創造NECRO 

玉鋼君璽/いの/イノ

ネクロマンサーのクラフトスミス

第1話 プロローグ

 幾重もの銀の閃光が空へ走り、その数だけ甲高い金属音が鳴り響く。

 無数に犇めく軍勢が持つ矛先は、一体の赤い鎧へと向けられている。

 凶器の形も大きさも様々。剣、刀、薙刀、槍、短剣、大剣、矛、鎌、大鎌、斧、棍棒、鉄球、鞭、槌、弓矢。

 その一つ一つが一級品であり、最高峰の鍛冶師が作成した格と威力が秘められている。

 しかし、神にも届くような武具を持ってしても赤鎧は傷一つ付くことなく、逆に武器一つ持たない赤鎧は防御力を武器として軍勢を削っていく。

 赤鎧の戦術はひどく簡単だ。

 敵の攻撃を無人の野を歩くように意にも介さず、手の届く間合いに入れば籠手に備わった真紅の爪で切り裂く。

 軍勢が扱う武具でも容易く通さない装甲を切り裂くことに満足すれば、拳で砕き、肘で穿ち、脚で薙ぎ払い、膝で貫き、胴で突き飛ばす。

 辺りから音が消えた後に立っていたのは、赤鎧だけだった。

 足元には膨大な残骸が、横たわっていたが気にもしない。

 そんな赤鎧を先ほどまでの攻撃を超える音と光、熱量と衝撃が襲う。

 宿す性質は蹂躙。

 光の強さと音の大きさに比例する強大な力が、赤鎧がいる場所だけにひたすら撃ち込まれる。

 時間の感覚すら遠のくほど続いた攻勢を引き裂いたのは、やはり赤鎧だった。

 光の中からまるで何事もなかったかのように、悠然と歩いて出てくる。それだけのことで一瞬の静寂が訪れた。

 辺りを見回す赤鎧が殲滅対象を見つけると、静寂が訪れる前以上の爆音と熱が赤い鎧目掛けて撃ち込まれる。

 しかし、赤鎧はさして気にするでもなく、魔術を放つ術師たちに近づくと何層にも重ねられた魔術障壁ごと術師を一薙ぎで絶命させた。

 赤鎧が腕を振り抜いた直後、鎧の隙間を縫うように鋭い衝撃が奔る。

 衝撃が来た視線の先には狙撃手の姿。

 狙撃手は、赤鎧と視線が合ったと理解した次の瞬間には赤鎧の姿を見失う。

 姿が消えてわずか六秒にも満たない間で、狙撃手の傍らには赤鎧が佇んでいた。狙撃地点から赤鎧のいた場所までは十キロほど。

 秒速1500m以上の移動速度。

 狙撃手は姿を見失った時点で、その場を離れていなければならなかった。

 いや、離れたとしても結果はさほど変わらなかったのなら、最後の瞬間まで役に徹していた狙撃手の選択は最善手だったのかもしれない。

 動かぬ躯になった狙撃手には目もくれず、次の標的を探す赤鎧に頭上から圧倒的な質量を伴った打撃が振るわれる。

 全長20mを超える人型兵器。

 鋼の鎧と機構で構成された巨体から繰り出す拳は、殲滅魔術による広範囲破壊と同じレベルの破壊力を一点へと叩き込む。

 爆撃と錯覚する拳の連戟は、なんの前触れもなく人型兵器が離脱した事で止んだ。

 拳の代わりに降り注ぐのは幾条もの光の線だった。

 光の発生源は中空に浮かぶ別の巨体。

 打撃を打ち込んでいたのが人型ならば、破壊の光を降らす巨体は竜であった。機械と生物の中間的な構造をした竜の姿は神々しいほどに美しく、そして何より畏ろしかった。

 その姿は見たもの全てに破壊の権化であると理解させる。

 振るわれる力を前に抗うことが無力であることを知らしめる。

 全てを破壊する熱に塵すら消える。

 そんな竜の知覚に理解できない雑音が、音すら消え失せる破壊領域から微かに聞こえてくる。

 最初は錯覚だと思った。

