第3話 うっふっふ
「うっしゃーーーっ!!」両足を踏ん張り雄叫びを上げ自らに活を入れる。
声援のボルテージも一層上がる。
あぁーー、気持ちいい。
ゾワゾワする歓喜に満たされ主役気分を堪能する。しかし徐々に取って代わる緊張で鼻息が荒くなっていく。
意を決し汗ばむ両手でナイフの柄をがっしり掴む。体重を乗せて思いっきり引っ張る。奥歯を噛みしめ額に筋が浮かぶほど力を込めた。「ぐぎぎぎぎ」全身がブルブル震える。
ナイフはピクリともしない。
「なんっでよっ!」
声援は明らかに盛り下がっていく。
ドルフは顔を覆うようにこめかみを押さえている。
「な。もう諦めなって……」
何か言いたそうだが、その先を言い淀む。
「もう抜けそうよっ」
そう言い返すだけで精一杯だった。
おやっさんは微動だにしていないナイフに視線を落とす。
「才能もねえ夢追ったって辛いだけだろ?」
グサリと痛いところを突き刺された。そんなことは自分でもとっくに気づいていた。
随分はっきり言ってくれるじゃない。何年もずっとずっと続けて来たことを、それを『もう止めよう』なんて、どうすりゃ決めれるのよ。
「おやっさん言い過ぎだぞ」「モコちゃんだっていつか抜けるに決まってるだろ」
とても温かい援護射撃だった。しかし運良く才能に恵まれ勇者になった連中の慰めは、余計に心を掻き乱す。
才能って何なのよ?魔法でも使えりゃエラいわけ?
「無責任なこと言うんじゃねえ。見込みもねえのに希望持たせたって傷が深くなるだけなんだよ。バカどもが」
「バカとはなんだハゲジジイ」
「あぁ? 毛根焼かれてから出直して来いってんだ! ドラゴンも倒したことねえ青二才が!」
ドルフと若い勇者たちの怒鳴り合いに酒場の視線は移っていく。
「そこの任務にだってドラゴン討伐はあんだぞ」
ドルフは入口の脇で存在感を放つ壁掛け掲示板を指差す。
「ドラゴンや魔人は俺たち駆け出しの仕事じゃないでしょ……」
また私を部外者扱いするわけね?
緩んだ手がすっぽ抜け私は盛大に尻餅を突く。
だが、もはや誰も私を気に止めていない。
いいわ!やってやろうじゃないっ!
くるりと体をひねってカウンターから飛び降りた。
静かに目を閉じ、大地から大気から流れ込む力をイメージする。胸前の空気を両手で掴み力が収束するよう念じる。
辺りは水を打ったように静まり返った。
片目だけ開き周囲を窺う。
酒場中の視線を奪還することに成功したようだ。
おやっさんは呆れ顔をしていた。
「いやいや、出来ないでしょモコちゃん。出来ても使っちゃダメだけど」
――えへ。
目が合ったおやっさんに舌を出して戯けて見せる。
これから起こることの謝罪みたいなものだった。
うっふっふ。こんなチャンス二度とないわ。
(余計なことを思いついたモコ、いったい何をしでかす気だ。続く)
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