向上心の強い能力者で実績作りのためにすすんでそんな仕事をこなしてくれる連中にも不足していない……今日以外は。

そこで、ふと視線を感じて横を見ると、ユミナが怪訝な表情でこちらを見ていた。

さて、どこから説明したものだろうか、と考えながら私は口を開いた。

「ああ、そうか――すまない。説明した方がいいな。例えば、尋問を行えないほどの重傷を負ったテロリストを捕虜にしたとして、そこに私の様な能力者が居れば情報を引き出せる可能性がある――これは判るな?」

 死体から情報を引き出すなんて表現は、わざわざ今ここでする必要もないだろう。

「……うん」

「そして、一般的に情報を強制的に奪うための攻撃手段と、その防御手段は進化のイタチごっこに嵌り込む傾向がある。これは、今言ったような状況においても同じことだ。その中で一部の連中は、ある意味で決定的な防御手段を見つけ出した――即ち、最初から情報を持たない者からは情報を引き出すことが出来ない、というやつだ」

「それって、何も知らん人に自爆テロさせるってこと?」

 ユミナが不愉快そうな表情になって尋ねてくる。同時に怒りと不安が混ざり合ったような感情の波が感じられた。

「そう。その方法自体は別に目新しいものじゃない。何も知らない子供に駄賃を渡して爆弾を持たせ、遠隔操作で爆発させるなんて真似は、今世紀の初めころからどこかの神様に許可されていたみたいだからな。ただアンSchシュテロの場合は、ギリギリの瞬間まで繊細な波動化の最適調整が必要になるから、何も知らない第三者に爆弾を運ばせて遠隔操作で波動化を起こすということは出来ない。調整にAIを使うという手もあるが、一般には装置のサイズが大きくなって起爆前に発覚する可能性が人間よりもずっと高くなる。ならば、どうすればいいと思う?」

「……あんまし考えたくないけど、洗脳とか電脳化で記憶を上書きする――とか?」

「確かに、そんな方法がとられた時期もあった――が、比較的短い時間で深層記憶に潜るためのメソッドが確立されたことで廃れた。洗脳や電脳による記憶改変でも深層記憶は書き換えられない場合が多いからな。そこで、だ――」

 一旦、言葉をきって息を継いだ。

「『ロンガン』『アベレフセロス』『ファータス』――聞いたことはあるか?」

「最後のはアクション映画で悪者わるもんが祈ってた神様の名前やったかなぁ……。最初の二つは聞き覚えあるけど何かはわからへん」

「中国語で『栄光』、ギリシア語で『解放』、ラテン語で『運命』……だったかな。どれも、ここ十年ぐらいの間にでっち上げられた新米の神様だ」

「ファンタジー小説に出てくる神様みたいなもん?」

「そう。これが投稿作品なら、読む人間に同情してしまうぐらい出来の悪いファンタジーだがな。ここ最近、実行犯として確保したテロリストの頭の中には深層心理の奥底まで、どこかで聞いたような物語を継ぎはぎしてキャラクターの名前だけを入れ替えた様なストーリーが、本人にとっては実話として詰まっていた。そして、先程さっきの神様の名前が世界を支配する統一神として鎮座してるんだ。深層記憶からテロ拠点の情報を正確に読み取れても、それがクローゼットの奥や駅の柱の向こうにある世界では私たちには手が出せない。つまりは無駄仕事、という訳だ」

 私は、自分の手の中にはこれ以上のネタがないことを示す様に両掌を上に向けて見せる。これでひと通りの説明を終えたつもりだったが、ユミナの表情から疑問の色は消えていなかった。

「でも――どうやったら深層心理まで、そんな作り話を信じ込ませられるん?」

 そう訊かれて、私は説明の仕方を間違えたことに気付く。今の話の流れでは疑問を感じざるを得ないだろうが、できれば、このタイミングでユミナに説明するのは避けたい部分に踏み込んでいた。

 私は、嘘にならず刺激の少ない説明の仕方を考えて、少しユミナから視線をそらす。

「世の中のことなんて全然知らないような年齢としの子供を誘拐してきて、完全に隔離した環境でファンタジーを実際の世界だと教えながら育てるんだよ。まぁ、基本的な部分は八十年前に児童兵を養成するのに使われてた方法と同じだよねぇ?」