 しかし、徐々に大きくなる毎に、それが竜の咆哮であると気が付いた。

 咆哮が響く間も絶え間なく破壊の光を打ち続けている。

 例え天魔が相手だろうと致命に至る竜の一撃。

 それが雨のように降り続ける中で、無事な存在がいるはずがない。

 認識できない現実と知識の差が、竜の挙動を一瞬崩す。

 時間にしてみれば千分の一秒にも満たない刹那に、局面は動き出す。

 赤い一条の光が竜の極光を切り裂き、避難していた巨兵を突き刺さる。

 赤い光は留まり、突き刺された巨兵は吹き飛ぶ。

 赤い光は纏う燐光を吹き飛ばすと、現れた赤鎧の姿は僅かに異なっていた。

 両肩から三枚ずつの光る板を空中に固定させ、その背には赤く発光する円錐状の筒が展開されていた。

 円錐筒から光の輪が瞬くと赤鎧の姿が消える。否、消えたと錯覚するほどの高速で飛翔しただけだった。

 同じように飛翔した竜から、夥しい破壊の光が展開される。

 赤鎧へと殺到し閃光となり、同じ数だけ竜の破壊を赤鎧が耐えたことを意味した。

 一方的に見えた戦いも徐々に傾き、遂には崩れていく。

 竜のどのような攻撃も赤鎧には通じなかったのだから当然だ。

 光線は籠手に弾かれ、

 竜の息吹は兜に霧散させられ、

 鉱物を破る尻尾は籠手に引きちぎられ、

 剣の形に形成した光は拳に穿たれ、

 大地を震わす脚撃は手刀で断ち切られ、 

 万物を切り裂く爪は砕かれ、

 万象を崩す拳は潰され、

 全ての種をかみ砕く牙はへし折られた。

 まるで竜の全てが無力であると言わんばかりに、悉くを弾き、散し、引き裂き、穿ち、断ち、砕き、潰し、折る。

 結果、地には強者に負けた竜の肉塊が転がっていた。

 しかし、動けない竜の胸が赤く膨張し、溢れ出た光の奔流が今までの戦闘領域全てを覆った。

 全ての攻撃手段を失った竜が最後に取った行動は自爆。

 赤鎧を殲滅するためだけに行われた破壊は、赤鎧以外を破壊する結果だけが残った。

 どれほど残骸と地形を変えたか分からない戦闘だったが、その痕跡全てが塗りつぶされていた。

 倒す対象が全て終えた赤鎧は息を吐こうとした瞬間、思わず息を詰まらせる。

 意識の隙間を縫うように突然現れた敵。全身を白いボディースーツ。

 様々な敵と戦った赤鎧が、目に見えて動揺する。

 それは致命的なまでの隙。

 最後の敵だった竜ならば、優に百回は攻撃を叩き込める。

 しかし、白いボディスーツの速度は絶好の隙を生かせない程遅かった。

 最初に戦った軍勢よりも遅く弱い攻撃を、赤鎧は避けもせず受け止める。

 赤鎧は微動だにせず、白い装甲だけが弾ける。

 残った腕と脚で攻撃を繰り出し全てが無力に終わり、自らの攻撃で壊れていった。

 装甲は内側から弾け、幾つもの繊維の束が千切れている。

 対して赤鎧は、汚れ一つ無い綺麗な外観を維持している。

 だが二つの内なるモノは全く逆だった。

 満身創痍の白が冷たくも闘志溢れるのに対し、赤は心在らずのように立ち尽くす。

 赤鎧は捨て身の体当たりを、防ぐでもなく白い防具を受け止め、そして破壊した。

 その姿に勝者の余韻などではなく、ただ敗者の慟哭だけが残される。

 そして世界は暗転する。


 そこは闇だけが存在する部屋だった。

 部屋の主の覚醒とともに、濃密な闇が徐々に引いていく。

 闇の密度が下がると間接照明に照らされた部屋の中心には、医療用の診察台のようなベッド。

