第1話 この世界は非情なのだ...

 



「おおっ、成功したぞっ」



  --んむ?


 今のは...何なのだ?

 声が聞こえたような気がしたが。


 むむぅ...おかしいのだ、妾は消滅したのではないのか?



「っ......」



 ぬぅ、確認しようにも真っ白な光が目に直撃したせいで、霞んで良く見えんのだ...。

 何やら周囲に人影はいっぱい見えるのだが、誰がいるのかまでは見えないのだ...。


 普段は状態異常なぞ受けんからな、大丈夫かと思っておったのだが思い切りくらってしまったのだ。

 もっと早く目をギュッとしておけばよかったのだ...。


 ふむ、しかしこうして意識もしっかりしておるし、やはり消滅はしておらんのか?



「んんー......」


  --ぴょん

   --ぴょん



 ふむ、足元には感触があるな。

 妾の立っていた場所も真っ白につつまれたはずなのだが消えておらんのか...。

 仲間達が白いのに飲まれて消えるのも確かにこの目で見たし、建物も分解されて行くのが見えたのだが...。


 んー...。


  --謎だな...


 消滅したら何も残らんと思うのだが、一体どうなっておるのだ?。


 ........。


 ...。



 そうかっ、わかったのだっ!

 きっと世界は消滅しなかったのだなっ!!



「おっ」



 目の霞も良くなって来たのだ、取り敢えず周囲の仲間たちに状況を聞くのだっ!


  --よしっ


「みんなっ! .......んぇっ?」



 だっ、誰なのだ?


 何だか見た事のない恐い顔のおじさん達がいっぱいいるのだっ。


  --いっ、いったいなんなのだ?


 想像しておった光景と全く違うのだが...そもそも何で室内におるのだ?

 確か最後は屋外のフィールドで馬鹿騒ぎをしておったはずなのだが、何故目の前に石造りの頑丈そうな壁があるのだ? しっ、しかも天井までっ!?


 そっ、それに妾、恐そうなおじさん達に囲まれて...なんか見つめられておらんかコレは...?


  --ハッ!!


 もしかして、妾目当てにこの人だかりが出来てしまっておるのか!?



「なっ、何なのだこれは...?」



 もっ、もしかしてこやつら敵か? 敵なのかっ!?

 何もしてこんと言う事はアクティブな敵ではなさそうだが...。


 しかし、それだと迂闊な行動をとれば一気に襲いかかってくる可能性があって危険なのだ。

 大体の敵に負ける気はせんが、こんな相手は見たことがないからな。流石の妾でも知らない相手に無茶な事はしたくないのだが...。



「ど、どうなっているのだ?」


「......」



 だ、誰もこたえてくれないのだ。

 人の姿をしておるから言葉が通じるかと思ったのだが、このままだといつまで経ってもこのままなのだ...。


 言葉に反応してくれる相手なら状況把握が簡単だったのだが。


  --困ったのだ...


 何か今の状況がわかるものが他にあれば良いのだが...。 


  --むぉっ?


 そういえば妾の辺りが妙に明るいのだが、何なのだこれは?

 む? 足元にライトアップする魔法陣が仕込まれておるようだが......これではとっても目立ってしまうのだ、敵にすぐ見つかって...っ!! 成る程、これは嫌がらせなのだなっ!! 


 それなら今の状況にも納得がいくのだ。

 トラップ型の設置魔法にはこうやって目立たせて敵を引きつけるものがあるからな。

 きっとこれのせいで妾は囲まれてしまっておるのだなっ!


 それなら話しは早いのだ、ここから移動すれば......。



「んんっ?」



 いや、ちょっと待つのだ。

 よく見ると足元の魔法陣、目立たせるだけのものには有りえんくらい複雑なのだ。


 しかもこれは...。魔力で描かれたものではなく、直接石の床に彫り込まれておるのか?

 何だかもの凄く手が込んでいるのだ!!


 むむむぅ、こんな魔法陣見た事ないぞ、とっても興味がひかれてしまうのだ。


  --ふむふむ...


 彫り込んだ溝に魔力を含んだ液体を流し込んで発動させておるのか?

 この光る液体は何か良くわからんが、魔力の残滓が感じられるぞ。


 しかしわざわざ魔法陣を彫り込む意味がわからんぞ。魔力で描けばいいのでは無いのか?

 いや、もしかしてこの光る液体に何か秘密があるのか?

 この液体を流し込むために溝が掘られておるからな、きっと秘密はこの液体なのだなっ!


  --どれどれ...


 ふむふむ、触った感じ粘り気は無いようだな。味はどうなっておるのだ?