 私が答えに窮している意味を取り違えたらしいマチバが、横から軽い口調で言った。ユミナから伝わってくる感情の波が、不安定な陽炎の様に揺れるのが感じられる。私は、ヘッドセットのマイクに音が入らないように小さく舌打ちをした。

「大陸の方だと、最近はあちこちに難民の自活コミュニティができてるから、身元のハッキリしない人間を欲しがる連中にとっちゃ都合のいい時代になったよね。そういうコミュニティがひとつ消えたからって本気で調べるヤツも居ないしさ」

 マチバが、バラエティ番組でコメントするタレントみたいな調子で、訊いてもいないことの説明を続けた。私はCMでコメントが中断するのを期待したが、残念なことに、この番組にCMタイムはないらしい。

「マチバ」

「え?」

「話が少し逸れている。悪いが、ちょっと控えてくれ」

 この男も、これで意味が通じないほどバカじゃない――ことを神様に祈ろう。

「あ、あー……うん。そうだね。確かに、話が逸れたかも、だ。失礼」

 マチバは軽く肩をすくめてから、こちらを見るためにひねっていた上半身を正面に戻した。

それを待っていた様にユミナが口を開く。

「なぁ、トジマさん――うちらが戦う相手って、誘拐されて監禁されて洗脳された子供なん? 義体技術や特殊能力の訓練技術が発達して、うちみたいな大ケガしても何とかなる時代になっても、そんな子らが自爆テロさせられてるって事なん?」

「残念ながら否定はできない。ただ少し見方を変えると、そういう子供たちも我々のものとは対立する価値観の社会システムにおいて教育を受けてきた、普通の兵士だとも言える。向こうからすれば、我々や自衛軍こそ神に背き倫理観を失った社会システムにより洗脳された逆賊だろう。それともう一つ、我々の相手が必ず児童兵だという訳でもなく、自らの意志でテロリストになることを選んだ連中も多い」

 そして、倫理観を失った社会システムに染まっている私のように卑怯な大人は、必要があれば、こうやって話をすり替えながら世間知らずな女を誤魔化すぐらいのことはやってのける訳だ。

 人間の行いの本質が簡単に変えられるなら、今頃は争いや貧困が世界から一掃されていてもおかしくない。結局、中身はそのまま見た目だけが時代のスタイルに合わせて変化し、時を経るごとにシステムが複雑化していくに過ぎない。

「……そっか……」

 そう短く呟いたユミナから、感情の変化が脳感応波として伝わってきた。

怒りでも、悲しみでも憐憫でもない、冷たく深く沈み込んでいくような、あるいは硬くどこまでも透明に澄み渡っていくような感覚。情熱が急激に冷めていくときのしおれる様な感触にも似ているが、それとも明らかに異なる、無理に言葉に直すならば不安とか動揺とか言うような感情の波が収束するときの手ざわりか。

私は続ける言葉も無く、ため息に聞こえないよう気を付けながら溜まっていた息を吐き出し、シールドに投影される情報に視線を戻す。

展開予定地域上空到着まであと五分。

そろそろンガミアの居所は掴めただろうかと思ったところで、信じられない情報が入ってきた。

先行部隊が戦闘に突入。

パイロットから、鋭い驚愕の感応波が発せられたのが感じられる。

「どうなってんの、早すぎるでしょ」

 マチバの方からから、無意識に漏らしたらしい低い呟きが聞こえた。

その時、ヴァンDから緊急通信が入った。

『トジマ、マチバ受信できているか?』

「できてますよ。どうなってるんですか?」

『こちらでも詳しくはわからんが、自衛軍側の判断で戦闘を開始したようだ。索敵ドローンの情報を元にコンピュータに推測させたところ、地形的に外したくないタイミングだった可能性が高い』

「簡単に人里離れた谷間のくぼ地へ追い込めそうなポジションに敵がいて、移動する前に叩きたかったって事ですか?」

『そんなところだ。今こちらにも現場の映像が回ってきたから、そちらへ送る。自衛軍の確認を通しているからリアルタイムより一分程度遅れ――』

 その後の数秒の沈黙には、ヴァンDの脳感応波がここまで届いているのかと間違えるほどの心の動揺が伝わって来た。この男が話の途中で言葉を失う場面に出会えることは、この後一生ないだろうが、それを喜べる状況でもない。

『想定外の事態が起きた』

 そう言ったヴァンDの口調は、平静を装うのに成功しているようには聞こえた。そのお蔭か、続けて言われた言葉は私の平静を失わせるのに十分なインパクトを持ってはいたが、不思議と心の動揺は生まれなかった。