 その上には一人の美しい少女が横たわっていた。白い髪に白い肌、肉付きは悪くやせ細った体が特に印象的だ。

「はあ、最悪」

 少女が目を閉じたまま重く息を吐きだすと悪態をつく。閉じた瞼を押し上げると、その下には紫水晶のような透き通る藤色の瞳が確かな意思の強さを宿らせている。

 横たわった体を起こして何もない壁へと手を触れる。ただそれだけで何もなかった壁が僅かにずれ、密室だった部屋から少女を解放した。

 少女が部屋を出るとまた別の部屋だった。机には用途不明の機材数個と六台の霊子情報端末が広げられていた。

「フフンお疲れティファ。赤竜の鎧の性能試験はどうだった?」

 霊子情報端末の前に座っていた白衣を着た褐色の女性が、振り向き感想を求める。

「……最高の一言だ」

 ティファと呼ばれた少女の感想は、苦々しい表情の顔とは全く逆のものだ。

 まるで最高の気分でいたら、頭から氷水でも掛けられたかのように苦々しい。

「だろだろ!仮想霊子空間であっても、使用できる担い手がまともにいないじゃじゃ馬装備だったからね。完全に御蔵行きで、臍を嚙む思いだったよ。まさに最高の失敗作ってのを現したような装備だっ痛い!」

『誰が最高の失敗作だと?』

 饒舌に語る女性を止めたのは小鳥のように小さな赤い翼竜だった。

「痛いじゃないか小竜。暴力反対!」

 尻尾で頭を叩かれた事に抗議するが、小竜は気にした風もなくティファの肩に着地する。翼を折りたたみ細い体と尻尾をティファの首に回しマフラーのように巻き付いた。

 ティファは小竜の背を愛おし気に撫でる。

 苦々しかった表情は鳴りを潜め、逆に小竜は撫でる手を煩わしそうにするが好きにさせていた。

「それでコルネ師匠の感想はどうだった」

 ティファの言葉に褐色の女性、コルネが機嫌を直してニヤリと微笑む。見る人が見れば狂気を感じる魅力的な笑みだった。

「そうだね。まず前哨戦の歩兵兵装での活躍は当然だね。まあ、傷一つはつけれるかなと思っていた一角竜の角剣ですら、刃が通らなかったのはちょっと予想外だったかな。あれが私の作品の中でも最高の切れ味だったし、赤竜の討伐に使用したらしいから有効打になるはずだったんだけど」

「使用者登録は父さん?」

「一応ね。パラメーターやモーションは登録させてもらったから性能は同じはずなんだけど」

「他の武具も同じくらい一級品だよな?」

「当然。幻想的にも物理的にもAランク。武具の性能を上げる防具もAランクだ」

「恐ろしく抵抗がなかった」

「それは仕方ないね。赤竜の素材は未加工でも、神性存在ですら屠る逸品だ。ヒトの領域を出ない装備では、そんなもんだ。事実軍騎士の精鋭だけが搭乗を許される人機や竜機ぐらいしかその原型を留めていなかっただろ」

 仮想霊子空間の中での出来事とはいえ、経験した戦闘は紛うことなき本物。

 その中に国家機密であるはずの特殊兵装を、何気なく出現させるコルネにティファは軽く慄く。

「逆を言ったら対天魔レベルの兵装でなければ、五十歩百歩であるともいえる。広域殲滅系の魔術爆撃も超遠距離からの狙撃も多少煩わしい程度だったろ」

 それは言外に煩わしを感じるくらいには、行動に影響を与えると言うことでもある。

「使用者として未熟なのは分かっている。小竜の制御補助がなければ、知覚領域拡大に魂が焼き切れていたのも知っている。あのさコルネ、俺逮捕されないよな。そもそも何故国家機密レベルの兵装データをコルネが持っているんだ?」