「あっ...あのっ」


「うぬっ?」



 ......。


 ...。


 おっ...おおっ。

 そうだ、今はこんな事をしてる場合では無かったな。


 思わず珍しい魔法陣に思考がそれてしまっていたのだ。


 しかし今、人だかりから声をかけられた気がしたのだが...確か女の人の声だったような...。

 おじさん達の中に女の人が混じっておるのか?



「むー......」



 だが、取り囲んでおるのはおじさんばかりではないか?

 いったい何処から......。



「おっ?」



 もう一度よく見渡してみたら1人だけ女の人が居るではないか。

 おっさん達に埋もれていて気付かなかったのだっ!


 ふむふむ、何やら神官っぽい服を着た女の人だな。


 だが相変わらず周囲のおじさん達は妾をじっと見つめてくるのだが...。

 そうやって見つめられるのは好かんから止めてくれんだろうか?



「ゆっ、勇者様。このたびは我らの召喚に応じていただき感謝いたします」


「......んんっ?」



 ゆ、勇者?


 先程の女の人が近づいて来て言葉をかけられたのだが、内容がさっぱり理解出来んのだ。

 勇者とは、いったい何の話をしているのだ?



「ええと、勇者とは何なのだ?」


「はい、魔王を打ち倒す、神に選ばれし英雄様の事です」



 英雄?


 い、いや、妾が知りたかったのはそういう事では無いのだが。

 どうして妾の事を勇者と呼ぶのかが知りたかっただけなのだ。



「ふむむ...」



 どうやら盛大に話がすれ違っおる気がするのだが。どうしたら良いのだ...?



「魔王の脅威が目覚めようとしております。

 そのため神託の通り、異なる世界より勇者様を召喚させて頂きました。

 どうか、魔王の脅威から我々を...。世界をお救いください」


「あっ、あのだな...」


「神託により、間もなく魔王が復活いたします、詳しい話は......」



 まっ、まずいぞっ。

 なにやらすれ違った常態のまま、向こうの話がどんどん進んでいってしまっておるのだ。

 このままでは意味もわからず魔王とやらと戦う流れになってしまうぞ。



「ちょっ、ちょっと待つのだっ!」


「はっ、はい、何でしょうか?」



 よ、よしっ。

 取り敢えず意味のわからん話を止める事に成功したのだ。

 さて、ここからどうやってズレた話を修正......ど、どう話せば良いのだ?

 妾の今の状況がわからんから説明しようにも何も出来んのだ。


 え、ええと...。


 確か今の話では召喚と言っておったか?

 妾を召喚したと言うことか?


 勇者とか魔王とかとも言っておったが...。


 んー......。


 魔王ならイベントダンジョンで何度か討伐したことがあるぞ。

 そこそこ強かったが倒せん程でもなかった筈だが...。


 いや、そもそも...。アレはダンジョンの奥に引き篭もっておるだけの引き篭もりで、世界を脅かしに出てきたりはせんかった筈だが。


 それに『勇者』?

 確か、魔法を剣に付与しながらレベルの低い回復魔法を使って戦うジョブを『勇者』職と呼んでおったが...。


 妾のジョブは『勇者』ではなく『魔導師』なのだぞ?

 あんな中途半端な存在ではなく、魔導を極めたとっても凄いジョブなのだぞっ!!


 おおっと、話が少しそれてしまったのだ...。

 ええと、召喚だったな。そうか、妾は召喚されてしまったのか...。


 ......。


 わ、妾...。召喚する事はあっても、されるのは初めてなのだが。ど、どう対応すれば良いのだ...?

 確か、妾が召喚したときは御手伝いのお願いをして、かわりに美味しいものを渡しておったが.....。成る程、これはあれだな、妾も美味いものが食えると言う事なのだなっ!?




「しかしエルフが呼び出されるとはな...」


  --むっ?


 エルフ...だと?

 今、部屋の隅の方からおっさんの呟きが聞こえてきたのだが、今の発言は聞き捨てならんのだ。


 妾の種族は『竜神(りゅうじん)族』であって『エルフ』なんていう貧弱な種族では無いのだぞ!?

 今の姿は仮の姿であって、本来は超格好良い巨大な竜(ドラゴン)の姿をしているのだ!!


 いったい何処をどうみればエル...フ......。


 ......。


 えっと、確かに妾の耳は長くて尖っておるな。

 しかし、妾には隠しきれない格好良いドラゴンっぽさが...。


 ......。


 ええと...?