『敵は非Schウォークを使うようだ』

 その言葉に続けて、現場のものらしい映像が表示される。

森の中、アンブッシュで敵を待ち受ける位置からの視点映像。恐らく、先行部隊の隊員から見た映像だろう。

そう思う間に、十メートルほど先の木々の間を縫うように数メートルの物体が現れた。ンガミアだ。形容するならば、八本の脚を持ち体長が三~四メートルほどの、複合装甲製芋虫。ボディの色が出鱈目にマダラなのは、無関係に見せかけるようバラバラの色で塗装した四体の義体を後で繋いでいるからだろう。

移動速度は時速三十キロほどだろうか。木々の茂った山中を移動している事を考えればかなり早い。

映像の中で銃を持つ腕が素早く動き、ンガミアに掃射を加える。ンガミアのボディ表面で小さく火花が散り、攻撃を避ける様に方向を変えた。今の状態であれば、もっと破壊力のある攻撃を加えれば波動化前に行動不能にできそうにも感じるが、万がいち仕損じた場合に収束装置を展開できない場所で非Sch化されると事態が難しくなるのだろう。

そこで映像が変わった。

今度は、開けた谷間を見下ろす斜面の上で、何かの装置を操作している手元が見える。装置の大きさは小型の冷蔵庫ぐらいで、大きなディスプレイと、それよりも少し小さなタッチパネル、無数のスイッチとスライドバーが付いている。視点の持ち主は、収束装置を操作する隊員だろう。木立の間から谷底のそこそこ広い範囲を見渡せる位置に陣取ってはいるが、おそらくこの位置では下からも視認される筈だ。

何故この映像に切り替わったのだろうかと思った途端、対面の山中からンガミアが現れて谷底へ駆け下りて行く。そのまま、川が涸れて湿った土がむき出しになっている谷底のぬかるみをものともせずに、こちら側の傾斜へ登って来ようとしたところで進行方向の土手が爆発した。

その爆発で映像の視点も大きく揺れたが、視点の持ち主は動揺した様子も無く、ンガミアの位置を確認しながら目の前にある装置の操作を続ける。

一瞬、ンガミアの動きが止まった。

目の錯覚かカメラの不調の様に、ンガミアの輪郭がぼやける。そして、カメラのレンズにゴミでも付いたのかと思うような、曖昧な黒点がンガミアのボディ中央付近見えた。

次の瞬間。

ンガミアのボディ全体が黒い霧に変わった。

波動化――

それを確認した視点の持ち主がタッチパネル上のボタンを押し、また谷底へ視線を戻す。すると、何処からともなく数機のドローンが飛んできて、黒い霧の周りを飛び回りだした。黒い霧の表面がドローンの放つ光で覆われる。光は走査レーザーだろうか?

非Sch現象による波動化も、収束させる方法は単一の量子の場合と基本的に同じだ。観測――あるいは何らかのエネルギーで干渉――して状態を確定すればいい。ただ、単一の量子はその一個を観測すれば状態が確定するのに対して、非Sch状態となった物質はディラックの海に片足がはまり込んでいるから、一部を観測しても状態が確定せず、全体をまとめて観測しなければならないだけだ。

デコヒーレンサーの能力も基本的にやっていることは同じで、マチバに言わせれば、二百個のピンポン玉を自分の両手だけで抱えて、落とさないように百メートル走るぐらいの集中力があれば何とかなるらしい。私には一生かけて練習しても無理そうだが、プロのジャグラーなら何とかなるかもしれない。機械なら、もっと簡単そうだ。

結果がそうならないことは知っていた筈なのに、映像を見ながらそんな勘違いをした。

ドローンの放つ光の中で、黒い霧が、ほんの一瞬だけピントの合っていないンガミアの様に見えた次の瞬間、それは更に曖昧な直径十メートルほどの霧柱に変わった。

数基のドローンがその霧に飲み込まれる。

視界が揺れて、視点の持ち主の心の動揺が伝わってきた。

続けて、残りのドローンのうち二基が火を噴きながらはじけ飛ぶ。こちらは何が起こったのか理解できなかったが、すぐに、索敵ドローンが射線から狙撃手の位置を割り出したと情報を送って来る。そこで初めて、ソウクの存在を失念していたことに思い当った。