 ティファは長年使ってみたいと思っていた赤竜の鎧を仮想空間とは言え使用できたことを喜んでいたが、別の思考では国家機密兵装を仮想実験に登場させた事の重大さに思わず頭を抱えそうになる。

「だから私の作品で検証をしてだね」

「ごめん。面倒だから俺が捕まるか捕まらないかだけ教えて」

「大丈夫大丈夫。あそこに出現させた人機と竜機は私が現役時代に作ったやつだから、最新型はちゃんと性能を更新しているって。そもそも使ってもいいよって事前に許可もらっているし」

「ならいい」

 国家機密を自分の師匠が作ったという爆弾発言を軽く流すティファ。この人なら別におかしくないと考え思考を放棄。大事なことは限られた時間を消費しないことだった。

「それでどうだった?」 

 楽しそうに笑っていた笑みは一瞬で姿を消し、最初と同じ質問を真剣な表情で再び問う。

 そこには一切の甘えはなく、職人としての厳しさが宿っていた。

「あれの基礎理論は素晴らしいのは認めるよ。GやFの素材では考えうる限り最高の結果を出している。私が作る事のなかった新機軸の兵装はきっと私の作品を超えうる可能性がある。でもねティファ。私の工房に弟子入りする条件だった約束を覚えているかい?」

 最後に登場した白い防具。あれだけがコルネが作った作品ではなく、ティファが作った作品だった。

 師からの賞賛とそれに対する評価が、ティファに突き刺さる。

「“赤竜の鎧を超える作品を俺が死ぬまでに作る”」

「覚えていたようだからもう一度問うよ。“そしてどうだった?”」

「…駄目だな。話にもならない。何がダメとかそう言ったことですらない。唯一褒めていいとしたらコルネが褒めてくれた基礎理論だけだろう」

「フフン分かっているじゃないか。職人としてそれが理解できているなら問題ない。そして私は約束を違えることを許さない」 

 コルネはティファの両頬を優しく手で挟み、厳しかった職人の気配は鳴りを潜める。

 その瞳に浮かぶのは慈愛と悲しみだった。

 ティファはなにかを口にしようとするが途中で止め、ただ微笑むだけでコルネへの返答とした。

「はあ、小竜本当に頼むよこの子の事」

『貴様にどうこう言われる筋合いはない』

「あるさ、なんたって私はティファの師匠なんだ。もちろん君はティファの」

『いいから黙れ』

 小竜の短い拒絶の意に、コルネは言葉を変える。

「仮想現実とは言え疲れたろ。休憩を——」

『おい!』

 小竜の声で振り返るコルネが見たのは膝から崩れていくティファの姿だった。

 受け身も取れず倒れるのをコルネが支えるが、ティファの体温に背筋が冷える。

 苦し気に胸を押さえるティファの体は凍ったように冷たかった。

「………ッ!…………………!」

 倒れたティファはここ数年で慣れ親しんだ感覚に、全身が浸されるのを自覚する。

 手足の末端から存在が溶けていくように薄ぼけていく感覚。

 生の熱量が胸の痛みに吸われ、冷たくなっていく悪寒。

 聞こえない言葉、見えない情景、触れない温もり。

 随分前から分からなくなった五感の代わりとなった別の感覚も霧散し、外の情報が完全に遮断される。

 誰かがなにかを言っている気がするが、今のティファには理解できない。

 深く冷たい水底に落ちていく浮遊感。

 落下の速度は緩やかでありながら浮き上がることは難しい。

 ただ生まれて最初にみた赤い光だけが、何もない暗闇の中で今も輝いている。

 その光を見てティファは変わらない思いを抱く。

 なんて美しいのだろう、と。

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