 ドラゴンっぽさ...が。


 尻尾と角は人化で消えておるし、鱗も......。


 ......。


 うむ、これは...。

 どこをどう見てもエルフだな。

 街で生活するために、魔法で人間形態をとっておったのを完全に忘れておったぞ。


 そう言えば、思い返してみれば久しくドラゴンにはなっておらん気がするが......。


 ......。


 ...。


 い、いや、しかしそれは仕方がないのだ。


 ドラゴンだととっても燃費が悪いし、街で美味しい物も食べられんからなっ。

 美味しいものが食べられんのは駄目なのだ!!


 しかもだなっ、ドラゴン形態だと米粒程度の御馳走が、人間形態だと腹いっぱい食べられるのだぞっ!?

 だからな、妾がな、エルフっぽい見た目になっておるのは仕方のないことなのだ!


 うむ、妾をエルフと間違えた事は許してやるのだっ。

 それにな。変に指摘して証拠を見せろと言われても、ここでドラゴンになったら建物に詰まって大変なことになってしまうだけだからな。


 今はエルフと言われても甘んじて受け入れるのだ。


 もしかしたらこの後、召喚した人間達から美味しいものを食べさせてもらえるかもしれんしな。

 その時ドラゴンの姿だったら殆ど味わえんのだ。


 ......あっ。


 しかし、『勇者』の部分だけは早急に訂正せねばならんな。

 妾にあのような中途半端な戦い方は......。あー.......出来んこともないが、魔導師の方が格好良いからなっ。勇者とか呼ばれたくないのだっ!!


 ええと...。

 


「...妾は勇者では無いぞ?」


「「「えっ?」」」



 なっ、なんでそんなに驚いておるのだ?

 この溢れ出す魔導師感、見たらすぐにわかると思うのだが...。



「妾は最強の魔導師なのだ!!」


「魔導...師?」


「うむっ」



 ......そんな...。


 ...まさか.....。


 ...。


  --うむ?


 なんだか皆の反応が良くないのだ。


 妾が勢い良く頷くと、何故か周囲が落胆したようにざわめきだしたのだが...。

 魔導師だと何か問題があるのか?


 魔導師なのだぞ?


 勇者よりも派手で強くて最強の、超格好良い魔導師なのだぞ!?


   --いったい何の不満があると言うのだ?



「誰かっ、確かめる為(ため)の魔道具を此方にっ!」



 魔道具だとっ?


 『確かめる』と言っておったし、それを使えばジョブがわかると言う事か?

 しかし、そんな魔道具は初めて聞くのだが...。


 お、おお、何やら光る玉みたいなのが出てきたぞ!

 ぬほぉぉぉっ、とってもキラキラしておって綺麗なのだ......。  


 ...。


 ......。


 ............で。



 それから持ってきた魔道具を使って、おっさん達が妾の事を調べ始めたのだが。

 ふむふむ、その光る玉を通して妾を見るとジョブがわかるのか?


 なんだか皆してジロジロ見られるのは不快なのだが...。まぁ誤解されたままよりはマシだからな、文句は言わずに我慢するのだ。


 .......。


 ...。


 な、なんだか調べるのが長くないか?

 何度も調べ直しておるようだが...そろそろ......。おっ? どうやら調べ終わったようだな。

 ようやく妾の事を『魔導師』だと理解してくれたようなのだ。


 よし、これで勇者ではないとわかってくれたはずだからな。

 手違いで召喚したとわかってくれたはずなのだ。


 早速だが話が噛み合った所で色々説明してもらわねばなっ!

 妾には今の状況の説明がとっても必要なのだっ!


 むむ、しかし何やら落胆しておってちょっと話しかけ難いのだが...。



  「そんな...我らの悲願が」

「今回の儀式だけでどれだけの魔力が...」

 「再び儀式をするとなれば、数ヶ月はかかる」


  --むぅ


 何をぶつぶつ言っておるのだ?

 何故か打ち拉(ひし)がれた様に全員が落ち込んでおるし、目で訴えてみても誰も何も説明してくれんのだが。


 悪いことをした覚えは無いのに、なぜかこの状況に罪悪感を感じてしまうのだ...。これでは状況を聞くに聞き出せんぞ。

 しかたない、暫く傍観しながら聞き耳でも立てて情報を収集してみるとするか。


   --ふむふむ...


 聞こえてきた会話を纏めてみるとだな...。



 ・本来ならば職業(ジョブ)が『勇者』の存在が呼び出されるはずだった


 ・召喚された者には『女神の加護』が付いてる筈なのに何もついていない


 ・人族の勇者召喚なのに、何故か呼びだされたのがエルフ


 ・早く次の召喚をしないと魔王が、マオウガー


 ・こんな役立たず、早く追い出してしまえ!


 ・国王が魔法陣を書き換えさせたのが原因か?