結果論だけで言えば、収束用走査ドローンを喪失したこの段階で作戦は失敗しているのだから、先行部隊は撤退するべきだったのだろう。だが様々な理由で、実際の現場では最良ではない結果に繋がる判断が生じる。

また映像が切り替わり、今までとは反対側の斜面から霧柱に向かって銃を構える視点になった。初めにンガミアを追い込む役についていた隊員だろうか。

映像の中で銃が操作され、霧柱に向かってグレネードが発射される。グレネードは霧柱のすぐ手前に着弾して爆発したが、発生した爆炎は霧柱に対して何の影響も与えなかった。まるで出来の悪い合成映像の様に、霧柱のこちら側だけで不自然な形状の爆炎が広がる。

次に起こったことは、この隊員の視点では理解が出来ない。霧柱は理解不能な動きをして、気が付いた時には目の前にいた。無意味な銃撃、そして映像の途絶。

また違う映像が表示される。今度は、たまたま近くにいたドローンのものだろうか、谷間と言うよりは山を見下ろす位置で、画面の隅に霧柱が映っていた。後処理らしいズームアップで霧柱が拡大される。次の瞬間、霧柱は映像のコマを飛ばした様な動きで山の斜面を駆け上り、そこで、この映像も終了した。

数秒待ったが、それ以上の映像が表示される様子はなく、私は無意識のうちに浅くしていた呼吸に息苦しさを感じて深呼吸をする。

誰も、何も喋らなかった。

非Schウォーク――存在確率の分布を利用した高速移動。

少し前に一度だけ、実験映像で見たことがある。

詳細情報の流出を避けるため必要な情報に影響しない範囲でフィルター処理されたザラつく映像の中、草がまばらに生える広い更地に置かれた二十フィートコンテナほどもある大きさの実験ユニット。それが黒い霧柱になったかと思うと、コマ飛ばし映像のように数十メートルの距離を移動し、煙を上げながら横倒しになった状態で「こちら側」の世界に戻ってくる。実験ユニットの周囲に張り巡らされていた接触センサーは、コマ飛ばしの中間地点ではユニットの接触を検出しておらず、実験ユニットが量子論的な跳躍状態で移動したことを証明していた。

あの映像記録は、いつのものだっただろうか。五年前なんて大昔じゃなかった筈だ。古くてせいぜい三、四年前――その当時、六メートルの船積みコンテナ並みのサイズを必要としたユニットが今では三メートル強の歩行装置に乗るサイズまで小型化されているのは、例の小型非Schユニットによる効用が大きいのだろう。逆に言えばウォークに関わる制御装置やら何やらを載せるために、ンガミアのボディサイズが必要だった訳だ。

この技術は非Sch状態の高度な制御が必要で、制御喪失による波動化伝播の危険性も極めて高い。非Sch兵器拡散防止条例の規制対象にもなっている。

通常兵器を無効化した状態で闊歩し、移動した先で「あちら側」の世界への門を開いて世界を滅ぼす、或いは、暴走してしまうと自分の意志とは無関係に世界を滅ぼす――そんな神話か怪獣映画にしか出てこない筈のモンスターを現実のものにしたいとは思わない程度に、国際社会も思考力を残してはいた訳だ。

しかし、国際ルールをジョークのネタだと思っている連中なら、こんな魔法のランプが手に入れば自分たちの威信を示す最高のチャンスだと考えたっておかしくはない。ランプを擦って出てくるのがジニーじゃなくメフィストフェレスだと知れば、更に煙が出る勢いで擦りだすだろう。

そして、今これに関わっている十何人かの関係者だけが、運悪く、世界で初めて実戦で悪魔との契約が交わされる瞬間を目撃する栄誉に浴したのだ。

沈黙の中、そんな考え事をしているとヘリが目標地点に到達したことを示すスタンプマークが表示された。

同時に、ヴァンDから通信が入る。

『先行部隊は撤退行動中。そちらは、そのまま上空で待機。敵への追撃行動は行うな。戦力の逐次投入になる。いまグンマに向かった部隊を引き返させるよう手配中だ』

 むしろ、追撃をしろと言われても無理だ。

「了解しました」

 とだけ答え、通信をきる。

不安な中にも、とりあえず時間の猶予が出来たことに全員がほっとしたため息を漏らす。

その次の瞬間――

この機体がロックオンされたことを知らせるアラートが響き渡った。

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