なんで私だけ勇者じゃないのよっ!

蛭杉ニドネ

第1話 勇者になりたいのっ!

「だから、なんで私だけダメなのよっ」

 神都から遙か南西の街、ロイアモで唯一の酒場は日も高いうちから賑わっている。

 私は店の片隅で、ようやくアゴが届くカウンターに肘で乗り上げると、告示板から引き千切った任務書を叩きつけながら、喧噪に負けじと声を張った。

 任務内容は魔鼠エビルマウスの討伐よ。ご大層な呼び名だけど、魔獣の死体を食べたか、魔の噴出点に近づき過ぎた、ちょっと大きいだけの鼠よ。

「こいつなら私でもいいでしょっ!」。

 同年代の中でも小柄な十四歳の町娘は、一見すると子供のようで場から完全に浮いている。

「モコちゃん……」

 カウンター向こうで店主であるドルフのおやっさんが、樽から麦酒を注ぎながら、汗で地肌を透かせた背中を大きく上下させる。

 それってため息?ヒドイじゃないっ!いくら私でも泣いちゃうわよっ!

 オーク材に張り付く二つお団子髪を結った自分のシルエットを剥がさんばかりに、カウンターの木目に爪をギリギリさせた。

 おやっさんは猛獣を刺激しないよう細心の注意を払った様子でゆっくり振り返った。そのゴツゴツした手に握られている銀ジョッキには、野暮な中年男に似つかわしくない高貴な翼剣紋章が煌めいている。

 神司法庁公認の証であるその紋章は、まるで私を威圧しているようだ。

『控えおろう! この紋章が目に入らぬか!』ってわけですかっ。入るわけないでしょっ! バーカ、バーカ。

「もう、何度も、説明したじゃない。規則だからね。いくら、モコちゃん、だからって、ダメなものは、ダメ、なんだよ」

 おやっさんはいかにも腫れ物を宥めるように、ひどくゆっくりと諭し、締め括りに柔和な微笑みを浮かべた。

 くぅ、その白々しい顔ったら憎たらしい。

「手伝ってあげるって言ってんっぁぐ……」

 カウンターから降り一旦落ち着く。

 あぶない。今日こそ絶対おやっさんに勇者仕事を斡旋してもらうんだからっ。

 なんで酒場がそんな斡旋なんてやってるのか、小さい頃、母さんに聞いたことがある。

 酒は神が与える聖血だと言われ神物の一つに数えられ、神物の取扱いは神司法庁の許可がいる。だから旅人と情報が集まる管轄下の酒場で任務を告示するのが一番効率が良いそうだ。

 他には大きく、薬及び医療、魔術及び『勇者』が神物とされている。

 だから毎日こうやって酒場に押しかけ、勇者として認めさせようとしているのだ。

 もう特例で認めてくれても良いじゃないっ?

 自慢の脚力でジャンピング、そのままカウンターに土下座で着地、

「オネガイシマスゥ」

 深々と頭を下げ、精一杯可愛らしく猫撫で声を絞り出す。

「えぇ……、止めてよ、気味悪いよモコちゃん」

 おやっさんは頭との境目がなくなった額から玉のような汗が伝う。

 その顔に染み出している濃い疲労の色は、決して私のせいだけではない。

 カウンターにこそ私ともう一人だけだが、十卓以上あるテーブルは満席で、いつもの何倍も繁盛している。

 あっ。あそこで剣振り回してるの、先週勇者に成ったばかりのアーノ君じゃない。

 中央ほどのテーブルで剣を抜き放ち、洞窟に巣くった魔物を退治したとか、良くある冒険譚を自慢げに演武してる若い勇者に目が留まる。

『勇者は十六になってから』何となく慣習としてそうなっている。

 公認薬師で元勇者の一人息子ではあるが、中肉中背で取り立てて特徴もなく、何の取り柄もなさそうなアーノ君は、十六歳の誕生日に聖剣抜きに初挑戦し、そんで見事引き抜いてみせた。

 はいはい、すごいすごい。私なんて物心ついた頃から毎日挑戦してるってのに……。史上最年少勇者になるのが夢だったのに……。きぃーっ『チョコあいつ』を思い出すから考えるの止めるっ!

 とにかくアーノ君以外の客もほとんどが勇者のようで、騒々しく武勇伝を競い合っている。

 先週、街外れの林で勇者の惨殺体が見つかったせいだ。勇者殺しでも神司法庁が直接指揮することはあまりないが今回は様子が違うようだ。神都ヴェンデ・ルブルムを始め、遠方の城塞都市コーデンハイムなど、様々な管轄の勇者が応援に集まっている。

 これは手柄を上げて勇者として認めてもらう大チャンスじゃない? 鼠討伐のどさくさに紛れてうっかり犯人を捕まえちゃおう大作戦。何て完璧な計画だろう。

 たぶん絶対ダイジョウブ。聖武器さえ手に入れちゃえば何とかなるはずよっ!


(モコのそんな雑な計画で本当にダイジョウブだろうか?続く)

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