 大体このような事を言っておったな。


 どうやら人族の召喚で他種族が呼び出されるのは予想外だったらしいのだ。

 それに召喚された者には『女神の加護』とやらも付いてなければならんらしいな。


 しかし誰だ『こんな役立たず、早く追い出してしまえ!』とか言ったやつは。

 まさか勝手に呼び出しておいて説明も無しに追い出されはせんと思うのだが、そんな事を言われると不安になってしまうではないか。


 よし、ちょっと文句を言ってやるのだっ!




   --ガシャン



「......」



 後ろを振り返ると門がガシャンと閉じるところだったのだ。

 そして、門番の兵士が妾を睨みつけると、革の袋を投げつけてきて『しっしっ』ってしてきたのだ...。


 どうやら妾は、その『まさか』で追い出されてしまったようなのだ。

 神官少女だけは最後まで止めようとしてくれていたのだが、王様とか言うのが現れた途端にあっさりと放り出されてしまったのだ。


 ......。


 それにしても、此処はお城だったのだな...。

 見上げると、真っ白な城壁がずっと空まで伸びているのだ。


 次に足元を見下ろすと、さきほど投げつけられた革袋が落ちていた。

 『情けで銀貨5枚くらいはくれてやる』とか言っておったが、この落ちてるのがその銀貨とやらだろうか。


 ......。


 ふと、この城ごと全て消し飛ばしてやろうかと脳裏に過ぎったのだが...。

 まぁ、神官少女は最後まで庇ってくれていたしな、消し炭にするのは可哀想なのだ。



「今回だけは見逃してやるのだ」



 それに考えてみれば、こうして放り出されれば好き勝手に動けるから気軽で良いのだ。


 なんだ、追い出されても全く問題なんて無いではないかっ。

 

  --うん...そっちの方が気軽で良いしな...


   --1人でも寂しくないのだ...


 ......。


 ...。


 でも、せめてどうして妾が此処に居るのかくらいは知りたかったのだ...。



「これからどうしたら良いのだ?」


  --ふむ


 とりあえず落ちている革袋は拾っておくのだ...。

 これに銀貨とか言うものが入ってるらしいしな。


 ええと、確か、銀貨とは貨幣とかいうやつだったか...?

 話には聞いた事があるのだ。買い物とかをする時に使うやつなのだ。


 さてと、目の前には町並みが広がっておるのだがどうするか...。行き先は決まっておらんのだが。


 んー......目的も決まっておらんしな。

 まずは目的を決めて......。


 しかし、むむむぅ...。目的...か。

 キラキラした宝を沢山手に入れて宝物庫に溜め込みたいといった願望はあるのだが...。



「むぅ...」



 キラキラを集めるためにはどうすればいいのだ?


 今までなら錬(プレイヤー)が勝手に操作して、妾はそれに従って動いていれば良かったのだが。

 しかし今は繋がりが絶たれてしまっておって、自分の意志で動けてしまっているのだ。



「自分の意思で動くのは初めてなのだ」



 そして自由に動けると言う事はだな、これから先の行動は自分で決めていかなければならんのだろうか?



「むー......決めなくては、駄目なのだな...」



 ふむ...。


 と、なると、やはり『ドラゴンテイルズ』と同じセオリーで進むのが良いのだろうか?


  --ならば


「まずはギルドだな...」



 『ドラゴンテイルズ』ではギルドで仕事を受けて『マナ』と呼ばれる特殊な魔力の結晶体を報酬でもらってだな。

 その結晶体で精霊を呼び出して食べ物なんかを用意してもらったり、武器や防具を作ってもらったり、素材を持ってきてもらったりしておったのだが。

 おそらくその『マナ』の代わりがこの通貨とかいうやつなのだ。


 だから何か仕事を手に入れなければ、今持ってるこの銀貨とか言うのが無くなってしまえば妾は美味いものが食えんくなってしまうと言う事だな。


 それに、『ドラゴンテイルズ』ではギルドに登録すると必要な知識を色々教えてくれたのだ。

 だから、きっとギルドに行けば今の状況やこの場所についても色々と情報が聞き出せるはずなのだ。


 うむ。そうだな、まずはギルドがあるかどうか探してみるのだ!


 うんうん、大丈夫なのだ。妾ならきっと1人でもやって行けるぞ。

 なにせ次元竜だって倒したのだ、この世界でも生きていけるのだっ!


 そうと決まれば周囲の者に、ギルドの場所を聞いてまわらねばなっ!

 これだけ人が居るのだ。きっと誰か1人くらいは仕事を受けられる場所を知っておるだろう。



 

 

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